第14話 さよなら猫の国
N
優志
ゴマ
ライム
チップ
ナナ
ハールヤ
ねずみの祖父ダン
ミランダ
——
ハールヤ「人間さん、どうもありがとうございます」
N「白衣姿の初老のねずみが、優志に深々とお礼をする。
その白衣を見てハッとした優志は、初老のねずみに声をかけた」
優志「あなたはもしや……、ねずみのお医者様……でしょうか」
ハールヤ「はい。私は
優志「は、はあ……」
ハールヤ「私もミランダさんと知り合っておりますので、体の大きさを調整していただき、この祝賀会に出席致しました。より多くの猫さんたちにも健康でいてもらいたいので、ここで私どもの健康法を広めていたのです」
優志「あ、あの! 人間の病気も治せるって、今おっしゃいましたよね?」
ハールヤ「はい、もちろんですよ?」
優志「私は飛田優志と申します。実は……私、今、胆石を患っておりまして、手術宣告されたんです。しかし私は手術はしたくないのです。他にも高血圧、不整脈など診断されておりまして……」
N「優志は、以前診断された病気をひととおり、ハールヤに伝えた。
いつ再発するか分からない脇腹の痛み。症状の増悪に対する恐れ。しかし手術は避けたい。
ねずみの子供たちと遊んでしばし病気を忘れてはいたが、話をしながら再び持病への恐れの感情がじわじわと復活してくる。
優志はわらをもすがる思いで、ハールヤに持病を治してもらえないだろうかと期待し、病状を余すところなく話した。
ハールヤは微笑みながら優志の話を聞いていたが——。
突然、ハールヤは床に手をつき、優志に向かってひれ伏したのである」
ハールヤ「すみませんでした!」
優志「……え、どうされたのですか、ハールヤさん!」
N「何故、突然謝られたのだろう。優志は目を丸くしながら、ただただひれ伏すハールヤをまじまじと見つめる」
ハールヤ「あっ、つい……」
N「顔を上げたハールヤが苦笑いをする。
再び立ち上がり、軽く深呼吸をしたハールヤは、優志に謝った理由を説明し始めた」
ハールヤ「……名医だった私の父は、〝病人が目の前に現れたら、手をついて謝りなさい〟と、医者志望だったかつての私に教えてくれました。その理由は……、本来、医者は〝健康な人を病気にさせないために〟、つまり〝
優志「なるほど……」
ハールヤ「驚かせてしまい、失礼致しました。私どもの医院では、〝体には自然治癒力があり、それを十分に引き出す〟という方針で、治療を行なっております。人間さんの場合でしたら、バランスの良い食事、適度な運動、十分な睡眠、そして気分良く過ごすこと。正しくそれらを行えば、病気は治っていくものです」
優志「自然治癒力……。そういえば、聞いたことはありますね」
ハールヤ「どんな病気に対しても、私どもの医院では、食事、運動、睡眠の指導に加え、私の考案したマッサージによる治療を行なっております。どんな病気にも効きます。万病の原因は、気と血の巡りの悪さですから、それを改善するための処方箋です」
N「馴染みのある現代医療とまるで違う考え方に、優志の目から鱗がこぼれ落ちる。
現代医療は、まず色々な機械を使って検査をし、病変のある体の部位に注目し、投薬したり場合によっては手術で切り取ったりして治療する。検査の数値が正常化すればOK。
〝体は放っておくと病気になるから、きちんと定期検査を〟とか、〝病気は放置すると大変なことになるから、早期発見と早期治療を〟など、よく耳にする話だろう。
ハールヤが行っている医療の考えは、それとはおおよそ反対の、〝体には自然治癒力があり、それで病気は治る〟というものである。そして〝自然治癒力〟を引き出すための治療を行うのである。
もしもハールヤの言っていることが本当なのであれば、地獄の検査や怖い手術などしなくても、治るのでは——。
優志の胸に、希望の光が宿る」
ハールヤ「優志さんには是非、うちに来ていただければと思うのですが、ただ……この先しばらくは、私は忙しくなりそうなのです。優志さんもお忙しい中、ねずみ族の世界まで来られるのは大変でしょう。まずは、優志さんの周りでそういった考えの医院を探すのが良いと思いますよ。探せばきっとあると思います」
優志「分かりました。自然治癒力を引き出す治療……ですね。覚えておきます」
ハールヤ「はい。私どもの医療も、より自然治癒力を活かしたものを目指します」
N「残念ながらハールヤから直接治療を受ける機会には恵まれなかったが、〝今の自分に合う医療、治療法があるかも知れない〟という希望が見つかっただけでも良かったと思う優志であった」
ゴマ「ハールヤのジジイ! 来てたのか!」
