第33話 前院長の告白
「みなさーん! 伍長さーん!」
僕は叫びながら、荒れ果てた屋敷の中を探し続けたが壁には穴が空き、窓ガラスは割れ、家具は倒され、屋敷中がひどく破壊されていて人の気配はなかった。
地下の作戦会議室の扉はかたく閉ざされていた。ベラベッカが何かを唱えながら押すと、扉はゆっくりと開いた。室内にはテーブルに突っ伏している人がいた。
「伍長さん!」
僕たちが駆け寄ると、伍長は顔をあげて盛大に泣き始めてしまった。
「みなさん、ご無事でしたかあ。本当にごめんなさいですぅ。ゆるしてくださいですぅ。」
ベラベッカは伍長の小さな背中をやさしくさすり、落ち着かせようとした。
「あなたさまも大変だったのですね。でも、泣いておられるだけではわかりません。説明していただけますか?」
「ううう…。ベラベッカさん…。」
伍長が言うには、数日前に急に屋敷に占領軍の兵士が押し寄せてきて子猫たちを連れ去り、家を破壊し尽くしていったという。
「自分だけが、ベラベッカさんに教えて頂いた呪文で扉を開けてこの部屋に隠れました。自分は、こねこたちを守れなかったのですぅ!」
伍長はテーブルに突っ伏して再び泣き出してしまった。
「大佐の行方は知ってる?」
「ううう、大佐殿はお城で監禁されていて、もうすぐ死刑だそうですぅ。」
そこまで言うと伍長は気を失ってしまい、小柄な彼女の体は床に倒れこんでしまった。
「レイさま。伍長さまはわたくしが介抱します。前院長と大切なお話があるのでは?」
僕はうなずくと、シャムシャム前院長と共に屋敷の二階へあがった。
二階も同じく、ひどく荒らされていたが前院長が壁をさすりながら言った。
「ふうむ、気づかれなかったかニャ。」
カチリと音がすると、急に壁にドアが現れた。前院長は、驚く僕を押しながら中に入った。中に入った僕はまたまた驚き、今度はその場に立ち尽くしてしまった。
その部屋の中には、俺もよく知っている家電製品やゲーム機、薄型テレビ、ビデオカメラや携帯電話などが所狭しと並べられていた。他にも、銃器や弾薬に手榴弾や重火器とバイクまで置いてあった。
「シャムシャムさん。率直に聞くので正直に答えて下さい。空間歪曲手榴弾はあなたが発明したのですね?」
「ああ、そうじゃよニャ。」
前院長はいとも簡単に認めた。僕は拍子抜けしたことを悟られないように、いっきにたたみかけることにした。
「最初から説明していただけますか?」
「おぬしはあらかた察しておるのではないのかニャ? 何から話してよいのやらニャ。とりあえず、10年以上前のある夜のことニャ…。」
「はい。」
「いや、9年か、11年か? 12年かもニャ。」
「そこはとばしてください!」
僕が急かすと、前院長はヒゲをさわりながらゆっくりと語り始めた。
「ある夜、ワシは夢を見たのニャ。たくさんの猫が苦しみながら殺されていく夢をニャ。あまりに生々しい夢だったので、ワシは忘れることができなかったニャ。」
「夢で猫たちが?」
「そこでワシは仮説をたてて研究を始めたニャ。これは夢ではなく、どこかで起きてる現実の出来事ではないかと思ったのニャ。ところが、いくら調べても猫を集団虐殺しているような国や組織は見つからなかったニャ。」
「はい…。」
「そこでワシは、これはワシらの世界ではないどこか別の世界…並行世界…異世界で起きている出来事なのではないかと考えたのニャ。ワシは異世界に調査に行くため、異世界へ転移する装置を必死で開発したのニャ。」
僕はある程度の予想はしていたが、実際に前院長の口から聞いて納得した。
「僕のトランシーバーを改造したのも、アイゼさんが言ってた僕を元の世界に戻せるかもしれない者というのもあなただったのですね!」
