第16話 アイゼ院長との密約
僕が返事に困っているとアイゼはため息をついた。
「あんたが言えない理由は、私たちが信用できないから?」
「ち、違うんだ。ただ…。」
僕はそう言いながらうつむいてしまった。彼女たちは占領軍と勇敢に戦っていて、ましてやアイゼやベラベッカは人間なのに、猫たちの為に命をかけている。
自分が異世界人で、しかも元の世界でしていた汚い仕事をアイゼたちに話したら、どれだけ落胆されて軽蔑されるだろうと思うと僕はこわかった。
僕がうなだれていると、アイゼは僕の顔をのぞき込んできた。
「私がどうしてあんたを仲間にしたいかわかる?」
「捜索に来た兵士たちを追い払ったから?」
アイゼはゆっくりと首を振った。
「それもあるけど、そのあと。あんたと子猫たちを見て、あんたは悪い人じゃないって確信したからだよ。大人は騙せても、子猫は騙せないからね。」
僕は顔をあげてアイゼと見つめあった。
「まあ、言いたくなければもういいわ。私はあんたの過去には興味ないし、興味があるのはこれからのことね。どう? 漆黒の狩人に入ってくれる?」
「決められないよ…。」
「もう! あんたってほんっとに優柔不断ね。いいわ、もしもあんたが私たちに協力してくれて占領軍を追い出した時には、あんたを元の世界に帰してあげるよ。悪くない条件でしょ?」
「えっ!?」
あまりにもアイゼがさらりと言ったので、僕は自分の耳を疑った。僕がよほど驚いた顔をしていたのか、彼女はニヤニヤしていた。
「その顔だと図星ね? あんたは嘘がつけない人ね。」
「どうしてわかったの?」
僕の質問にも彼女は平然としていた。
「簡単よ。あんたの荷物を全部調べただけよ。見たこともない材質の道具、衣服、武器っぽいものに読めない文字。どれもこれもこの世界には絶対に存在しない物ばかりがあったわ。それで出した結論。どう?」
僕は彼女の頭の良さをみくびっていたみたいだった。
「僕の荷物はどこ?」
「心配しなくても、武器以外は返してあげるわ。そうそう、下着も返してあげるね。」
アイゼは赤くなった僕を見て楽しげに笑った。僕をいじって楽しむのはどうやら彼女の悪い趣味らしかった。
「でも、どうやって元の世界にかえしてくれるの?」
「さあね。私は知らないけど、知ってそうな奴なら知ってるから、そいつに頼めば大丈夫ね。」
「それは誰!?」
アイゼはあきれた様子で僕を見てきた。
「言えるわけないでしょ? 言ったら取引にならないじゃない。で、仲間になるの、ならないの、どっち?」
僕はまだ聞けていない疑問はないかと少し考えた。
「どうして君は僕を助けたの?」
アイゼも少し考えてから口を開いた。
「あの時は私も頭に血がのぼってたからなあ。最後に剣を振り上げてからようやく、あんたがレオパルトが言ってた人かもって思い出したの。」
(こっちは殺されかけたのに…。)
「そういえば、どうやって僕の傷を一晩で治したの?」
「それはナイショ。」
アイゼは腕組みをしてイライラしていて、どうやら彼女は短気な性格みたいだった。
「もうひとつだけ聞いていい? 君はなぜ、人間なのに猫たちの為に命がけで戦うの?」
「それは…。」
彼女は急に言葉に詰まると、少し悲しげな目をした。
「あんたには私が人間に見えるんだ…。」
「え?」
「なんでもない! もう、あんたは質問ばっかりね。結局どうするのよ?」
アイゼは頬杖をついて指でトントン机を叩き始めた。結局、僕はうなずいた。この話に乗ってみるしか、元の世界に帰る方法はなさそうだった。彼女は微笑みながら僕に手を差し出してきた。
「ありがとう、レイちゃん。改めてよろしくね。」
彼女の手は、あの神業の剣技の手とは思えないくらい細くて柔らかい手だった。
「くれぐれも、この約束はベラベッカには内緒ね。もし彼女が知ったら怒り狂うわ。おーこわ。」
(君の方がこわいよ…。)
「わかったよ。」
「あと、まさかとは思うけど、ベラベッカに手を出したらタダじゃおかないから。」
「それもわかってる。」
「それと、たった今から私のことはボスか院長と呼ぶこと。」
「わかりました、ボス。」
「よくできました! 最後にこれを教えておくね。」
アイゼは手のひらを下にして手をさし出してきた。そして、手を重ねて、と目で合図をしてきた。僕がそうすると、
「すべてを猫のために!!」
と彼女は叫んだ。
「これはね、私たち漆黒の狩人の合言葉だよ。覚えておいてね。」
「わかりました、ボス!」
「じゃ、最初の任務を与えるね。」
山のような食器。山のような洗濯物。山のようなゴミ。そして走り回る子猫たち。
(最初の任務って、家事か…。)
ここは、人間軍の侵略の時に親猫を失った子猫たちの孤児院だったのだ。この孤児院は圧倒的に人手不足かつ財政難だった。庭も屋敷も無駄に広いだけで、かなり古くてあちこち傷んでいた。
最初に僕がボスに命じられたのは家事、炊事、洗濯、掃除に子猫たちの世話だった。
ベラベッカが今までほぼ一人で全てをこなしていたので、手伝うと言ったら僕に抱きついて喜びをあらわした。
「私の運命のお方と家事ができるなんて、ああ、このベラベッカ・ホッケウルフは無上の喜びを感じております。」
「みんなは手伝ってくれないの?」
僕の質問にベラベッカは悲しげな目をした。
「院長やレオパルトが家事ができるように見えますか?」
彼女は貴族の娘らしいが、家事は完璧だった。でも家事よりも、大変なのは子猫たちの世話だった。孤児院は小さいのから大きいのまで、あらゆる毛並の子猫たちでいっぱいだった。すばしっこくて、僕の頭を踏み台にして飛び跳ねる子猫もいた。ユートも手伝ってくれたが、全員をお風呂で洗って着替えさせて寝かしつけるのは戦争だった。
そのお風呂だけは立派で浴槽も広くてなんと温泉がひかれていて、僕は深夜に一人でこっそり入って疲れをいやしていた。
アイゼ院長はしばらくの間、黒猫としての活動は休止すると宣言していた。敵の目を欺くためらしかったけど、漆黒の狩人に加わったものの僕はただの雑用係だった。
「心配しなくても、すぐに敵の方から動いてくるよ。」
そう言って彼女は余裕を見せるばかりだった。
レオパルトは昼寝してばかりだし、ユートは最年長子猫として他の子猫たちの世話で忙しそうだった。助かったのは、僕に個室が与えられたことだった。部屋だけはたくさん余っているらしかった。
僕が屋敷を探検しようと階段を登ろうとするとベラベッカに呼びとめられた。
「レイさま。この屋敷の規則その1は『食事を運ぶ時以外に絶対に2階にはあがってはいけない』です。」
「食事? 誰か上にいるの?」
「それはあまり気にされない方がよいかと存じます。」
そのあと、レオパルトがベッドやソファを僕の部屋に運んでくれた。どれもボロボロだが無いよりはマシだった。自分の部屋で、
僕が返してもらった荷物を見ていたら携帯ゲーム機が出てきた。あれほど元の世界では遊んでいたのに、今は全く遊ぶ気が起きなかった。
自分の居場所ができて落ち着くと、僕は無事をキャリアンさんとミルさんに伝えようと思い出した。カイトは中庭の木に止まって毛づくろいをしていた。
「カイトくん、少しお仕事を頼んでも良いかな?」
「ピヨ!」
「この手紙を、猫居住区のキャリアンさんの家に届けてくれるかな?」
カイトは羽を僕と自分に交互に向けてギーギーと鳴いた。どうやらタダでは駄目らしいので、僕はポケットにあった銀貨を渡した。
「マイドアリピヨ! イッテクルピヨ!」
(あ、なんだ。喋れたんだ?)
カイトは元気よく羽ばたいて青空へ向けて飛び、すぐに見えなくなった。
結果的に僕の手紙は無事到着したが、これが後の騒動の原因になるとは僕は夢にも思わなかった。
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