第16話 魔王軍幹部
N
優志
中田
マーカス
ラデク
サラー
ヴィット
サクビー
サーシャ
中田「薬、1個も飲んでへんやって? ちゃんと飲まなあかんでしょ」
優志「すみません……」
N「担当医は、白衣姿のいかにも昔やんちゃをしてそうな雰囲気の50代前半の医師——
優志の苦手な医師である。
相変わらず、ドカッと股を開いて座っている」
中田「今の人は多いねん、何か症状あったらすぐ検索する人な。それで怖い病名がヒットしてノイローゼになる人もいてはる。無闇に検索して不安になるくらいなら、病院行って診てもらう方がええ」
優志「ですよね……。あ、1つお聞きしたいのですが……」
N「優志はこの医師に話したくはなかったが、より自分に合った治療法——〝自然治癒力を活かした治療〟を行う医院を探している旨を伝えた。
だが、中田は眉をひそめて言葉を返す」
中田「自然治癒力というのは確かにあるけど、何でもかんでも自然治癒するなら医者も薬もいらへんわな。自然治癒せえへん病気の方が多いんよ。例えば心臓
優志「はあ……」
中田「そういう代替医療とか民間医療で病状が良くなった、みたいな体験談ってあるやん? あれはちゃんとした臨床試験に基づいたデータが無いのが
優志「医学的根拠がない、と……」
中田「そう。そして代替医療の一部は、現代医療を否定してたりする。やれ薬は体に毒やとか、やれ簡単に手術するなとか、やれ製薬会社の陰謀やとかな。そういう厄介なニセ医療に惑わされた患者さんは……もしちゃんとした治療を受けていれば治ったものを、変な治療受けたせいで悪化させたり命を落としたりしてるねん」
優志「ニセ医療……」
中田「〝好転反応〟やとか〝デトックス〟やとか、科学的根拠が証明されてへんもんを信じて病気を悪化させてやで? 普通の病院に駆け込んだらもう手遅れや。ニセ医療が言うウソ情報のせいで、患者さんの治療の選択肢が狭められるのが、どうにもワシには許せへん」
N「貧乏揺すりをしながら話す中田の言葉を聞き、優志は下を向いた」
中田「まあそれでも生活習慣を変えたら、自然治癒までは行かんくとも、症状を楽にすることは出来んこともない。でも、相当な意志の強さが要るわ。それができひんから、みんな医者と薬の世話になるねん」
N「優志はため息を一つつくと顔を上げ、質問した」
優志「……その〝自然治癒力を活かした治療〟を教えて下さった方は、〝病人が来ると手をついて謝る〟と仰ってました。人々を病気にさせないのが医師の仕事だと……。その辺はどうお考えですか」
N「中田は首を傾げ、言葉を返す」
中田「まあ予防はもちろん大事や。せやけど、医者はそこまで面倒見きれへんのが実情や。各々、気ぃつけてもらうしかあらへんな。医者は、病人を治すのが仕事やとワシは思ってる。そういうわけでまた新しい薬増やさないとアカンので、きっちり飲んで下さい」
優志「……え、まだ増えるんですか⁉︎ もう薬の量、半端じゃないですよ。こんなに飲んで大丈夫なのか……やっぱり不安です!」
中田「出された薬は、必ず飲まないとダメです。薬というのはさっき言うた代替医療と違って、きちんとした臨床試験や追跡調査のもと、安全性と効果が証明されてますねん。その調査は何年にも亘って行われてるしね。正しく飲んだらちゃんと症状は抑えられます。あれやったら、医学論文の一つでも読んでみ? 今やったらアプリやら何やらで翻訳できるやろしな。そしたら、少しは現代医療の標準的な治療法を信じてもらえると思うで」
優志「はあ……」
中田「で、一番大事な、胆石の手術の話やけど……」
N「その言葉を聞き、優志は思わず立ち上がって叫ぶ」
優志「嫌、です‼︎」
中田「嫌って、もう手術して胆嚢を摘出せなあかんとこまで来てるねんって! せやから利胆薬飲んでもらってから……」
優志「……失礼しますッ」
N「またも優志は、医師の話を最後まで聞かずに診察室から逃げ出してしまった」
♢
N「帰宅後、すっかり冷めた夕食を口にする。
ひとまず喉は何も異常がないという安心感からか喉の違和感は完全に消え、するりと食べ物が喉を通った。〝心身相関〟というが、心の状態はこうも身体に出るものなんだなと思う優志だった」
優志「飲みますか、薬……」
N「優志は嫌々ながらも、利胆薬をはじめとする5種類の薬を飲み始めることにした。
飲んでも、胆石症が治るわけではない。あくまで症状が抑えられるだけ。治すには、手術して胆嚢を摘出しないといけないと言われている」
優志「これが神様の試練だというならあんまりですよ……。試される身にもなってみてくださいよ」
N「薬を喉に送った後、思わずぼやく優志であった。
疲れ果てた優志は、シャワーを浴びてからベッドに直行し、眠りに落ちた」
♢
N「気付くと、そこは久々に見る〝夢の世界〟——。
ここは、オトヨーク島のコハータ村。
以前と同じように、優志はマーカスの家の床に寝転がっていた。
ちょうど窓から、外が見える。
コハータ村の上空に、謎の飛行物体が3機浮かんでいるのが、優志の目に入った。
久々に訪れた、夢の世界——。
夢の世界においては、優志は〝魔王を討伐する伝説の勇者ミオン〟として扱われているのである。
窓の外を眺める優志に、老父マーカスが声をかける」
マーカス「勇者ミオン様! こんなところで寝ておられますと、風邪を引かれますぞ!」
優志「マーカスさん! 窓の外を見てください!」
N「窓の外、生命の巨塔方面の上空に——皮が剥かれたバナナ、果実が2つあるさくらんぼ、そして桃の形の、巨大な飛行物体が浮遊している」
マーカス「あれは! 間違いなく、魔王軍の飛行戦艦ですぞ! 〝生命の巨塔〟が危ないかもしれません! 勇者ミオン様、装備を整えてすぐに〝生命の巨塔〟に向かって下さい!」
優志「わ、分かりました。マーカスさんも来られますか?」
マーカス「ワシは娘に昼食を作らねばなりませぬゆえ、同行できません。申し訳ない……」
優志「分かりました。ではラデクくん、サラーさんを迎えに行って、それから装備を整えて向かいます!」
N「優志はマーカスの家を飛び出し、ラデクの住む宿屋へ急行した」
♢
ラデク「勇者ミオン様! どこ行ってたんだよ! 大変だよ、魔王軍が生命の巨塔に向かってる!」
サラー「ミオン様ぁー! ずっと探してたんですよー。はいこれ、ミオン様の装備! もう出発準備は済んだから、急ぎましょー!」
N「宿屋ではラデク、サラーが既に装備の調達と薬草の補充を済ませ、優志を待っていたようである」
優志「申し訳ありません……。ではすぐに生命の巨塔へ急ぎましょう」
N「ラデクの剣技、サラーの魔法〝プチファイア〟〝プチアイス〟、そして優志——勇者ミオンの〝ドルチェ〟で、襲い来る〝レッドスライム〟、〝ゾンビ〟の群れを蹴散らしながら、ダイゴの森を駆け抜けるれ
優志「良かったです! 生命の巨塔は無事です!」
N「50mの高さを誇る生命の巨塔は変わらず、塔の先端から乳白色の〝生命の水〟を噴き上げていた。塔の根本、左右にある2つの金色の玉〝ゴールデン・オーブ〟も、眩く輝きを放っている。
しかし、生命の巨塔上空には——。
皮が剥かれたバナナ形、2つの果実のついたさくらんぼ形、下部に葉のついた桃形の飛行物体がそれぞれ、塔を取り囲むように浮遊している。
程なくして、3つの飛行物体は高度を下げてきた」
ヴィット「やはり現れたか、勇者ミオンよ。我々こそが、魔王軍三幹部……」
N「バナナ形の飛行物体から、男の低い声が響く」
ラデク「出たな、魔王軍め!」
N「ラデクは叫び、歯を食いしばりながら飛行物体を睨みつける。
それぞれの飛行物体が高さ10mほどの所まで高度を下げると、バナナ形の飛行物体の上に、黒い甲冑を身につけた何者かが、姿を現し、低い声を響かせた」
ヴィット「クフフフ……この魔剣〝ザルツ・ブルガー〟に切り裂けぬ物はない! 魔剣士・ヴィット!」
N「魔王軍幹部、ヴィット——。
人型で、身長は180cm。全身黒い甲冑を身につけた剣士の魔族である。兜の隙間から、黄色く光る目が覗く。
続いて、2つの果実のあるさくらんぼ形の飛行物体の、片方の果実の上に、丸々とした体型の何者かが姿を現し、幼児向けアニメの悪役のような声で自己紹介をする」
サクビー「この〝クリスタル・ボウル〟で、どんな攻撃も防いでやるビー! ガーディアン・サクビー!」
N「魔王軍幹部、サクビー——。
球状の身体に、クリクリとした目。身長は1メートルほど。バネのような両腕に、短い足、頭に1本のツノを持つ魔族である。左手には、自身の身長より大きな、料理で使うボウルのような形状の盾を持つ。
そして、桃形の戦艦の上には、見た目が人間の女性のような姿の魔族が姿を見せる。そして甲高い声で自己紹介を始める」
サーシャ「〝ロリータ・ホワイトステッキ〟の魔力、見せて差し上げますわ! オホホホホ! 魔術師・サーシャ!」
N「魔王軍幹部、サーシャ——。
人型で、薄い桃色のドレスを着ており、白地に金色の縞模様の入ったステッキを持っている。見た目は長身、細身な色白の人間の女性だが、口からは2つの鋭い牙が覗く。
右半分が黄色、左半分がピンク色のロングヘア。そしてオシャレメガネの奥には、髪色と同じ、黄色とピンク色のオッドアイ。
ちなみに小説、朗読、演劇、イラスト、合唱、特撮作品の鑑賞など、多くの趣味を持つ。
ラデクは2歩、後ずさりして盾を構え、唖然として見ている優志に言葉を掛ける」
ラデク「気をつけろ、勇者ミオン様! 今までの敵とは違うぞ!」
優志「ひとまず盾を構え、様子を見ましょう」
サラー「私は盾がないからー、守ってねー、勇者ミオン様!」
N「防御態勢を整える優志たちだったが、魔王軍三幹部は攻撃を始めようとはしない。
そのまま数十秒ほど経つと、それぞれの飛行物体から、空に向かって光が放たれた。
3つの光は空中で1つになると、巨大な長方形のスクリーンのようになり、何者かの影が映し出される」
ヴィット「魔王様のありがたい言葉だ。よーく耳を傾けるがいい」
N「ヴィットがそう言い放つと、空中のスクリーンに映った影が色づき始め、その正体が明らかになった。
その者は太った体型で、カラフルな宝石をまとったマントで全身を包んでいる者であった。豪奢な玉座に太い足を組んで座っている。
茶色くてサラサラの長い髪に、茶色い肌、頭部には太い3本のツノ。口元にはいくつものキバ、手には鋭い爪——その姿はまさしく、魔王」
ヴィット「今後、全ての世界を支配なさる、魔族の王の中の王、魔王・ゴディーヴァ様である」
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