第20話 アルス王子との出会い

N

ラデク

サラー

マイルス

稲村誠司

宿屋の女性


N「マイルスの話を聞き、二人して首を傾げる、ラデクとサラー」



ラデク「この世界が、夢の世界⁉︎ どういうこと?」


サラー「夢とか現実とかー、よく分からない話ねー。今ここが私たちにとって現実じゃないんですかー? ……あー、紹介しなきゃー。私はサラー、この子はラデクですー」



N「マイルスはフーッと息を吐き、二人の質問に答える」



マイルス「自覚はしておらぬだろうが……サラー、ラデク、そなたらは、夢の世界の住人であるということだ……。詳しい話は、いずれ語ろう」


ラデク「何だよそれ! 余計に意味が分かんないよ! 全部話してくれよ!」


サラー「ラデクー、落ち着きなさいー」



N「マイルスは、不満の声を上げるラデクに構わず、話を続けた」



マイルス「魔王ゴディーヴァの居城は、オトヨーク島より遥か南の、暗黒の霧に覆われた島〝ザッハートルテ〟だ。そこへ行くには、船で海を渡らねばならぬ」


優志「船……。確か、簡単には手に入らないって言われてましたね」


ラデク「ねえミオン様、〝天下一武術大会〟に出ようよ! 賞品は海賊船だったはずだよ!」



N「ラデクは大きな声で優志に提案するが、優志は腕を組んで渋い顔をする」



優志「はい……しかし、開催されるのはまだ半年も後です。それまでに何とか、船を手に入れられないものでしょうか……」


マイルス「勇者ミオン、焦ってはならぬ」



N「マイルスは、優志の目を凝視してそう言った」



マイルス「焦りは、何よりも恐ろしい敵だ。そなたらはこれから、魔王と戦うための力をつけていかねばならぬ。魔王討伐を急がねばならぬ状況なのは確かだが、そういう時こそしっかりと地に足をつけ、力をつけてから行動するのが大切だ」



N「至極真っ当なその言葉に、優志たちは返す言葉が無い」


 

マイルス「サラー、ラデクよ。まずは各々、戦闘経験を積んで力をつけよ」


ラデク「は、はいっ!」


サラー「うんうんー、何事も基礎が大事だからねー」



N「サラー、ラデクの返事を聞き頷いたマイルスは、次いで優志の方に向き直り、再び優志の目をじっと見て言う」



マイルス「勇者ミオンよ。そなたは現実世界においてのそなた自身の問題を、先ずは解決せよ。病を抱えたまま魔王に挑むことは、ならん」


優志「……やはり、お分かりになるのですね。承知致しました。きちんと治療します」



N「マイルスは、初対面であるにも拘らず優志の持病をも見抜いていたのである。

 優志たちは、冒険に行き詰まったら迷わず、マイルスの元を訪ねようと心に決めたのであった」



優志「マイルス様、ありがとうございました」


ラデク「ありがとうございました!」


サラー「ありがとうございましたー」


マイルス「また困ったら、いつでも訪ねてくるがよい。力になろう」



N「優志、サラー、ラデクは深々と礼をし、マイルスの家を後にした」


 ♢


N「既に日は暮れ、空には1つ、2つ、星が瞬き始めていた。

 宵闇よいやみのモヤマの商店街は、夕食の準備のためか多くの人で賑わっている。

 優志たちも、腹の虫が頻繁に鳴くのを自覚していた」



サラー「遅くなっちゃったわねー。ひとまずー、宿屋に向かいましょー」


ラデク「そうだね。お腹すいちゃったし。魔物もいっぱい倒したからゴールドの心配もないしね!」



N「優志たちは、商店街を外れた場所にある、2階建ての煉瓦造りの宿屋の扉をくぐった」



宿屋の女性「いらっしゃい。3名様ですね。お部屋へご案内します。その前に、〝生命の水〟をどうぞ」



N「受付にいた女性が、コップ1杯の〝生命の水〟を優志たちに渡した」



優志「宿屋にも〝生命の水〟が備蓄されていたとは……。これなら、宿屋で補充もできるから少し安心ですね」


ラデク「ぷはぁー! 生き返ったー! そうだね。さあ、早くご飯食べてゆっくりしようよ!」



N「優志たちは部屋に荷物を置いて着替えを済ませ、すぐに食堂に出向いた」


 ♢


宿屋の女性「目玉焼きがけハンバーグです。どうぞ」


ラデク「うわぁー! うまそうー! でもね!」



N「お腹を空かせていたラデクは、嬉しそうに目玉焼きがけハンバーグにがっついている。サラーは、貧血に効くというあさりとサーモンのパスタを美味しそうに口にしている。

 優志は、胆石症に効くというしじみ入りの五目ひじき煮が来るのを待っていたが、斜め向かいの席に、見覚えのある人物が座っているのに優志は気付く」



ラデク「どーしたの、ミオン様?」


優志「……いや、何でもないです」



N「優志はその人物の顔を見て、テレビで見たことがあったのを思い出す」



優志(……思い出しました。男性アイドルグループ〝ジョーカー&プリンセス〟の、北村修司きたむらしゅうじくんです。すごくよく似ていますね……)



N「北村修司似のその人物は、ピシッとした青いタキシードを身につけている」



優志(高い身分の人なのでしょうか……?)


