第21話 運命は変えられない
N……ただのナレーションではない
優志……あまりおっさんっぽくないおっさん
稲村……44歳。おっさんらしいおっさん
佐藤……声が弱々しいおっさん
中田……ある意味元気なおっさん。おっさんだらけやな今回
謎の声……いたずらたぬき
看護師(女性)……20代後半の美人女性
N「目覚めると、優志は現実世界の自身の部屋へと戻って来ていた」
優志(マイルスさんの言葉……夢と現実の境界がなくなっていく……。本当にそんなことが起こるのでしょうか?)
N「優志は、アパートの裏にある公園へと出かける。
いつもと変わらない、見慣れた風景だ。
公園に到着した優志は、周囲に誰もいないことを確認してから、地面に埋まった小さな岩を目掛け右手をかざした」
優志「……“ドルチェ”」
N「右手が光り、白い光の弾が放たれる。弾は小さな岩にぶつかり、炸裂。岩は粉々に砕け散った」
優志(やはり、勇者の技は使えますね……。今後、思いもしない変化が起きてくるかも知れません。気を引き締めておきましょう)
N「以後数日間、優志は周囲の変化に注意しつつ、健康的な生活を意識して過ごした。
真面目に服薬し、栄養のある食事をバランス良く摂り、時に体を動かす。薬が効いているのか、脇腹の痛みは何とか抑えられている。
夢は、見たり見なかったりである。見たとしても、ただコハータ村やモヤマの様子の映像が見えるだけだったりで、以前のように自由に夢の世界グランアースのオトヨーク島で動き回れるようなことはなかった」
♢
N「2月5日。
“横浜に寄港した豪華客船パールプリンス号で、新型ウイルス集団感染が発生。日本人は船内待機”とのニュースが、トップニュースを占めていた。
そして2月半ばには、“日本人初の新型ウイルスによる死者が出た”とニュース。
風邪やインフルエンザとは違う、今までに無い多彩な症状、長引く後遺症。そして、凄まじいまでの感染力の強さ」
優志「いなちゃん、ウィルスやばいですね。気をつけてくださいよ」
N「優志は、久しぶりに稲村誠司と電話していた」
稲村『優志もな。そういや俺、最近変な夢をよく見るんだ』
優志「変な、夢……ですか?」
稲村『ああ。何か、某有名RPGみたいな異世界にいる夢だ。俺は僧侶になって、回復魔法使ってたわ。ハハハ、面白えだろ? 妙にリアルな夢で、目ぇ覚めてからも夢ん中のこと、よく覚えてるんだ。しかも、毎回同じ夢だからな』
N「某有名RPGみたいな異世界。毎回、同じ夢——。
もしや——。
優志はやや早口になり、尋ねる」
優志「……その、異世界の名前は?」
稲村『んー、そこまでは覚えてないなあ。あ、話変わるけどよ、飼い猫がみんな帰ってきたんだ。愛美がずっと心配してたけど、良かったよ』
優志「おお、それは何よりです。ゴマくん、ルナくん、ムーンちゃんたちもみんなですか?」
稲村『ああ、みんな帰って来てる。まあ、放し飼いだからすぐ何処かへ行っちまうのは仕方ないんだけどな。じゃ、そろそろ俺は寝るわ』
優志「分かりました」
N「おやすみなさいと言いかけるが、やはり稲村が見た夢のことが気になる優志」
優志「……もしまた、異世界に行く夢を見たら、覚えてる限りでいいので、私に教えてもらえますか?」
稲村『ああ、いいよ。結構楽しいんだよな、僧侶になって回復魔法を使うの。アハハ。それじゃあおやすみ』
優志「おやすみなさい」
N「新型ウイルスの感染拡大。
現実世界でも、勇者の技〝ドルチェ〟を使えること。
稲村も、優志と同じように異世界でRPG風の夢を見ていること。
果たしてこれから、何が起ころうとしているのだろうか——」
♢
N「優志は、病状の経過報告のため、松田病院を訪れた」
優志(またあの嫌な医者ですか……)
N「待合室に座っていた時。
40代後半ぐらいの肥満体型の男性が立ち上がった瞬間、ポケットから財布を落としたことに、優志は気付いた。
優志は財布を拾い、男性に声を掛ける」
優志「あの……お財布を落とされましたよ」
N「お礼の言葉を口にすると思いきや、その男性は無言で、しかも優志と目も合わせずに財布を片手でスッと受け取る。そのままトイレへ行ってしまった。
1分ほど経ち、トイレから戻ってきた男性はすぐ近くの長椅子に腰を下ろした。俯いて、フウとため息をつく。やや乱れた髪の大半は白髪である。長袖のセーターもジーンズも、所々穴が空いている。
さらに1分ほど経った時。
