第43話 太っちょの青年を連れて、異世界へ

N……

優志……

外園……

悠木……

雪白……

玉城浩司……

塚腰邦子……

ミランダ……


————


 5月も半ばになると、流行を続ける新型ウイルスにも変化が起き始めていた。

 何と、ウイルスの変異株が何種類も現れ、世界各国で種類の違う新型ウイルスが流行し始めたのである。


 多種多様な症状を引き起こすもの、はしかをも上回る感染力を持つもの、治った後に何年も続くような後遺症を引き起こすもの、さらには免疫そのものを破壊するものなど。

 もはや現代医学では手がつけられないほどにまで、新型ウイルスは幅を利かせていたのだ。

 人が大勢集まるイベントは全て中止となり、取り締まりの対象となった。

 “テレワーク”と称する、自宅でパソコンやスマホを使いオンラインで働くスタイルが広まった。


 それでも感染者数はもちろん、ウイルスによる死者数も右肩上がりに増加。日本においても、まだ若い20代、10代の死者の報告が出始めている。

 大袈裟な話ではなく、「人類が始まって以来の危機となるかもしれない」——世界中のニュースで、そう報じられるようになっていた。


 そんな中、優志まさしはというと——。


優志「……あいてててて!! 痛いです……」


 “足ツボマット”を、一生懸命に踏んでいた。

 大小様々なプラスチックの凸凹を満遍なく踏むことで、足ツボマッサージと同じ効果が得られる健康グッズだ。

 政府から給付金が支給されたのだが、決して懐に余裕がある状態ではない。しかし健康は何より大事だと身をもって知ったため、思い切ってネット通販で購入した。


 先日見た夢のことは、もうすっかり記憶の彼方に埋没してしまっていた。


優志(痛い……でも足の裏がポカポカ温かいです。健康のために頑張りましょう……。それにしても、新型ウイルス……どうなるのでしょう。私はまだ感染してはいないですが……いつ感染してもおかしくない状況ですね。このままでは本当に人類が滅んでしまうかもしれないです……。体調も良くなったし、早く新型ウイルスの原因、邪竜パン=デ=ミールを正気に返すべく、戦いに行かなければいけません。ゴマくんたちはこうしてる間にも色々と作戦を考え、戦っています……)


 足ツボマットは、朝の習慣だ。10分ほど足踏みしてから、朝食をとることにしている。

 優志は足踏みしながら先のことを考えていたが、1つ現実的に大事なことを思い出す。


優志(そうでした。前に、マスターに作編曲の仕事の話をしそびれたから、“OFFBEATオフビート”にも行かなくては)


 ライブハウス“OFFBEAT”のマスター、外園に連絡を入れてみる。

 今日はライブ本番がなく、ステージでの練習としてホールを貸し出しているので、いつ来てもいいとの事だった。


 ならば行こうということで、優志は身支度を済ませ、マスクをつけ消毒用アルコールを携帯したのを確認し、玄関の扉を開けた。



 午後1時頃。

 OFFBEATの扉を開けると、聴き覚えのある歌声が優志の耳に入った。

 ステージで歌の練習をしていたのは、以前ライブをしていた悠木ゆうき愛音あいね雪白ゆきしろ友莉ゆうりだ。


優志「マスター、おはようございます。今日はあの子たちの練習日だったんですね」


外園「おはよう、飛田とびたくん。今日は君に相談があるんだ」


優志「え、相談……ですか」


 外園に呼ばれ、楽屋へと移動する。

 切れかけの蛍光灯が灯る、物が散乱した楽屋のテーブルで優志は外園と向き合い、腰を下ろした。

 外園は改まった態度で、何やら書類を差し出しながら言う。


外園「あの子たちに、曲を提供してやってくれるかい? 私がギャラを払うので」


優志「え……あの子たちって、今練習してる2人に……ですか」


外園「ああ。愛音ちゃんと友莉ちゃんはこんな状況でも、頑張っている。俺はあの子らをブレイクさせたい。だから飛田くん、君のセンスを見込んで1曲、お願いしたいんだが、いいかな?」


優志「は……はい! 是非とも!」


 優志は書類に書かれた諸々の条件を確認し、サインをした。外園もサインをし、契約完了。

 納品した曲の人気が出れば、月契約で継続して仕事をさせてもらえることになったのだ。さらに、オンラインで行う音楽講師業も紹介してもらえたので、金銭面の心配はこれで解消された。


優志「マスター、助かります。ありがとうございます! 精一杯やらせていただきます」


外園「いいんだよ、こういう時はお互い様だ。よろしく頼むよ」


 話を終わらせ、席を立った時——。


優志(……何か、いますか……?)


 楽屋に散らばったガラクタの中で、白いモフモフと、黒いモフモフがゴソゴソと動いているのが、優志の視界に入った。


優志(ねずみ……ではないですよね)


外園「飛田くん、どうしたんだい?」


優志「あ、何でもないです!」


 結局モフモフの正体が分からぬまま、優志は外園と共にホールへと戻った。



外園「あいちゃん、ゆうちゃん、練習お疲れ様。君たちのオリジナル曲を、このオッサンが書いてくれることになったぞ」


 笑う外園に、優志まさしは指を差された。


悠木「あ! こないだのおじちゃん!」


雪白「お兄さんでしょ、愛音あいね


 悠木ゆうき愛音と雪白ゆきしろ友莉は少しの間やいのやいのと言い合ったのち、2人揃って優志に頭を下げる。


悠木&雪白「「よろしくお願いします、飛田さん!」」


優志「こちらこそよろしくお願いします。……いやあ、いい子たちですね、マスター」


外園「ああ。この子たちの未来への道を、俺たちが作るんだ。ウイルスの中だが、みんなで力合わせて乗り切ろう! さあ、店閉めるからみんな外に出た、出た」


 作曲依頼の話も終わり、優志たちがロビーに出ようとした、その時——。


玉城浩司「マスターぁ、パスタ下さいぃ! 5人前ぇ!」


 体重100キログラムはゆうに超えているであろう太っちょの青年と、スタイルの良い茶髪ポニーテールの女性が、エントランスから入ってきた。


塚腰邦子「もう、浩司こうじ食べすぎ! 治す気あるの?」


玉城「いいじゃないかぁ邦子くにこぉ!」


 2人はエントランスの前で言い合っている。浩司という名の男性がとにかくデカいため、出入り口が完全に塞がれてしまっている。


外園「ほらほら、2人ともそんなとこで言い合ってないでとにかくテーブルのとこ行って座れ。もう今から店閉めようと思ったんだが……まあいいか。15分程待ってね。玉城たましろお前、また1人で5人前食うのか。今日は1人前で我慢しろ」


 渋々、外園は厨房へと入って行った。



 優志、悠木、雪白も、ちゃっかり便乗してパスタを注文していた。

 優志は、隣のテーブルに座った邦子という名の茶髪ポニーテールの女性に話しかけられる。


塚腰「お見苦しいところをお見せしてごめんなさい。彼は【玉城たましろ浩司こうじ】。私は【塚腰つかごし邦子くにこ】です」


 塚腰は、優志たちに向かい軽く頭を下げる。彼女は20代半ばほどだろう。

 隣に座る大男、玉城はマイペースな性格なのか、じーっと厨房でパスタを作る外園マスターの方を見ていた。


優志「なるほど、食欲が抑えられずに肝炎が悪化して……」


 半ば愚痴にも近い塚腰の話に、耳を傾ける優志。

 玉城と塚腰は、“OFFBEAT”の常連らしい。

 2人は結婚を控えてるが、玉城は肝炎と診断され、医師から食事制限を言い渡されているらしい。

 塚腰はそんな玉城に「これ以上太っちゃ嫌!」と言い続けているが、彼の体重は日に日に増えるばかりだという。


塚腰「お医者さんが口を酸っぱくして言っても、食べ続けるんです。全く……」


玉城「だってさぁ、美味しいもの食べてる時って幸せじゃぁんかぁ」


 玉城は子供のように頬を膨らませる。元々大きな顔が、さらに大きく見えてしまう。


 玉城も塚腰も28歳だという。

 このまま結婚したとしても、旦那さんは病気のまま。もし子供が育つ頃に旦那さんが入院生活になったとしたら、奥さんはたまったもんではないだろう。

 2人の問題を解決するための、いい手段はないだろうか——。

 

