第17話 今日は決闘日和


 体全身が痛かった。


 澄み切った青空はどこまでも美しかった。まるで彼女の瞳のように。その瞳が倒れている僕をのぞきこんだ。



「早く立ちなよ。あんたはその程度なの?」



 僕はただでさえ重労働の家事で筋肉痛がひどいのに、アイゼに剣術や格闘の朝稽古をさせられていた。


「やさしく教えてあげるね。」


 というアイゼのウインクに僕は騙された。


(彼女は僕を痛めつけて楽しんでいるだけに違いない。)


「立たないなら、立ち上がらせてあげる!」


 アイゼは練習用の木刀をふりあげた。その目は明らかに楽しんでいる目だった。


(今、舌なめずりした!?)


 僕は寝っ転がったままあきらめの境地に達していた。


(怪我をしたら家事をしなくてよくなるし…。)


 あまりの疲労と痛みで僕は幻覚を見て幻聴を聞いた。



「レイをいじめるニャー!」



 叫ぶ白い塊がくるくると高速で回転しながら猛烈な速さでアイゼに突進した。不意を突かれた彼女はまともにその攻撃をくらい、後ろに吹き飛んだ。


(まさか敵襲!?)


 だが、白い姿は僕に駆け寄ってくると全身でスリスリしてきた。


「レイ! 会いたかったニャ~! なんでいじめられてるニャ? あいつめ、ゆるさないニャ!」


「ユキさん!? 僕は無事だよ。」


 僕が上半身を起こしながら言うと、ユキは抱きついてきた。


「よかったニャ! もう離さないニャ!」


「いちゃつくなら別の場所にしてくれる?」


 アイゼがお腹を押さえながら立っていた。

ユキの攻撃がもろにヒットしたらしかった。ユキは全身の毛を逆立ててアイゼを威嚇した。


「そもそも誰なの? その子猫ちゃんは?」


 歳下の猫少女に大きなダメージを与えられたのが気に入らないのか、アイゼは不機嫌そうだった。


「私はユキ。レイのコンヤクシャニャ!」


 


『レイさんへ


お手紙をありがとうございました。

ご無事とのこと、本当に安心しました。


こねこの家に滞在とは、

これも猫女神様のお導きなのかもしれませんね。


ユキは滅多にわがままを言わないのですが、今回ばかりは言うことを聞きません。

よほどレイさんの事が気に入ったのでしょう。


申し訳ありませんが、

しばらく、娘のことをお願いします。


キャリアンより』



 ユキが手渡してくれたキャリアンさんからの手紙を読んで、僕はため息を我慢した。僕の目の前にユキがいたからだった。


「パパからのお手紙、なんて書いてあったニャ?」


 僕の部屋でベッドに腰かけて足をぶらぶら尻尾をクネクネさせながらユキが聞いてきた。


「いや、まあちょっとね。」


「どうしたの? レイは疲れてるみたいニャ。」


「すこしかな…。」



 あの後、アイゼは自室に閉じこもってしまった。ユキの今後の扱いについて、皆と相談しなければならないが頭が痛かった。意見を聞きたいのに、レオパルトは寝てばかりだし、ユートは姿が見えなかった。ベラベッカにはとても聞けなかった。



 ノックする音が聞こえたのでドアを開けると、まさにその彼女が立っていた。


「レイさま。街まで買い出しに行くのですが、ご一緒して頂けませんか? 院長から珍しく大金を渡されましたので、子猫たちに沢山食べさせたく思います。実はわたくし、非常に良い雰囲気のカフェを知っておりまして、あくまで買い物のついでに、お茶を飲みながらお互いの将来のことを語り合うのは如何でしょうか。」