男性が鞄から出したのは、カッターナイフ。彼は震える手で、刃を左手首にあてがった。他人に見られぬようにするためか、すぐにカッターナイフを袖に隠す。
只ならぬ男性の様子に気付いた優志は、そっと近付いて話しかけた」
優志「あの……」
N「声をかけられた男性は素早くカッターナイフを鞄にしまい、怯えた目で優志を見た。左手首には、幾つもの傷跡がある」
優志「……どうされたのですか。私で良ければ、話を聞きますよ」
N「優志は男性の隣に座り、目を見ながら問いかけた。
男性はすぐに目線を逸らして下を向き、弱々しい声を絞り出す」
佐藤「……生きていても、良いことなどありません」
N「こういう人には“頑張れ”みたいな言葉で励ましたり、言うことを否定してはいけない——。
直感的にそう思った優志は、ただ頷いて話に耳を傾けることにした。
すると男性は、自ら言葉を紡いでいく」
佐藤「私の名前は【
N「佐藤は俯きながら、思いを吐き出し続けた。
聞いていた優志の気持ちも重くなったが、どうにか返す言葉を見つけ出す」
優志「辛い思いをされてるんですね。私は飛田優志と申します。正直、私も運命が憎いと思うことがあります……。取り返しがつかないことになるのが、怖いと思う時もあります」
佐藤「運命は、私をどこまでも不幸にしようとしているんですよ。運命は、変えられないんです」
優志(否定してはいけない……。でもどう返したらいいのでしょう……)
N「優志は、ただただ頷くしか出来なかった」
看護師「佐藤さーん、佐藤豊さーん」
N「看護師の呼ぶ声。
佐藤はゆっくりと立ち上がった」
佐藤「……聞いてもらえて、少しスッキリしました」
N「軽く頭を下げた佐藤は、診察室の方へ歩いて行った」
優志(運命が怖い、運命が憎い……。ですが私は、心配したってその時はその時なので、悔いなく生きたい……です)
看護師「飛田優志さーん」
N「佐藤の話を聞いて色々と考えていた時、看護師の優志を呼ぶ声が待合室に響いた。
診察室の扉を開けると、そこにいたのはやはり優志が苦手な担当医——
優志「……こんにちは」
中田「新型ウイルス流行ってるねえ、基礎疾患のある飛田さんが今、新型ウイルスにかかると高い確率で重症化するさかい、なおのことちゃんも治療せえへんとなぁ」
優志「はい……」
N「優志が俯いて返事をした時、またしても——」
謎の声『そうだそうだ、お前の病気は治らないポン。新型ウイルスにかかって重症化して死ぬポン』
N「脳内に響く謎の声。
優志はいっぺんに気分が悪くなり、めまいと動悸に襲われた。
そんな優志に気付かぬ中田は、ひたすらパソコンと睨めっこしながら話し続ける」
中田「こういう時期はまた変なニセ医療が出てくるはずや。マスクは効果ないとか、ワクチンは有害やとかな。ちゃんと病気を治すのは、標準医療しかあり得ないんですわ。そのことを今日はしっかり覚えといてもらいたいねぇ。さて、早よう手術の段取り決めて……」
謎の声『いやいや、もう遅いポン。お前が手術する決断をしなかったから、お前の病気はもう治らないポン。お前は40歳になるまでに死ぬポン』
N「嫌な担当医と幻聴のせいで、優志の心は崩壊寸前である。
冷や汗を拭い、歯を食いしばって苦しみに耐えた優志は、ついに中田に向け不満をぶつけた」
優志(あまり怖くないように。優志さんは怒っても怖くない)「……何でパソコンばかり見て一方的に話ばかりするんですか! もう私は、他の病院に行きます! 失礼します!」
中田「あ、ちょっと!」
N「優志はそそくさと鞄を背負い直し、診察室を出て行ってしまった。
受付でお金を払い薬を受け取ると、優志は「もうこの病院には二度と来ない」と決意をし、病院を後にしたのだった」
♢
優志(心配したってその時はその時だなんて、悔いなく生きたいだなんて……私は本当はそんなふうに全然思ってないんじゃないでしょうか……。佐藤さんが言っていた、“運命が自分を不幸にしようとしている”というのは、あながち間違いではないのでは……)
N「帰り道のバスに揺られながら、優志は考えていた。が、それを邪魔するかのように、謎の幻聴はなおも彼の心を崩しにかかる」
謎の声『お前は新型ウイルスにかかって重症化するポン』
優志(ああ、うるさいです! 私はいったい、どうすればいいんですか!)
N「その日から優志は、ご飯もろくに食べられず、ただベッドで寝込んで過ごすこととなってしまった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます