第23話
N……ただの慣石ヨン
優志たん……体重48kg
ハールヤ……セリフめっちゃ多い
謎の声……丸焼きにして食われろ
ねずみの女性……受付の女性
チップ……ねずみの少年
ゴマ……最近猫に戻ったらしい
N「マッサージを受けながら、優志はハールヤの言葉の意味を考えていた。
子供の頃から周りに言われてきた否定的な言葉の数々が、予想以上の影響を今の優志自身に及ぼしているかもしれない——」
優志「惑わされずに、本心に従うコツなどはありますか?」
ハールヤ「“何事も、良いように捉えること”です。例えば何かに失敗しても、それが糧になると思うこと。そうすると脳から麻薬物質が出て、いい気分になれますし、健康にもなれますし、頭も冴えて解決の道筋も見えやすくなります。否定的な声が聞こえてきても、すぐウソだと分かるのですよ」
優志「プラス思考、ですね」
ハールヤ「はい。ねずみ族がみんな幸せに暮らしているのは、何事もプラスに考える習慣があるからなのです」
N「プラス思考。世間ではよく言われることではあるが、言うは易し、行うは
優志もそのことは自覚していたが、今後はなるべく意識して何事もプラスに考えようと決意したのだった」
優志「やはりプラス思考、大事ですね。……あ、さっき仰った、脳の麻薬物質って一体……?」
N「脳内で、麻薬のような物質が分泌されるという。初めて耳にする話に、優志は興味津々。
ハールヤはゆっくりとした口調で、丁寧に説明する」
ハールヤ「専門的な話になるので詳しくは控えますが、要するにいい気分になる時、幸せを感じる時には、脳から快感物質が出ているのです。その物質は体にも作用して、悪いところを治してしまう。要するに、体内に薬があるということです」
優志「プラス思考ができれば、体の中の薬が作用して、体も元気になれる、ということなんですね」
ハールヤ「そういうことです」
N「凝りが酷い肩を、丁寧にマッサージしてもらっている優志。あまりの気持ち良さに、優志は眠気を催してきた」
優志「……でも私は、すぐにへこたれてしまうんですよ。なかなかプラス思考というものが出来なくて……。根性が無いといいますか」
ハールヤ「根性で何とかすることばかりが全てではありませんよ。無理に粘る必要はありません。肩の力を抜いて出来る範囲で物事をプラスに捉え、少しでも今の幸せを感じられるようにすれば良いのです。
すると脳内の快感物質が、活力を与えてくれます。試練のような出来事も、辛さを感じずに楽々、乗り越えることができます」
N「下がってくる瞼と戦いつつ、優志はハールヤの話を咀嚼する」
優志「なるほど……プラス思考が身につけば、楽に試練を乗り越えられる、と」
ハールヤ「あまりプラス、プラスと意識せずに、たまには思い切りマイナス思考になってもいいのです。要はリラックスですよ」
優志「リラックス……ですか。意外と難しいですよね、リラックス」
ハールヤ「あまり難しく考えず、息を整えてボーッとするだけでもいいんです。そうやって力を抜いて幸福感に包まれれば、閃きを得やすくなります。
少し非科学的な話になりますが、リラックスした状態で脳の麻薬物質を出せれば、脳は遺伝子に刻まれた“あなた本来の生き方”を、閃きという形で教えてくれます。その生き方こそが……先程の否定的な言葉に惑わされない、生き方なのです」
N「ハールヤの話は、優志の目からいくつもの鱗を落とさせる。
所々怪しげな部分はあるものの、一連の話に優志は本能的に納得した」
ハールヤ「はい、終わりました。いかがですか?」
優志「体が軽いです。体全体がポカポカするといいますか……」
N「そっと体を起こす優志。肩の凝りはすっかり治り、意識せずとも呼吸が深くなっている」
ハールヤ「病気を治すには、休むだけでなく、体を動かすのも大切ですね。筋肉、特に下半身の筋肉をつけましょう。特に人間さんは良く歩くと、ずっと若々しくいられるようです。
それは人間の遺伝子には“よく動いて誰かのために働くべし”と刻印されているからだと、私は思います」
優志「分かりました。確かに、最近は全然運動してませんでした……!」
N「何度も三日坊主になって終わっていた筋トレを、また改めて始めようと優志は決意する」
優志「ハールヤ先生! 私、プラス思考で、運動をしっかり続けます!」
N「ハールヤは穏やかな表情のまま、ゆっくりとした話のペースでもって、
ハールヤ「無理せず、功を焦らないのが大切です。激しく運動すると、活性酸素が発生します。活性酸素は老化の原因になりますから、優志様の年齢でしたら、スロースクワットとストレッチ、ウォーキングなど緩やかな運動を1日合計30分から始められるのがオススメです。
慣れれば、少しずつ時間を増やしてください」
優志「無理せずに、ですね。分かりました」
ハールヤ「あとは、酸化した古いものや、甘すぎるものを食べないことですね。酸化と糖化も、老化を促進します」
優志「新鮮な物を食べる、と……」
N「次々に脳へと入ってくる知識を、優志はどうにか処理しようとする。無意識に肩のあたりが強張る。が、優志はすぐにそれに気づき、フッと力を抜いた。
リラックス。
すると、ハールヤの言っていることがスッと理解できるようになる」
ハールヤ「後で人間さんの献立をお渡ししますから、できるだけそれに従って食事をなさってください」
優志「何から何まで、ありがとうございます……」
