第35話 魔王城にて
N
魔王ゴディーヴァ
魔将フランツ
ヴィット
サクビー
サーシャ
ピノ
————
N少し、時は遡る——。
ここは、魔の島【ザッハートルテ】に
魔王軍三幹部——ヴィット、サクビー、サーシャが無言で跪いていたところ、空中に玉座が現れ、程なくしてそこに、魔王ゴディーヴァが姿を現した。
ヴィット「魔王ゴディーヴァ様!」
三幹部は再び跪く。
ゴディーヴァ「……夢の世界と現実の世界の統一まで……後少しだ。そして案の定勇者が現れ、ワシを打ち倒そうとしている。しかし……」
魔王ゴディーヴァは重々しい声を魔王の間に響かせながら目を光らせた。その光は光線となり壁に反射する。程なくして、反射した光の中に映像が映し出された。
そこには、魔王を討ち倒すべく冒険を進める
ゴディーヴァ「フン……どんな奴かと思えば、顔色の悪い中年の男ではないか、ワハハハ。このような者に、このワシを倒せるはずがない。それよりも前に、我が
ヴィット、サクビー、サーシャは変わらず、空中に玉座ごと浮かんでいる魔王ゴディーヴァに向かい、頭を下げ続けている。
ゴディーヴァ「……お前たち、良くやった。お前たちが“生命の巨塔”を破壊したおかげで、まずは第一標的であるオトヨーク島の南部に住む人間を病気にし、もう少しで滅ぼすことが出来る。ついでに勇者も病気になり、死んでしまうがいい。ワハハハ……!」
ヴィットは跪いたまま、初めて言葉を発した。
ヴィット「しかし、ゴディーヴァ様。お気をつけ下さい……! 勇者ミオンは、既に同志と思われる者を引き連れていました。以前の勇者のように単独ではなく、今回は数多くの仲間と共に魔王ゴディーヴァ様を討伐しにやってくるに違いありませぬ! 我々も念には念をで、守りを固めた上で作戦を遂行せねば……」
ゴディーヴァ「フン! 仲間がどうした。お前たちは勇者を恐れているのか。ワシの力が及ばぬとでも……言いたいのかッ!」
魔王ゴディーヴァは赤紫色のオーラを纏い、ヴィットを睨みつけた。
その眼光の威圧感に、ヴィットは震え上がる。
ヴィット「い……いえ! 決してそのような……」
ピノ「魔王ゴディーヴァ様! 大変ですぴのー!!」
突然、魔王の間への扉の下部に造られた直径20センチメートルの出入口から、小さな何者かが現れる。
大きさと姿はハムスター、頭にウサギのような形の耳を持ち、目がクリクリとした灰色の体毛の生物——魔王の手先、ピノである。
ピノはちょこちょこと足音をたて、駆けてきた。
ピノ「魔王ゴディーヴァさまぁ! 勇者ミオンは、着々と力をつけていますぴの! しかもしかも! 何だか強そうな猫の戦士たちを仲間にして、邪竜パン=デ=ミールの棲む洞窟に向かおうとしていますぴの!」
ピノが短い手足をワタワタとさせながら魔王ゴディーヴァに訴えかけるが——。
ヴィット「ピノ! 貴様、おめおめと逃げ帰りやがって。貴様の失敗のせいで、我々幹部がわざわざ“生命の巨塔”へ出向くことになったのだぞ!」
サクビー「そうだビー! 役立たずのミニドラゴンなんかに“ゴールデン・オーブ”を見張らせたせいで、勇者ミオンに奪い返されるし、結局“生命の巨塔”が復活させられたから、また壊しに行くために僕ちゃんたちが出撃したんだビー!」
サーシャ「オホホホ……あなた、どの面を下げてこのワタクシの前に来たんですの?」
ピノ「ご……ごめんなさいぴの……」
三幹部はやいのやいのと責めたてた。返す言葉をなくしたピノは、その場にペタリと座り込んでしまった。
その時、魔王ゴディーヴァの怒声が響き渡る。
ゴディーヴァ「黙れぃ!!」
三幹部は即座に魔王ゴディーヴァの方に向き直り、再び跪いて姿勢を正す。
ゴディーヴァ「ピノ」
ピノ「は……はい、魔王ゴディーヴァ様ぴの……」
少しの間ののち、魔王ゴディーヴァは低いトーンの声で言い渡した。
ゴディーヴァ「ピノ……貴様のような役立たずは我が軍には要らぬ。去れぃ」
容赦の無いその言葉と共に、魔王ゴディーヴァの右手から赤紫色の光線が放たれた。
ピノに直撃し、魔王の間全体が禍々しく紫に染まる。
ピノ「そんなぁ、魔王様……! ぴのーーーーッ!?」
吹き飛ばされたピノは魔王の間の壁を突き破り、さらに城壁を次々と突き破って、遥か彼方へと飛ばされて行ってしまった。
♢
ゴディーヴァ「ヴィット、サクビー、サーシャ!」
幹部3人「「「はっ!」」」
浮遊する玉座の上で足を組んだ魔王ゴディーヴァは、声のトーンを低め言い放つ。
ゴディーヴァ「パン=デ=ミールの元へ向かおうとする勇者ミオンとやら、そして猫の戦士どもを殲滅しろ」
ヴィット「は! 直ちに!」
サクビー「お任せくださいビー!」
ヴィットとサクビーは返事をするとすぐさま姿を消し、
しかしサーシャは——その場を動かず、何か言いたげな目で魔王ゴディーヴァの顔を見続けている。
その時だった。
浮遊する玉座の真下でずっと黙って立っていた、全身が鎧に包まれている長身の魔族が動き出し、サーシャに歩み寄りながら声をかける。
魔将フランツ「……何をしている、サーシャ。魔王ゴディーヴァ様の御命令ぞ。早く行かぬか!」
しかしサーシャは、その魔族の声を無視するように魔王ゴディーヴァの顔へと視線を向け続けながら、訴えかけようとする。
サーシャ「お父様……、ワタクシは……」
サーシャに声をかけた魔族は、素早く剣を抜いた。
フランツ「サーシャ貴様! 我に逆らうか!」
ゴディーヴァ「待てぃ、フランツ」
その魔族の名は——【魔将フランツ】。
剣を抜いた魔将フランツを、魔王ゴディーヴァは穏やかな口調で制止する。
フランツ「ハッ!」
ギラリと光る剣をおさめた魔将フランツは、すぐさま跪いた。
身の安全を確かめたサーシャは、か細い声で魔王ゴディーヴァに訴えかける。
サーシャ「お父様……ワタクシは、ここにいさせて下さいませんか?」
ゴディーヴァ「我が娘……サーシャよ」
サーシャ「……はい」
魔王ゴディーヴァは、
ゴディーヴァ「魔族の復活は、何としても成功させねばならぬ。……確かに、勇者ミオンとやらは腑抜けた勇者だ。だが……ヴィットやピノが言っていたように、既に数多くの仲間を引き連れている。……やはり奴らの言う通り、こちらも使える戦力を全力で使い、早いうちに厄介な勇者の仲間どもを潰しておかねばなるまい」
サーシャ「……はい」
ゴディーヴァ「お前は我が愛する娘だ。だが、だからと言って特別扱いする訳にはいかぬ。問答無用、行け」
サーシャはしばしの間、下を向いてじっとしていた。
サーシャ「……分かりました。行かせていただきます」
渋々顔を上げたサーシャはそう言うと、ワープするように姿を消した。
それを確かめた魔王ゴディーヴァは、魔王の間に重々しい笑い声を響かせた。
ゴディーヴァ「ワハハハ……人間どもがワクチンとやらを開発しているというが、無駄だ。パン=デ=ミールは遺伝子を変異させる。変異を繰り返せば、奴の撒き散らすウイルスはさらに強力になり、人類は間もなく滅びるであろう。人類が滅べば、魔族の天下の日は近い。……さあフランツ、もうすぐお前の出番だ。良い働きを期待しておるぞ」
フランツ「ハッ! 魔王ゴディーヴァ様のためなら、この魔将フランツ、命をかけて何でも致しますゆえ……!」
魔将フランツは、他の誰よりも魔王ゴディーヴァに忠義を尽くす、魔王軍のトップである。
フランツ「……それにしてもサーシャは何故、毎度毎度、出撃を躊躇うのでしょうか……」
ゴディーヴァ「そんなことは知らぬ。我々は魔族の復活、繁栄だけを考えておれば良いのだ」
魔王ゴディーヴァの娘——サーシャは何故、ヴィットとサクビーと共に勇者討伐へと積極的に出向こうとしないのだろうか。
それには、とある事情があった。
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