ハールヤ「おや、ゴマくん。すっかり元気になりましたね」
N「魚の食べカスを口の周りにくっつけたままのゴマがやってきて、ハールヤに声をかける。
ほぼ同時に、チップとナナが駆け寄ってきて、優志に声をかけた」
チップ「優志兄ちゃん、ここにいたんだ。せっかくまた会えたんだから、一緒にごはん食べようよ。お魚料理を、人間さんも美味しく食べられるように作り直してもらったからさ」
ナナ「優志お兄ちゃんーー! こっちこっちー!」
優志「ああ、チップくんにナッちゃん。じゃあ一緒に食べましょう」
N「優志は9匹のねずみたちと共に、祝賀会を心ゆくまで楽しんだのであった。
そして、祝賀会もお開きになろうとしていた頃——」
優志「あ、ゴマくんですね。あんな所で寝ちゃって。大丈夫なのでしょうか……」
チップ「優志兄ちゃん、そっとしとこうよ」
優志「……そうですね」
N「マタタビ酒を飲み過ぎて酔い潰れたゴマは、会場の外にある物置場で、いびきをかいて寝ていた」
♢
N「祝賀会が終わり、優志とチップたちはすぐ近くの海岸へと向かっていた」
優志「地底世界にも、海があるんですね」
チップ「海の向こうにも、猫の国があるって聞いたよ。行ってみたいね。さ、砂浜にみんないるから、早く行こ、優志兄ちゃん!」
N「海岸の砂浜には、チップの家族の他、9匹のねずみの家に訪ねて来ていた猫たちがみんな集まっていた。
暖かな海風が吹き、地上世界と同じような潮の匂いが優志の鼻をつく。
遥か沖では、何やら巨大な海棲の生物が泳いでおり、背中からいくつもの噴水を噴き上げている」
優志「あれは、クジラではないですよね……」
ナナ「ほら、優志お兄ちゃん! 早くみんなのとこ行くよー!」
N「チップの家族と合流した優志、チップ、ナナ。
ねずみのおじいさんは、オレンジ色のスーツを着た、ずんぐりとした体格の三毛猫と話をしていた」
ねずみの祖父ダン「またわしらに手伝える事があったら言っておくれ、ライムさん」
ライム「ありがとう、ねずみさんたち。また、ご馳走食べに行かせてもらうよ」
N「ねずみのおじいさんと、ライムという名のその三毛猫が握手をする。
その名前を聞いた優志は、ハッとする」
優志「ライム……? ライムって、愛美さんが飼ってて、子猫の時に行方不明になったって聞いてた子ですよね……!」
N「優志は駆けつけ、ライムに声をかけた」
優志「ライムさん、ライムさん」
ライム「ん……? お前は、誰だ?」
優志「あ……私は
ライム「ああ、その通りだ」
優志「ライムさんが急にいなくなって、愛美さんが心配しておりましたよ」
ライム「……まあ、私にも色々事情があったのだ。今の私はここ、地底国ニャガルタの首都ニャンバラの知事でもあり、これから復興の仕事が忙しくなる。だが、あそこにいるミランダのおかげで、いつでも帰れるようになったから、そろそろ愛美姉さんのところに顔を出してもいいかなと思っていたところだ」
優志「なるほど……色々あったのですね」
N「ライムはこくりと頷くと、ゴマのいる方へとゆっくり歩いていった。
ゴマは、白い猫と尻尾をつないで座り、海の向こうを眺めている。白い猫は、関西弁の猫、スピカである」
優志「……ゴマくんとスピカさん、つがいなんですか……」
ミランダ「優志くん、そろそろみんな帰ろうってことになったから、今のうちに挨拶しといてね!」
N「突然、風の精霊ミランダが飛来し、優志にそう言ってウィンクした」
優志「わっ、びっくりしました……! わかりました。……じゃあチップくんたちに挨拶してきます」
N「9匹のねずみたちは、みんな集まって帰る支度を済ませていた。チップは、波打ち際にいるゴマたちに手を振っていた」
チップ「みんな、元気でねー!」
N「ゴマは振り向いて、手を振りかえす」
ゴマ「お前らもな。これからはいつでも遊びに行くからな。また冒険しようぜ。約束だ!」
チップ「もちろんだよ。待ってるよ、ゴマくん! 優志兄ちゃんもね! これからはいつでも遊びに来てね!」
N「チップは優志の方に向き直り、ニコッと笑う」
優志「……はい! また、あの時みたいに野原とかヒミツキチで、たくさん遊びましょう、チップくん!」
チップ「いつでも待ってるからね!」
N「ミランダはキラキラと光を撒き散らしながら、虹色に輝く〝ワープゲート〟を砂浜に作り出した。
優志は、〝自然治癒力を生かす治療を行う医院を見つけ、持病を治す〟という希望を胸に抱きながら、キラキラと輝く波打ち際を眺めていた。
ワープゲートの準備が、出来たようだ——。
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