第24話 喧嘩と共闘


「猫身売買! なんてことを! あなた方人間族はなんと酷いことをするのですか。完全な犯罪行為ではないですか!」


 いつも冷静なキャリアン氏が怒りをあらわにして、大佐は真摯に謝り始めた。


「本当に申し訳ありません。気づかないとは迂闊でした。まさかリゾート都市で取引とは、盲点でした。」


「すみません、リンデンゲルって?」


「正式名称は『リンデンゲル・ホテルズ・アンド・スパ・アンド・シーサイドリゾート』ニャ! この中央大陸最大最高級のリゾート都市ニャ。美しい海と温泉と遊園地と超高級ホテルがあるニャ。他にもスポーツ施設や、あらゆる国の料理をだすレストランが…」


 ユートが得意げに解説すると、ベラベッカが身をはげしくのり出した。


「わたくし、新婚旅行は絶対にリンデンゲルと決めております。」


「そこで相手をもてなして取引するわけね。一網打尽にしてやるわ。」


 さりげなくアイゼが話を戻そうとしたが、大佐は不思議そうだった。


「いえ? 後は本官に任せて下さい。それだけわかれば十分です。必ず、子猫たちを救い出します。」


 席を立とうとした大佐だったが、アイゼはまたニヤニヤした。


「大佐さんじゃ、返り討ちにあうのがオチね。すぐにとりみだすしさ。『待って! その人を殺さないで! 私を人質にして!』だなんてね。まるで、恋する乙女よねえ。」



 大佐の声マネをして、アイゼはお茶を飲みながら楽しくてたまらない様子でクスクス笑った。僕は恐る恐る大佐の方を見た。

 立ち上がりかけていた大佐は顔を真っ赤にしていたが、すぐに立ちあがって腰のサーベルを抜いた。


「貴様! あの時の侵入者か!」



 僕はこの時、気がついた。

 アイゼは言わなかったが、最初から彼女は僕を救出するつもりだったのだと。本当に彼女は人が悪かった。



「院長、わたくしがレイさまを救出に行くと言ったのに勝手についてきた挙句、正体を明かすとはどういうおつもりですか。」


「だって、久しぶりに暴れたかったんだもん!」


 アイゼは片目をつむり舌を出し、ベラベッカは呆れたみたいだった。


「ご命令とあらば、大佐を始末いたしますが。」


「でも、強そうだよ~。君にできる?」


 大佐はふたりの会話に戸惑っていた。


「本官を愚弄するのか! いったい貴方達は何者だ? まさか!?」


 アイゼはお茶を飲み干すお代わりを頼んで、カップを置いた。


「そんなことより闘るの? 闘らないの? ちなみにレイちゃんはどっちにつくの?」



 アイゼが意地悪そうに聞いてきたが、僕は我慢の限界だった。



「いい加減にしてよ、みんな! キャリアンさんの前で! 今はユキちゃんや子猫たちの救出が第一じゃないか! 仲間同士で争うなんて馬鹿げてるよ!」


 ベラベッカがなにか苦いものを食べたような表情になった。


「レイさま。お言葉を返すようですが大佐はわたくし達の仲間などではありません。汚らわしい侵略者で野蛮なサバーバン家の一員です。あろうことか、わたくしの婚約者に手を出そうとする厚かましい性悪です。本来ならわたくしのような高貴な身分の者とは口をきくことすらかなわぬ、いやしい身分の…」


 とまらない彼女の言葉を、大佐が腰を浮かせて遮った。


「黙れ! 本官のことだけなら聞き流そう、だが家柄のことは別だ。愚弄は許さない。婚約者? ユキちゃん曰く、貴殿はレイ殿の婚約者などとあらぬ妄想を抱き、レイ殿を困らせているおばさんだそうではないか。なるほど、どうやらその通りのようだな。」


 高貴なはずのベラベッカがなりふり構わずに大佐に飛びかかり、大佐もそれを正面から受けとめた。

 床の上でふたりの激しい取っ組み合いが始まり、とても聞くに耐えない罵詈雑言の応酬が始まった。


「ボク、ベラベッカお姉ちゃんに銀貨3枚ニャ。」


「私もベラベッカに金貨1枚。」


「楽しんでないで、とめてよ!」


 ふたりの取っ組み合いを見て腹を抱えて笑っているアイゼに僕は詰め寄ったが、彼女は心底楽しんでいるようで、わらい涙を指で拭いた。


「あーおなか痛い。ま、いいんじゃない? 仲間になるなら本音を全て吐き出しておかないとね。」


「仲間?」


(最初から大佐を仲間にするつもりだったのか?)


