第25話 守れない約束
二人とも明らかに泥酔している様子だった。
「…おやすみ。」
僕はそのままドアをそっと閉じようとしたが、二人は部屋に押し入ってきた。目の焦点が合っていない夜着姿のベラベッカが僕に絡んできた。
「レイさま! なにを勝手に先に休もうなどとしておられるのですか! まだまだ宵の口ではありませんか!」
「そうだそうだ! この嘘つきレイ殿! よくも本官を騙していたな! どう落とし前をつけてもらおうか~。」
ナイトガウンになぜか制帽を被った大佐も呂律の回らない口調だった。酔ったレオパルトよりもタチが悪そうだったので、僕は静かに彼女たちを諭した。
「ふたりとも未成年なのに飲んだの? 明日、正気の時に話しましょう。もう遅いから、部屋に戻って休んでください。」
ふたりは意外そうな顔をしてお互い見つめ合ってから僕を非難しはじめた。
「ほら! ユマさま、レイさまはこうやってすぐに正論ぶって逃げますでしょう。」
「たしかに! 本官はかなり傷ついたのであります! そんなレイ殿にはくすぐりの刑だ!」
大佐は僕を床の上に押し倒すと、馬乗りになって体中をくすぐろうとした。
「や、やめて下さい! 大佐!」
「ユマと呼べ!」
酔っているとはいえ、大佐のこんな一面は意外だったが、今はそれどころではなかった。僕は手で防御したが持ちこたえられそうになくて、戸口にもたれかかってニヤニヤしているアイゼに助けを求めることにした。
「ボス、とめてよ! ふたりに何をしたの!?」
アイゼは空のボトルを取り出すと、もう楽しくてたまらないという感じだった。
「ノンアルだけど酔っ払う魔法のワインを二階から拝借したの。味もなかなかだったよ。」
「なんてことを!? 明日から作戦発動なのに。」
「だからこそよ。その二人は、私と違って酔わなきゃ本音も言えない臆病者だからね。平穏な夜は今夜が最後だし。ま、レイちゃんも、もう少し人生を楽しんだ方がいいよ。じゃね、ごゆっくり。」
ウインクをすると、アイゼは行ってしまった。ベラベッカが大佐の髪をつかんで引っ張った。
「いたた。」
「婚約者の目の前でなにをしているのですか。ユマさま、代わりなさい。」
今度は彼女が僕に馬乗りになってくすぐろうてしてきて、僕はもう我慢の限界だった。
「いい加減にしてよ、二人とも! 明日から大事な作戦が始まるんだよ!」
「お言葉を返すようですが、レイさまはふたまたどころか、ユキちゃんみたいな子供にまで手を出しておいて、何を今更マジメぶっているのですか?」
「手を出してない! ふたまたもしていない!」
「ではレイ殿。本官を騙していた点はどう申し開きをされるおつもりか?」
僕はついにこの時が来たかと思い、ひたすら謝ることにした。
「そ、それは、本当にすみませんでした。謝ります。ごめんなさい。」
僕はベラベッカにおりてもらい、正座をして頭を下げた。しばらくしてから頭を上げると、二人とも酔いから覚めたような顔をしていた。
「レイ殿、頭をあげて下さい。」
「大佐、許してくれるのですか?」
僕はあまりにもあっさりと許されて拍子抜けしてしまった。
「はい。むしろ許しを乞うのは本官のほうです。ベラベッカ殿とも一時休戦しました。」
「はい。ユマさまとは入浴しながらじっくりと話をいたしました。…いやらしい想像はやめて下さい、レイさま。我が父の消息も、この件が片付いたら責任をもってお調べ頂くと約束されました。」
「うむ。本官を信じてほしい。」
大佐は胸を張り、敬礼をして約束した。
「それはそうと、本官はレイ殿をゆるしたいと思ってはいるのだが。」
また話がまずい方向にながれそうで、僕は再び謝ろうとしたが大佐は激しく首を振った。
「違う、謝罪が聞きたいのではない。アイゼ院長から全て事情は聞いた。嘘で傷ついた本官の心にレイ殿がどう償いをするのかを本官は聞きたいのだ。
「え? それはどういう意味ですか?」
大佐は帽子をクルクル回しながら恥ずかしそうなそぶりを見せた。
「本官は、この件が片付いたら軍をやめるつもりでいる。」
「ユマさま、軍をやめてどうされるのですか?」
ベラベッカも聞いていなかったのか、驚いている様子だった。
「我が軍は問題だらけで愛想が尽きた。そもそも、猫の街への侵攻自体が間違いだったのだ。もちろん罪は償うが、全てが終わったら…。」
大佐は一旦言葉を切ってから、決心したかのように続けた。
「ここ、こねこの家で働きたい。」
「えっ!?」
「レイさまや私たちといっしょにここで暮らすと?」
ベラベッカが穏やかに聞くと、大佐は強く頷いた。
「そうですか、わかりました。ではわたくしから院長に頼んでみましょう。」
「ベラベッカ殿!?」
「勘違いなさらないでください。これはわたくしと大佐の勝負と解釈しました。謹んでお受けいたしましょう。わたくしはホッケウルフ家の人間として逃げも隠れもいたしません。ユマさまにこの私が負けることなど、万に一つもありませんので。」
「すごい自信だが、本官も負けるつもりは全くない。」
僕は訳がわからず、二人をなだめにかかった。
「勝負って? さっき仲直りしたばっかりじゃないか。」
「レイさま、あくまで全てが解決するまでの一時的停戦ですのでお間違い無く。停戦解除後はこのベラベッカは全力でユマさまと戦います。」
「望むところだ、ベラベッカ殿。」
ふたりは見つめ合い、僕の前でかたい握手を交わした。
「それに、入浴時に大佐をよく観察しましたが、わたくしには劣る点は一切ありませんでした。レイさまはその点をよく覚えておいて下さい。」
「その点って…大佐に失礼だよ…。」
「いや、事実だから良い。だが、身長と腕力は勝っているぞ! ベラベッカ殿、腕相撲で勝負だ!」
ふたりは腕まくりをして、机の上で腕相撲をし始めてしまった。
「わかった! わかったよ、二人とも本気なのは十分にわかったよ。だから、僕も真剣にみんなと向き合うって約束するよ。だから…」
もう眠いからふたりとも自分の部屋に戻ってほしい、と言おうとしたが僕の言葉は状況に火をつけただけだった。
「ついに言いましたね、レイさま。では、レイさまも我々と腕相撲で勝負です!」
「そうだ、レイ殿。さあ、こちらへ。」
(なぜそうなるんだ!?)
この時、僕は気づかなかったが、ドアの向こうではアイゼとレオパルトが全てを聞いていたみたいだった。
「あーらら。いいのかな、レイちゃん。あんな約束しちゃって。」
「ボスはええんか?」
「ん? なにそれ、どういう意味?」
「ま、それは置いといてやな。逃げずに向き合うちうのはレイはん、立派やわ。ボス、ワイらも見習わなあかんで。」
「そうね。リンデンゲルの方角ならちょうど途中で寄れるね。」
「そやな。気はすすまんけどのう…。」
「私も。でも、仕方ないわ。占領軍に勝つためには。山猫の里、何年振りかな…。」
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