サラー「ミオン様ー、お料理来てるわよー」


優志「あ、ああ。ではいただきます」



N「五目ひじき煮を口にしても、なおも気になっていた優志は、チラチラと北村修司似の人物の様子を見る」



ラデク「ミオン様! こぼしてるこぼしてる!」


優志「あ、ああすみません。……ラデクくん、あそこに座ってる人、知ってたりしませんか?」



N「既に食べ終えたラデクは、口を拭きながら答える」



ラデク「あ! あのお方は、王子アルス様だよ。オトヨーク島を治めるリベル王の御子息だよ。アルス様はよく旅に出たりするから、僕も村でよく見かけるんだ」


優志(なるほど、王子様でしたか。しかし、あまりにも北村修司くんに似ています……。ん? もしや、マイルスさんの言う通り、魔王の力で夢と現実の境目が曖昧になってきているから、北村修司くん本人が見ている夢が、王子アルスさんということになるのでしょうか……?)


ラデク「ミオン様! いっぱいこぼしてる!」


優志「ああっ! す、すみません……」



N「その後王子アルスは、鼻歌を歌いながら宿屋を出て行ってしまった。

 ポロポロとこぼしたご飯粒の後始末をサラーにしてもらいながら、優志は黙々と五目ひじき煮を食したのであった」


 ♢


N「優志は王子アルスの存在がずっと気になっていたが、疲れと眠気には勝てず、シャワーを浴びるとベッドでとろけるように眠ってしまった。

 目覚めると、現実世界——優志の部屋に戻って来ていた」


優志(……夢、か。マイルスさんの言葉……夢と現実の境界がなくなっていく……。本当にそんなことが起こるのでしょうか?)



N「優志は外に出て、アパートの裏にある公園に行き、誰もいないのを確認してから、地面に埋まった岩を目掛けて右手をかざした」



優志「……ドルチェ!」



N「優志の右手が光り、白い光の弾が放たれる。光の弾は岩にぶつかり、炸裂」



優志(やはり、勇者の技は使えます……。今後、思いもしない変化が起きてくるかも知れません。気を引き締めておきましょう)



N「以後数日間、優志は真面目に服薬しながら部屋で本を読んだり、軽く体を動かしたりしながら過ごした。薬が効いているのか、脇腹の痛みは何とか抑えられている。

 夢は、見たり見なかったりであった。見たとしても、ただコハータ村やモヤマの様子の映像が見えるだけだったりで、以前のように自由に夢の世界グランアースのオトヨーク島で動き回れるようなことはなかった」


 ♢


N「2月5日。

 横浜に寄港した豪華客席パールプリンス号で、新型ウイルス集団感染が発生、日本人は船内待機とのニュースが、トップニュースを占めていた。

 そして2月半ばには、日本人初の新型ウイルスによる死者が出たとニュース。

 風邪やインフルエンザとは違う、今までに無い多彩な症状、長引く後遺症。そして、凄まじいまでの感染力の強さ」



優志「いなちゃん、ウィルスやばいねえ。気をつけてよ」



N「優志は、久しぶりに親友の稲村誠司と電話で話していた」



稲村『優志もな。そういや俺、最近変な夢をよく見るんだ』


優志「変な、夢?」


稲村『ああ。俺が、某有名RPGに出てくるような僧侶になって、異世界にいる夢だ。妙にリアルな夢で、目ぇ覚めてからも夢ん中のこと、よく覚えてるんだ。しかも、毎回同じ夢だからな』


優志「……その、異世界の名前は?」


稲村『んー、そこまでは覚えてないなあ。あ、話変わるけどよ、飼い猫がみんな帰ってきたんだ。愛美がずっと心配してたけど、良かったよ』


優志「おお、そりゃ良かった。ゴマくん、ルナくん、ムーンちゃんたちもみんな?」


稲村『ああ、みんな帰って来てるよ。まあ、放し飼いだからすぐ何処かへ行っちまうのは仕方ないんだがね。じゃあそろそろ俺は寝るわ』


優志「分かった。……そうだ。もしまた、異世界に行く夢を見たら、覚えてる限りでいいから、私に教えてもらえる?」


稲村『ああ、いいよ。結構楽しいんだよな、僧侶になって回復魔法を使うの。アハハ。それじゃあおやすみ』


優志「おやすみー」



N「新型ウイルスの感染拡大。

 現実世界でも、勇者の技〝ドルチェ〟を使えること。

 稲村も、優志と同じように異世界でRPG風の夢を見ていること。

 果たしてこれから、何が起ころうとしているのだろうか——」


 ♢


N「優志は、病状の経過報告のため、松田病院を訪れた。

 

優志(またあの嫌な医者ですか……)



N「待合室に座っていた時。

 40代後半ぐらいの肥満体型の男性が立ち上がった瞬間、ポケットから財布を落としたことに、優志は気付いた」

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