 顔を赤くしながら言う彼女を見て、僕は冷や汗を背中に感じた。


「わ、わかりました。着替えるから少し待っていて下さい。」


 僕は慌ててドアを閉めようとしたが、鋭い彼女に勘づかれたようだった。


「おや? どなたかお客さまがお部屋にいらっしゃるのですか?」


 ユキが僕の後ろから抱きついてきた。


「ねえレイ、疲れてるなら、いっしょにお昼寝しようニャ!」




「なんの騒ぎやねん、ええ気持ちで昼寝しとったのに。」


 大あくびをしながら中庭に出てきたレオパルトがユートに聞いた。


「決闘だってニャ。みんなヒマなんだニャ。」


 ユートはお菓子を食べながら絵本から顔を上げずに答えた。


「決闘やて?」


 腹を掻きながらレオパルトが見た先では、ユキとベラベッカが距離を挟んでにらみあっていた。ユートのとなりに座ったレオパルトは、僕の表情を見てすぐに事情を察したようだった。


「もてる奴はつらいな、レイはん。」


「落ちついている場合じゃないよ! とめてよ、ふたりとも!」


「レイにいちゃん、ボクはケガしたくないニャ。」


「右に同じや。」


 決闘の当事者はまだ激しいにらみ合いを続けていた。


「しつけがなってない下品な者は、たとえ子猫でも容赦はいたしません。わたくしの運命のお方に対するふしだらな行為を謝罪し、二度とレイさまに近づかないと誓うならば今ならまだ許してさしあげます。」


「ハニャ? おばちゃんの言ってること、難しくて半分もわからないニャ。レイ、このおばちゃんは誰ニャ?」


「わたくしへの暴言も許しがたき上に、レイさまを呼び捨てとは何事ですか。」


「そんなの、コンヤクシャだから当たり前ニャ! もうレイとユキはイチヤヲトモニシタ仲ニャ!」



 僕はもう、見ているだけでハラハラしていた。



「ユキさん! 意味がわかって言ってる?」


「その件はレイさまにも後で詳しく説明をして頂きましょう。では、わたくしからまいります。」


 ベラベッカは、どこから取り出したのか巨大なクロスボウを構えた。


「わが名誉あるホッケウルフ家に代々伝わる魔道具『尽きずの弩』をとくと味わいなさい。」


 ベラベッカが引き金を引くと同時に、無数の矢がユキをめがけて放たれた。


「相変わらず、ベラベッカおねえちゃんの攻撃はすごいニャ。」


「ま、当たればのう。」



 のんきに観戦している二匹の横で、僕は生きた心地がしなかった。矢の射撃は正確で、しかもどんな仕組みなのか、いくら撃っても矢は尽きなかった。

 だが、それ以上に驚いたのはユキの動きだった。ユキは連続バク転、側転、前宙と無数の矢を優雅に華麗にかわしていった。よけるだけではなくユキは反撃に出て、矢を避けながら屋敷の壁に張り付いたかと思うと、そのまま壁伝いに猛スピードで走りだした。


 ユキの走った後の壁に次々と矢が刺さっていった。僕はもう、危なかしくって見ていられなかった。


「これが人と猫の差やな。ベラベッカも腕はええが、猫の速さにはついていけんのやな。」


「そこはベラベッカお姉ちゃんも考えてるニャ。」


 壁伝いに走りまわっていたユキは、思い切り跳びはねてベラベッカに飛びかかった。


「ユキパーンチニャ!!」


 ユキの強烈なパンチがベラベッカに炸裂したかのように僕には見えた。だが、決闘の最初から全く位置を変えていなかったベラベッカは、わずかに顔を動かしただけでユキの肉球パンチをかわした。

 ベラベッカは、連続転回しながら距離をとるユキにさらに矢を打ち続けた。



「さっきより矢の発射間隔が短くなってる!?」


「ベラベッカお姉ちゃんの弩は、矢の大きさと発射間隔を自由に調整できるニャ! 小さな矢にすればするほど、速く連射できるニャ。」



 確かに、最初に彼女が撃っていた矢は普通の大きさの矢だったが、今、地面に突き刺さっているのはダーツのような小さい矢だった。ユキはさすがに疲れてきたのか、動きが徐々に遅くなってきていた。

 そして、砂場に足をとられて転んだ彼女に無数の小さな矢が襲いかかった。


「ユキさん!」



 僕はもうただ見ていることができず、矢の雨の中に飛び出していってしまった。

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