 考えていると、脳内で電球がピカリと光り輝く。


優志「そういうことなら! いいお医者さんを紹介しますよ」


 ポンと手を打ち、塚腰の目を見る優志。


塚腰「いいお医者さんですか? これまで病院を転々としたんですけど、どこ行ってもダメで……」


 塚腰はため息をつく。

 しかし優志は、自信満々に言い放った。


優志「異世界にある、ねずみさんのお医者さんです!」


 ——OFFBEATの店内に響く音が、パスタを油で炒める音だけとなった。

 優志の背に、冷や汗が1つタラリと垂れる。


優志(しまった、勢いに任せて言ってしまいました……。バカだと思われたかも知れないです。玉城さんにも塚腰さんにも、悠木さんにも雪白さんにも……)


玉城「ふぁっ!? ねずみさんの国ですかぁ!? 是非行ってみたいですよぉ!」


 ところが、さっきまで厨房をじっと見ていた玉城が、目を輝かせながら優志の方に向き直った。

 さらに。


悠木「異世界!? ねずみさん!? 楽しそうー!! ね、一緒に行こ、友莉!」


 悠木も嬉しそうに、雪白の肩をバンバン叩いてはしゃぎ始めた。


 雪白は悠木に叩かれ続けながら、呆然としつつ視線を塚腰に送る。塚腰も半笑いになりながら雪白と視線を合わせていた。

 しどろもどろになってしまう優志。


優志「あ……あの、この後でその世界に案内しますから……あ、パスタが出来たようですよ」


外園「はい、お待ちどう」


 タイミング良くパスタができ、胸を撫で下ろす優志だった。

 外園は、和風パスタを5人分を、順次テーブルに載せていく。


 その後は外園も入れて、6人は和気藹々と軽食の時間を楽しむのだった。

 1分経たずに完食しようとする玉城は、


塚腰「よく噛んで食べなさい」


 と塚腰に叱られ続けていた。



 OFFBEATを後にした優志、悠木、雪白、玉城、塚腰は、近くにある、誰も居ない公園へと移動した。


優志「こうやって……ミランダさん、来てください!」


 木陰で、優志は風の精霊ミランダを呼び出す。その様子を、4人はポカンとして見ている。

 やがてミランダが、7色の光に包まれながら姿を現した。


ミランダ「久しぶりね、優志くん!」


悠木「キャーッ! 本物の妖精さんだぁー! ねえ、触っていい?」


 大はしゃぎする悠木に驚いたミランダは、弧を描いて逃げる。


ミランダ「ちょ……ちょっと君! 急に大声出さないでよ……」


悠木「ごめーん! えへへ。わぁ、妖精さんとお話しできちゃった!」


 雪白が、


雪白「こーらー愛音あいね!」


 と言いながら悠木をミランダから引き離す。

 その間に優志は、懸念していた事をミランダに尋ねる。


優志「ミランダさん、ワープゲートへ干渉している魔王の力の影響は、どうですか……?」


ミランダ「大丈夫! 精霊界の女王様の力で、魔王の力はもう完全に防げたから! ただ、まだ完全復旧は出来てなくて、時間調整はまだ出来ないの。でも安全は保証するわ!」


優志「分かりました。なら大丈夫ですね」


 優志は、待っている4人の方へと振り返る。


優志「風の精霊ミランダさんです。今からミランダさんに、ワープゲートを出してもらいます。そこをくぐれば……言葉を話すねずみさんたちの世界です。……行きますか?」


悠木「行くー! わーい! ねぇ友莉! 夢みたい!」


玉城「行こう行こうぅ。わぁーいぃ」


 悠木と玉城は即答だった。

 悠木に腕を引っ張られる雪白と、はしゃぐ28歳男を見てため息をつく塚腰も、渋々了承する。


優志「じゃあミランダさん、お願いします!」


 優志の言葉を合図に、ミランダは呪文の詠唱を開始。

 虹色の光が集まっていき、公園の地面に光の円が現れる。


ミランダ「はい、ここの上に乗ったらワープを開始するわ。さっきも言ったように時間調整が出来ないから、アイネちゃんとユーリちゃん……だっけ? 2人はすぐに帰るって約束ね!」


悠木「はーい! ありがと、ミランダちゃんッ! 行こ、友莉!」


雪白「ちゃんと約束守るのよ、愛音!」


玉城「わぁー、ねずみさんの世界ぃ、ワクワクだぁ」


塚腰「まるで夢見てるみたいね……」


 こうして優志、愛音、友莉、玉城、塚腰は、ねずみたちの世界へと旅立つことになった——。

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