第4話 野営地点の三毛猫

「ボクはユキ! あなたはニャ?」


 生まれて初めて乗る馬車は、想像以上に乗り心地が悪かった。地面の凹凸が直接伝わってきてガタガタと揺れて、僕は舌を噛みそうになった。あの荒い運転だった改造バンの方がずっとマシだった。


「僕は、三毛神です。三毛神 零。」


「ミケガ…?」


 ユキは首を傾げたが、すぐににっこりと笑った。


「レイ! ステキな名前!」


 ユキと名乗る猫少女は、馬車が走り出してからもずっと僕の真横に座っていた。僕は落ち着いて猫の少女を見つめたが、間近で見れば見るほどどう見ても本物だった。

 艶々と美しい白い毛並に、くるくる動く目は精巧なガラス細工のように綺麗で、被り物や特殊メイクなどとは次元が絶対に違っていた。


「レイ、またそんなに見つめて。猫族がそんなに珍しい? それともいきなり相思相愛!? どうしようニャ~。」


 僕は彼女の勘違いをやんわりと正そうとした。


「あの、君のような猫を見たのは初めてなのでつい。」


「ボクみたいなかわいい猫は初めて見たって? やだ、意外とレイは積極的!」


 照れたユキから僕の顔面に強烈な猫パンチが繰り出され、意外と痛かったが僕は我慢した。ユキも僕をじっと見てきた。


「レイはカッコいいけど、服はいまいちだニャ? なあに、その模様はニャ?」


 僕は迷彩服を説明しようとしたが、話に飽きたのか半分も言わないうちにユキが遮った。


「それにしてもレイはすごい魔道具を持ってるね! お金持ちなんだニャ~。」


 ユキは僕が銃を撃つしぐさをしながらバンバンと上手に声マネをした。


「魔道具って?」


「え? 持ってるのに知らないのニャ?」


 ユキの説明によると、魔法がかかっていてなにか特別なことができる道具を「魔道具」といって、例えば空を飛べるほうきやじゅうたんがあるそうだ。魔道具は希少なので、その機能によってはお城が買えるくらいの値段がするものもあるという。

 どうやらユキは僕の銃をその「魔道具」だと思ったようだ。僕は魔道具などと言う話は全くの初耳だった。


「ところで、ここはどこなのかな?」


 僕の質問にユキはただでさえ大きな目を見ひらいた。


「シュバルツバルド大森林だよ、しらないのかニャ? そういえば、レイはどうしてあの場所にいて、どこから来たのかニャ?」


 それは聞いたこともない地名だった。僕は説明するのが難しかったので、ユキには悪いがウソをつくことにした。


「実は、事故にあって記憶がないんだ。」


 我ながら嘘くさい話だと思ったけど、ユキは人(猫?)が良いのかすっかり信じこんだ様子だった。


「そうなの!? レイ、かわいそうニャ!」


 ユキはまた僕に抱きついてきた。その後も僕と彼女は話し続けて少しずつ色々なことがわかってきた。


 まず、お互いに言葉はわかるが文字はさっぱり読めなかった。ユキの言う地名は僕は全く知らず、彼女が見せてくれた地図を見て僕は驚いた。


(僕の知っている世界地図と全然違う!)


 大陸の数もかたちも違うし、何ひとつ共通点がなかった。僕は試しにいくつか国名や地名を言ってみたが、ユキは首をひねるばかりだった。

 自分でも信じられないが、どうやらここは僕がいた世界とは全く異なる世界らしかった。彼女が嘘をついている可能性は限りなく低いし、彼女が嘘をつく理由もなかった。



 これはやはり空間歪曲手榴弾のせいとしか思えなかったが、故障か想定外の力が働いたのかわからなかった。そういえば、来島は試作品と言っていたが、まさか世界を飛び越えるとは思いもしなかった。青ざめている僕をユキがなぐさめてくれた。