ハールヤ「あと、マッサージ後に起こる“好転反応”があるかもしれません」
優志「好転反応?」
ハールヤ「血流が良くなったため、一時的に体内の毒が体を巡って体調を崩すことがあるのです。数日経てば治りますから、心配しないでください」
N「“好転反応”という言葉は科学的根拠が無い、ということも、どこかで耳にしたことがある優志。すぐさま質問をぶつける」
優志「ねずみさんの世界では、好転反応は科学的な根拠は証明されていたりしますか……? それに、好転反応だと思ったら実は病気だったり、持病が悪化してるだけだということもあるかもしれませんよね。そこは、どう区別すればいいのでしょう?」
N「シビアな質問を投げかけられても、ハールヤは決して言葉を詰まらせない」
ハールヤ「好転反応も含めて科学的には証明されてはおりませんが、先程も言ったように、だからといって存在しない訳ではありません。
実際に私が診る限り、好転反応の後はスッキリ体調が良くなったという場合がほとんどです。
長くとも1週間程度で治りますが、もしもそれ以上続くようなら、なるべく早目に私のところへいらして下さい。そこで本当の原因を探せばいいのです。
早めの対処が大事です」
優志「よく分かりました。……で、肝心の……」
N「一番尋ねたかった質問を、優志は思い切って投げかけた」
優志「肝心の、胆石症は治るのでしょうか?」
N「ハールヤは穏やかな表情のまま、あっさりと返す」
ハールヤ「しっかり治すには……手術が必要ですね」
N「手術——。
まさかの返答に、優志の高ぶっていた気分は一気に急降下した」
優志「手術は、……嫌です!」
ハールヤ「あ、優志様!」
N「優志はベッドの部屋を飛び出すと夢中で走っていき、待合室のソファに飛び込んだ」
優志(やはり、手術しなければならないのですか……)
謎の声『ほら、やっぱりダメだったポン。お前の病気は治らないポン』
N「再び聴こえてきた幻聴。
自分の心を見つめる優志。それはウソだ、それはウソだ、それはウソだ……。
しかし何度ウソだと言っても、否定的な幻聴の言葉を振り払うことは出来なかった。
結局、ハールヤの言葉は半信半疑のままにとどまってしまった。
ただ、優志の脇腹の痛みが、スッキリおさまっていたことだけは確かである」
♢
ねずみの女性「飛田優志さまー」
N「受付のねずみの女性に呼ばれ、ソファに倒れていた優志はむくりと体を起こす。
どうにもスッキリしない気持ちのまま、受付へと足を運んだ」
ねずみの女性「それではお大事に」
N「受付の女性はそれだけ言うと、今後の過ごし方と運動のやり方、健康食のレシピが書かれた紙を渡した」
優志「あの、診察料は……?」
ねずみの女性「診察料? お代は結構ですよ?」
優志「薬は……?」
ねずみの女性「薬は出しておりませんよ? こちらの食事、運動が処方箋です。どうぞ、お大事に」
N「呆然としたまま、優志はChutopia厚生医院を後にした。
以前ねずみの世界を訪れた時のことを思い出す。
ねずみの世界では、全てが無料。
街を走る磁力タクシーやバス、列車も、全て無料である——。
優志はチップたち9匹のねずみの家族に会ってしばし心を癒そうと思い、そのまま9匹のねずみの家へ向かうことにした」
優志(ミランダを呼んでワープさせてもらうのもいいけど、以前にトムやナッちゃんとこの街で野菜を配ったのが懐かしいから……街を見ながらゆっくり向かいますか)
N「優志は、車輪が無く地磁気を利用して移動する遠隔自動操縦の無料のタクシーを拾う。
ねずみの乗組員と話をしながら、優志はねずみと猫で賑わう
太陽の光を受け、街全体がキラキラと輝きを放っているように、優志の目には映った。
“Chutopia2120駅”に到着した優志は、再び15年前の記憶を思い出しながら、〝ネズ・ヴィレッジ駅〟行きの卵形の列車に乗った。
列車は、森の奥へと入ってゆく——」
♢
N「列車は、“ネズ・ヴィレッジ駅”に到着した」
優志(懐かしいです。この商店街を抜けたら、チップくんたちの遊び場の“ヒミツキチ”があって、その向こうに9匹のみんなの住むコナラの木があります)
N「優志は小走りで、ねずみと猫で賑わう商店街を抜け、森の小道を通り過ぎた。
ハラハラと葉を落とす9匹のねずみの住むコナラの木が、だんだんと見えてくる」
チップ「あっ! 優志兄ちゃんだ」
N「庭にいたチップが駆け寄ってくる」
優志「チップくん、久しぶりですね。ちょっと寄らせてもらってもいいでしょうか?」
チップ「もちろんだよ! あ、今、猫のゴマくんも来てるんだ!」
優志「え……?」
N「玄関の扉をくぐると、1階の広間にあるテーブルの席に、服を着たゴマが当たり前のようにデンと足を広げて座っていた」
ゴマ「ニャーオ。おう、優志じゃねぇーか。久しぶりだな」
N「鋭い目を優志に向けるゴマ」
優志「ゴマくん……。久しぶりですね。愛美さんのとこに一度帰ったって聞きましたよ。また出かけてきたら心配かけちゃいますよ?」
ゴマ「そんなこと言ってる場合じゃねぇーんだよ! 【邪竜パン=デ=ミール】が目覚めたんだ」
N「ゴマが突然大声を出したため、優志はびっくりして尻餅をつく。
邪竜パン=デ=ミールとは、一体何者なのであろうか——」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます