第26話 リゾートをめざして


 気がつくと僕はソファの上で、誰かが毛布をかけてくれていた。窓からは朝の光が射していた。食堂に行くと、ベラベッカが子猫たちに朝ごはんを食べさせていた。


「おはようございます、レイさま。よくおやすみになられましたか。」



 寝不足を全く感じさせない彼女の笑顔はさわやかで、僕にはまぶしかった。



「おはよう。みんなは?」


「院長とユート君は会議室、レオパルトは中庭です。ユマさまは、朝早くおたちになられました。」


「ありがとう。僕も手伝うよ。」


 子猫たちの食事が終わると、僕は地下会議室に入った。会議室の壁には巨大な地図や見取り図が貼られ、周りもメモや資料で埋め尽くされており、アイゼとユートが議論をしているところだった。


「おはよう、これは?」


「おはようニャ! リゾートの見取り図ニャ。作戦を練っていたところニャ。」


「で、作戦は?」


 アイゼは腕組みをして見取り図をながめていたが、僕の方に振り返って笑顔を見せた。


「おはよ。ちゃんと休めた? それは行きながら話すよ。」


「でも、リンデンゲルまでの移動手段はどうするの? あと、子猫たちの世話は?」


「それは今日、解決すると思うわ。」



 ボスの予言通り、すぐに来客があった。


「失礼します! 伍長以下5名、こねこの家のお手伝いに参りました!」


 大佐が派遣してくれたのだろう、数名の若い兵士が敬礼をして門の前に立っていた。


「伍長さん!」


「レイさん、皆さん。お留守の間、子猫ちゃんたちは我々がしっかりとお世話をしますです!」


 子猫たちは大喜びで兵士らに飛びついた。ベラベッカが援軍に色々と教えていると、また来訪者があった。巨大な馬車のような乗り物が門に到着して、馬がいないのにそれは動いていた。その幌には海をイメージしたような大きなマークが描かれていた。

 その中から出てきたのは、人をひと回り小さくしたような大きさの、デッサン人形のような形をした物体だった。


 出迎えた僕が気味悪げにしていると、デッサン人形は喋り出した。


「アナタガレイ様デスカ? ワタクシ、リンデンゲルリゾートノ送迎係デス。パルミエッラ様カラオテガミデス。」


「手紙?」


 僕は手紙の封を切って読み始めた。


『レイぼうやへ


 驚いた?

 先日は途中で終わってすまなかったわね。


 聞いたわ。

 体をはって私を黒猫から守ってくれたそうね。


 ぼうやにはまた命を救われたわね。

 礼を言うわ。


 あなたみたいな右腕がずっとほしかったのよ。


 例の取引が目前だから、早くこっちに来て。


 また奴らが襲ってくるかもしれないし、道中は十分に気をつけてね。


 もし、ぼうやのお仲間で腕の立つのがいたらいっしょに連れてきてもいいわよ。


 スイートルームで極上のワインを冷やして待ってるわ。


パルミエッラより

愛をこめて


追伸


迎えの自動馬車と召使人形は自由に使っていいわよ。』




「レイちゃんは歳上にもモテモテだね~。」


 手紙を読みながらアイゼはニヤニヤして僕の胸をつっついた。ベラベッカは険しい顔で、今にも手紙を破り捨てそうだった。


「ボスはこれがわかってたの?」


「うん。たぶんあっちが足を用意してくれるってね。」


「警戒して、取引場所や時刻を変えてないかな?」


「大丈夫。急に変えると不信を招くから。悪人同士ってね、お互いを信用していないからね。」



 全員が旅の用意を整えて、自動馬車に乗り込む時がきた。アイゼが手を出して言った。



「全員手を出して! いくよ!」



 五人が輪になり、手を出して重ねて叫んだ。


『すべてを猫のために!』



 僕たち漆黒の狩人は人と猫の混合部隊だが、パルミエッラは猫なのに、猫の敵だった。


 人間は猫の敵とは限らないし、

 猫は猫の味方とは限らない。

 僕は複雑な心境だった。



 自動馬車の中は、まるで豪華なキャンピングカーのようだった。


「こら快適やのう。検問も手紙があるからフリーパスやな。」


 レオパルトがバーカウンターを漁りながら言い、本を読んでいたユートが酒はダメと注意した。


「全員搭乗完了デスネ。ソレデハ出発イタシマス。操縦はワタクシニオマカセクダサイ。」


 人形が出発を宣言すると、馬車が動き出した。アイゼはご機嫌だった。


「こりゃ楽ね~。それにしてもあいつ、お金を持ってんのね。次こそ息の根を止めてやるわ。レイちゃん、邪魔しないでね。」


 アイゼがウインクをしてきたので、僕は慌てて窓の方に視線を逃した。気がつくと、すぐ隣にベラベッカが座っていて体を密着してきた。


「レイさま。ひとあし早い新婚旅行みたいですね。」


「えっ? そうかな…。」


「ところで、重要なことを決めておかなくてはなりません。リンデンゲルホテルでの部屋割りです。ユート君とレオパルト、わたくしとレイさま、院長はおひとりでよろしいでね?」


 アイゼは急に不機嫌になった。


「なにそれ。なんであんたが勝手に決めるわけ? 院長の私が決めるわ。」


「申し訳ありませんが、これだけはたとえ院長とはいえゆずりかねます。大佐との勝負がかかっていますので。」


「それって、フライングじゃない?」


「勝つために、手段は選んでいられません。」


 ベラベッカが僕の腕を持つ手に力を込めながら言い返してきた。僕はユートに助けを求めようとしたけど、彼は興味津々で操縦席を見ていた。


「着くまでどれくらいかかるニャ?」


「5日ホドデス。」


「人形さん、少し寄り道したいんだけど、良いかな?」


「ナンナリト目的地ヲゴ命令クダサイ。」


 アイゼの突然の要求にも、人形は淡々と従うようだった。



 パルミエッラの手紙の効果は絶大で、城門の検問は素通りだった。順調に自動馬車は街道を南下し、やがて分かれ道にさしかかって停まった。立て札には次のように書かれていた。

 


 左はリンデンゲルへ

 右はマウントプレキャットへ



 アイゼは右にと指示して、自動馬車はそのとおりに進み出した。


「院長、寄り道は結構ですが重要な要件でしょうか。取引の日が迫っていますよ。」


「ごめん、ベラベッカ。間に合うから今だけは私のわがままを聞いて。」


 マウントプレキャットが近づくにつれて、レオパルトが落ち着きをなくし始めた。


「やはりどうしても行かなあかんか? ワシ、あそこは苦手やねん。」


「どこに向かっているの?」


「マウントプレキャットには山猫の里があるねん。ワイの故郷や。」


「故郷なのに行きたくないの?」


「故郷やからこそやな。実は兄貴といろいろあってな。」


「お兄さんがいるの?」


 僕とレオパルトの会話に、アイゼが急に割り込んできた。


「レオの兄貴は山猫族の族長なの。レオパルトは、あとつぎ争いになるのがイヤで飛び出してきたんだったよね。」


「ま、そんなところやな。」



 しばらくしてから、馬車はマウントプレキャット山の麓付近で停車した。


「おりて登山口まで歩くよ。ベラベッカとユートはお留守番ね。」


 爆睡状態を起こされて、ただでさえ機嫌が悪いベラベッカだった。


「わたくし、レイさまのそばを離れたくありません。すこし目を離すと、すぐに院長はレイさまをいじめますので。」


「おーこわ。ま、気をつけるわ。ここでゆっくり休んでなさい。」


「いってらっしゃいニャ!」



 登山道はなかなかハードな道のりだった。僕だけ息が上がり、レオパルトとアイゼは険しい山をすいすいと登っていった。


「まだなんですか? 山猫の里は。」


「まだだけど、カイトを飛ばして到着を知らせたから、そろそろお出迎えがあるよ。」


「この訪問の目的は?」


「見てればわかるわ。」



 レオパルトは珍しく口数が少なかった。アイゼの予言通り、ふと気がつくと僕たちは山猫たちに取り囲まれていた。

 山猫族はみんな普通の猫よりかなり体が大きく、力の強さと俊敏さを兼ね備えた優秀な戦士らしかった。


「おつかれさん、山猫さんたち。早く族長のとこまで案内してくれる?」


 アイゼの挨拶に、他よりもひときわ大きな山猫が進み出てきた。


「すまないが、長はあなたには会わないとの事だ。早々に立ち去れ。」


 アイゼは険しい顔つきになり、次にすこし悲しげな顔をした。


「娘が会いに来たって、ちゃんと伝わってる?」


「長からの伝言だ。自分に娘はいない、猫と人間との戦争に山猫族を巻き込まないでほしい、とのことだ。」


「なんやと! お前ら、ようそんなことが言えるな!」


「いいの、レオパルト。」


 アイゼは感情をださずに静かな表情を浮かべていたが、くるりと山猫たちに背を向けた。


「わかった。むだ足だったね。帰ろ。」


「ボス! さっきの話は…?」



 アイゼはその後、僕の質問には答えてくれずに下山するまでずっと無言だった。僕はそんな様子の彼女が、なぜか気になって仕方がなかった。

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