「レイはきっと遠くから来たんだニャ? 記憶はすぐに戻るよ、大丈夫、大丈夫ニャ!」


 ユキは僕の肩を肉球のある手で叩きながらニッコリと笑った。彼女は細かいことをあまり気にしない性格のようだった。



 馬車が止まり、三毛猫パパが声をかけてきて野営地点に着いたと言った。

 馬車から降りると草原が広がっており、あちらこちらにテントが張られていた。


 温暖な気候なのか、夜だが肌寒さはなかった。僕たちの乗っているような馬車が他にも何台か停まっていた。僕たちもテントを張り、馬にごはんをあげて、火を起こして夕食となった。

 猫の食事が食べられるのかとの心配は杞憂で、ユキの作った煮込み料理は絶品だった。


 僕は今までインスタント食品やコンビニ弁当ばかりを食べていたて、誰かの手作りの暖かい食事は本当に久しぶりだった。


 僕は食べながら、三毛猫パパにも話を聞いたがやはりユキの言うとおり、ここは僕のまったく知らない場所だった。三毛猫パパは名をキャリアンと名のり、記憶喪失という僕の話をすっかり信じこみ、しきりに同情してくれた。


「レイさん、あまりおすすめはできませんが、もしも行くあてがなければ猫の街までお送りしましょうか? もうすですし、この辺りでは最大の街ですよ。」


 大きな街に行けば元の世界に帰る方法の手がかりが探せるかもしれない、と僕は思った。

 でも、おすすめできないというのがひっかかって、僕が疑問を口にするとキャリアンさんは苦しげな表情になった。


「実は今、猫の街は占領されているのですよ。」


「占領?」


「はい。私たちは占領軍に命じられて軍需物資を輸送していたのです。」


 キャリアンの一家は元々猫の街で雑貨商を経営していて、馬車を持ち行商もしていたので輸送係に徴発されたそうだった。


「占領軍って?」


「人間族の都市国家軍です。」


 ユキがまだ幼い頃に猫の街は人間軍の急襲を受けたという。キャリアンの説明によると、この世界では種族毎に巨大な街に住みあたかも街が一つの国家のような、都市国家を形成しているそうだ。


 どの街も立派な城壁を持った城塞都市で、

王や政府があり、自衛の為の軍を持つ都市もあり、都市国家間で外交や交易があり、同盟関係や時には戦争もあったりするらしい。


 猫族と良好な関係だったはずの人間都市国家の軍が突如侵攻してきて、大した抵抗もできずに猫の街はあっけなく陥落して、今は人間族の占領軍司令部による支配下に置かれているという。


 僕にはまた疑問がわいた。


「街を治めていた猫はどうなったのですか?」


「ボスコーネルン王家は逃げてしまい、王も王女も行方不明なのです。」


 僕は何だか人間として申し訳ない気がした。


「僕は人間ですが、猫の街に行っても良いのですか?」


「レイさんが命の恩人であることに変わりはありません。ユキもえらく貴方が気に入ったみたいですし。」


 キャリアンは笑い、僕は彼の好意に甘えて猫の街まで送ってもらうことにした。



 夕食のあと、僕たちはテントで眠りについた。テントは三人で寝ても十分な広さがあった。猫の親子はカーテンの間仕切りの向こうで並んですやすやと眠っていた。


 俺は装備を外して楽な格好になり、入浴の代わりに、バックパックに入っていた汗拭きシートで全身を拭いてから下着を替えた。


(街についたらシャワーや風呂はあるのかな。)


 僕は横になり毛布を被ったが、何だかまだここが異世界だという現実感が湧かなかった。ここからどうやって元の世界に帰れば良いのか僕には見当もつかなかった。


(考えていても仕方がないか。)


 僕は目をつむり眠ることにした。なかなか寝つけなくて何度も寝返りをうっていると、急に何かが毛布の中に滑り込んできて、僕はぎょっとした。



 暗闇の中、ばあ、とユキが毛布の中から顔を出した。

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