 アイゼは楽しんでいるように僕には見えたが結局、二人のケンカが終わるまで待つしかなく、キャリアン氏は呆れて帰ってしまった。



 ベラベッカと大佐は疲れ切り、床の上に仰向けで倒れていた。


「き、今日のところはこのくらいにしておいてあげましょう…。」


「そ、それは本官の台詞だ…。」


「これ以上私を笑わせないで。気は済んだ? 作戦会議を続ける?」


 寝っ転がったまま頷くふたりだった。


「ユート、みんなでリンデンゲルまで行く何か良い方法はない?」


「人間族はともかく、猫が街から軍需以外で出るのは検問で不可能ニャ。大佐に軍用馬車を手配してもらうかニャ?」


 アイゼは首を振った。


「大佐と私たちが組んだと敵に勘付かれない方が良いわ。何か別の手はない?」


 彼女は少し考えてからあくびをした。


「まあ、明日には解決するかも。今日はもう遅いし、休もっか。大佐も泊まってく?」


「良いのか…?」


「もちろん! お風呂も入ってきなよ。ベラベッカ、ユート、案内してあげて。」


「わかったニャ。」


「かしこまりました。」


 ベラベッカはヨロヨロと立ち上がると、大佐を助け起こして部屋から出て行った。僕はアイゼと2人きりになった。


「ボス、ちょっと良いかな?」


 僕は話そうかどうか迷ったが、城内で来島軍医と会ったことを彼女に打ち明けた。


「レイちゃんの世界の人間が占領軍本部に?」


 さすがの彼女も驚いて、何かを考えるように目を閉じていた。


「この件は、根はもっと深いのかもしれないね。」


「それはどういう意味?」



 その時、遠くから悲鳴が聞こえてきて僕はまずいことを思い出した。


「あ。今、お風呂場にはレオパルトが!」



 僕が大浴場に駆けつけると緊急事態が起きていた。着替え場を通り浴室の扉をそっと開けると、中では体にバスタオルを巻いた大佐が同じ姿のケンピッカに羽交い締めにされていた。

 その向こうには子猫たちの行列があり、先頭には鉢巻をしたレオパルトとユートがいた。


「レイはんも手伝いにきてくれたんかいな! 助かるわ、子猫たちを風呂にいれとったら、不審者が入ってきよったんや。」


「不審者は貴様だ! おのれ、本官の目を奪った大化け猫だな! 成敗してくれる!」


 激昂している大佐を無視して、レオパルトはシャカシャカと子猫を洗いながら口笛を吹いていて、ユートが横からお湯をかけていた。見事な連携プレーだった。


「洗ったもんは湯に肩までつかりや、泳いだらあかんで。」


 大佐は怒りで我を忘れていて、ベラベッカが必死で抑えていた。


「大佐、どうかご自重を。バスタオルがとれてしまいます。レイさまがいやらしい目でご覧になっていますよ。」


「ベラベッカ殿、離してくれ。構わん! 見たくば見よ!」


「レイさま! いやらしい目で見ておられずに、何とかしてください!」


 彼女の無茶ぶりに僕は困りはててしまった。


「レオパルトさん、大佐の話は本当なの?」


「あっ! 思い出したわ!」


 レオパルトはポンと肉球を叩いて言った。


「ボスの調子が悪いとき、代わりに黒猫の役をした時やわ! 部下をかばっとった奴やな! ちょっと爪がかすっただけやて思ってたわ。」


「大佐に謝罪しないの?」


「戦争やったからな。」


 それを聞いて、大佐は我に返った様子だった。


「わたくしたちは後にしましょう。」


 ベラベッカに促されて大佐は大人しく浴室から出ていった。



「ワイはな、山猫族やけど猫王家に仕える親衛隊長やってん。侵略の時も最後まで人間軍に抵抗したったんや。でもな、そのせいでたくさん部下を失ってしもうたんや…。」


「レオパルト…。」


「でもな、ワイが命がけで守ったはずの猫王さんは先にトンズラや。ワイは悔しくてな、死んでも死に切れんで逃げ出したんや。そんで、今はここで世話になっとるちうわけや。」


 僕は彼に何と声をかけていいか分からなかったが、服を脱いでお風呂に入ることにした。


「僕も手伝うよ、レオパルト。誰でも誰かに知られたくない事や、つらい思い出はあるよ。でもそうだからこそ、同じ思いの仲間同士で裸で付き合えるんだと思うよ。僕たちみたいにね。」


「そやな! レイはん!」


 レオパルトは牙を出してニヤリと笑った。




 子猫たちを洗い終えてから僕は部屋に戻った。いよいよ明日から作戦開始だった。僕は早く休んで体調を整えようとベッドに入った。

 危険な作戦になると思うとなかなか寝付くことができず、僕は何度も寝返りをした。皆で協力すれば大丈夫だと自分に言い聞かせて

ようやく寝入りかけた時、ドアを乱暴に叩く音が聞こえてきた。

 


 僕が扉を開けると、そこにはベラベッカと大佐が肩組みをして立っていた。

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