「さようニャ。どこまで話したっけニャ? そうそう、何年かかけて、ついにワシは次元空間歪曲装置を完成させたのニャ! ワシって天才ニャ!」
僕は長い会話にすこし疲れて、手近な椅子をひきよせて座った。
「ここにその装置はありますか?」
「ないニャ! それどころか、研究資料も試作機も全てずる賢い人間たちにとられたニャ!」
「どうしてですか?」
「ワシは装置を使い、異世界…おぬしの世界に行き、人間と交渉しようとしたのニャ。おぬしの世界ではサツショブンとか言うて子猫すら虐殺する行為が合法的に行われていたから、やめさせようとしたのニャ。」
「僕も聞いたことがあります。毎年、何万匹もの猫や犬が殺されていると。」
「結果はさんざんじゃったニャ。人間はワシの言うことを聞くどころか、ワシをつかまえ、装置のしくみを教えないと拷問すると脅され、ワシは隙をみて元の世界に逃げ帰ったのニャ。」
前院長は憤慨していたが、僕は黙ってこの驚くべき話を聞きのがすまいと思った。
「しばらくして、異世界の人間どもの方からこの世界の人間族に接触してきたらしいニャ。ワシの装置を改良したのじゃろうニャ。あとはおそらく、おぬしの見たり聞いたりしたとおりニャ。」
「つまり、人間国と猫の国の戦争はあなたにも責任があると?」
僕の指摘に前院長は渋い顔をした。
「そうなるニャ。せめての罪滅ぼしに、ワシはここに子猫たちの孤児院をつくったのじゃが、ワシは逃げてばかりだった。もう逃げるのはやめニャ。おぬしを見ていてそう思ったニャ。」
僕は前院長に手を差し出した。
「よく話してくださいました。僕に協力頂けますか?」
「もちろんニャ! ここにはワシがお主の世界から持って帰ってきた物がたくさんあるニャ! 好きにつかうニャ!」
「では、少しご相談があります。まず、この装置を…。」
僕は前院長と細かい打ち合わせを始めた。
「どうしても行かれるのですか? レイさま。」
ベラベッカが悲壮な顔で聞いてきたので、僕はわざと明るくふるまった。
「うん。大佐も救出してくるよ。君はここで待っていて。」
ベラベッカの目が今まで見たことがないくらい鋭くなり、彼女は静かにそして激しく怒りだした。
「なぜ、レイさまはわたくしにいっしょに来いお命じにならないのですか? 見そこなって頂いては困ります。わたくしはレイさまのためなら、どのような危険な任務でも謹んでお受けいたします。」
「命令なんかできないよ、ベラベッカ。」
「レイさま!」
なぜか僕は、彼女を見ていと来島のことを思い出した。友情や愛というものが、僕にはようやくわかり始めていた。
「僕はボスじゃないから、命令はできない。だけど、仲間としてのお願いはできる。だからベラベッカ、いっしょに来てくれるかい?」
彼女は満面の笑みを浮かべると、いきなり僕に抱きついてきた。
「はい! どこまでも!」
そばで僕たちを見ていた伍長が何か言いたげにそわそわし始めた。
「いいなあ…。あのう、自分もいっしょに行きます。これでも自分も軍人です! 大佐殿を助けたいですぅ! 本部内には詳しいです!」
「ありがとう、伍長さん。命の安全は全く保証できないけど…。」
「大丈夫ですぅ! ベラベッカおねえさまを見ていたら自分は恥ずかしくなりました。おねえさまを見習いますぅ!」
僕は笑いながら、ベラベッカにささやいた。
(かなり気に入られたね。いつのまにかおねえさまだって?)
(はい。かわいい妹ができたと思っております。)
ベラベッカはいやがるどころか歓迎しているようだった。
僕たちは武器や道具をありったけ自動馬車に積み込んで、占領軍本部めざして出発した。
(大佐、無事でいて下さい!)
僕は祈るような気持ちだった。
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