第45話 ハールヤの医院での入院生活

N……ナレーション

飛田……主人公

玉城……100kg超の27歳男性

塚腰……玉城の婚約者、27歳

ダスティ……不健康な若者猫。ハールヤの医院に入院し、健康を取り戻した。

ハールヤ……ねずみの名医



Nダスティは診察室の椅子にドカッと座ると、入院中の1日の過ごし方を得意げに、玉城に向けて解説し始めた。


ダスティ「んとなー、朝起きたらまずは白湯さゆを飲んで、ラジオ体操だ。それから朝飯に脂少なめの魚料理をだな……」


ハールヤ「朝は、体内時計をリセットするために、基本的には日が昇る時間に起きていただきます。昼夜逆転している方の場合は、少しずつ修正していきます。白湯を飲んで身体を温め、ラジオ体操で血行を良くします。食事に関しましては人間様の場合、高タンパク低脂肪のメニューをご用意致します。朝は果物中心、昼、夜は旬の野菜と魚料理中心のメニューです」


 ハールヤは、勝手に始まったダスティの解説にも嫌な顔一つ見せず、後に補足説明を加える。

 その繰り返しが、暫し続いた。


ダスティ「朝のうちは思いのまま、好きに過ごさせてもらえるぜ。俺はずっとエロ動画見てた。昼飯食ったら、ストレッチ体操だ。面倒だが昼からは、運動しなきゃいけねーんだ」


ハールヤ「午前中は、思い思いに好きなことをして頂けます。ストレスの解消が目的です。そして昼食が終わって1時間後に、運動治療の開始です。まずは、ストレッチを20分。その後30分ほど筋肉トレーニングを行なって頂きます。次に整理運動をして休憩したのち、ウォーキングを1時間……5000歩ほど歩いて頂きます。1日トータル、8000歩から13000歩が目安です。脂肪は筋肉の中で燃えますので、筋肉をつけて脂肪を燃やす。血液循環を良くし、自然治癒力を高める。これを毎日行います」


 体重が100キログラムを超えていそうな玉城も、この食事療法と運動療法で痩せられるのだろうか——。


ダスティ「歩き終わったら、身体をキレイにして、お待ちかねの“手術”だ」


玉城「しゅ、手術ぅー!? 手術はやだよぉ、邦子ぉー!」


塚腰「ちょっと、さすがに手術まではお願いできないです。お金も無いし、別世界で手術なんてそれはちょっと……」


 ダスティが、いかにも楽しげに“手術”だなんて言うものだから、玉城と塚腰が不審がるのも無理はない。

 だが、この世界でいう“手術”とは——。


ハールヤ「誤解を招くようですみません。我々の言う“手術”とは、文字通り手で行う術……“足裏マッサージ”のことです。ウォーキング後にシャワーを浴びてもらい、次に私が足裏の反射区を指圧します。その後、ふくらはぎから膝上までよく揉んだのち、腰や背中のマッサージを1時間ほど。老廃物を流し、内臓の血流を良くします」


飛田「足裏は痛いですが、背中や腰のマッサージはすごく気持ち良かったですよ。体調も良くなりました。麻酔やメスを使った手術ではないので安心してください」


 以前、ハールヤによる“手術”を受けた飛田とびたも、すかさず補足してフォローする。


塚腰「そ、それなら良かったです。でも足ツボってめっちゃくちゃ痛いらしいから、浩司こうじ、覚悟しなきゃね」


玉城「ひえぇー……どっちにしろ怖いよぉー、邦子ぉー……」


 どうやら、理解してもらえたようだ。

 玉城たましろ塚腰つかごしの様子など気にする様子もなく、早く解説の続きを言いたげなダスティは、足踏みしながら早口で続ける。


ダスティ「俺の場合は首とか顎とか撫でてもらった後、背中をマッサージしてもらえるんだ。毎日だぜ。マッサージしてもらってすっかり気持ち良くなるだろ? その後に、薄暗い部屋で、頭にヘンな機械かぶりながら、ただただ楽しいこと考えるんだ。時々ハールヤが話聞いてくれるから、テンション上がるんだ。終わる頃にはすっかり気分良くなってるんだぜ!」


玉城「頭にぃ、変な機械ぃー?」


 玉城が首を傾げると、ハールヤは補足説明を加える。


ハールヤ「マッサージですっかり気持ち良くなった後に、瞑想室に入って頂き、そこで自分の幸せなこと、幸せな形が実現した様子、幸せな自分がやりたいこと……などを1時間ほど考えていただくのです。その際、“脳波測定器”を着けて頂きます。ストレスを感じている時は“γ波ガンマは”や“β波ベータは”という脳波がよく出ているのですが、気分が良くなると“α波アルファは”に変わります。その変化を測定するのです。“α波”になれば、脳から“βベータエンドルフィン”という快感物質が分泌され、気分が良くなるだけでなく、その快感物質が薬として作用し、体全体の悪いところが治っていくのです」


塚腰「要するに、いい気分になることが治療になる、ということかしら?」


 塚腰が尋ねると、ハールヤは穏やかに微笑んで肯定する。


ハールヤ「その通りです。何を考えれば良い気分になり“α波”が出るかを知ってもらうのも、目的の1つです。血流を良くし、いい気分になれば、自然治癒力はグンと高まります。脳波測定の後は夕食を摂って頂き、また思い思いに過ごしつつ自分の幸せを考えて頂いてから、22時頃に就寝していただきます。以上が、入院時の過ごし方です。当院の入院は5人までですが、ちょうど1つ空きがあります。ご都合いかがですか?」


 玉城、塚腰は暫しの間、顔を見合わせる。

 2人の出した答えは——。


玉城「入院しまあーすぅ! いいんだぁ、仕事はウイルスで休みだしぃ」


塚腰「私も付き添いますが、よろしいでしょうか?」


 玉城は、


玉城「今までろくに寝る時間もなくってぇ、ストレスが溜まってぇ、やけ食いを続けてたからぁ」


 と付け加える。

 入院生活で久しぶりにゆったり過ごせそうだと思ったのか玉城は満面の笑みで入院の意思を示し、塚腰も同意した。


ハールヤ「分かりました。もちろん付き添いもOKですよ。では本日から入院ということで、手続きを致しましょう」


 こうして、塚腰も付き添い、玉城は入院することが決まった。

 話がまとまり安堵した飛田は、ハールヤに尋ねる。


飛田「ハールヤさん、玉城さんたちが元の世界に帰るにはミランダさんを呼ばなければいけませんので、玉城さんの退院の予定日を教えていただけますか?」


ハールヤ「おおよそ3ヶ月を考えておりますが、延長になる可能性もあります」


飛田「なるほど……。あ、紙とペンをお借りしていいですか?」


ハールヤ「どうぞ」


 飛田は少し考えてから、メモ用紙に自身のスマホの電話番号を記入し、塚腰に差し出す。


飛田「私、少し忙しくなるのです。ご自宅に帰られるご用事がある時は、こちらに連絡下さい」


塚腰「分かりました。特に帰る用事も無いのできっと大丈夫ですけど、お気遣いありがとうございます」


飛田「良くなると、いいですね」


 渡した後で、ニャンバラではスマホが使えるかどうかが分からないということに気付く。

 いずれにせよ早く邪竜パン=デ=ミールを正気に戻し、元の世界に帰らねば。急ごう——そう思う飛田だった。


 一方、長時間待たされていた悠木、雪白は——。

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