第12話 スピカちゃん登場
N
チップ
ナナ
ねずみの母マリナ
ゴマ
スピカ
N「朝——。
小さな窓から射し込む、朝日の光」
チップ「優志兄ちゃん、おはよ! 顔洗いに行こう!」
優志「……おはようございます、チップくん」
N「よく眠り、スッキリと目覚めた優志。
隣のベッドで着替えを済ませた子ねずみチップに挨拶を返すと、思い切り伸びをする。木と土の匂いが、優志の嗅覚をくすぐる。
タオルを持って、外に出る優志。
現実世界においては冬も終わりだが、ねずみの世界では季節は初冬である。ひんやりとした風が、優志の頬をなでた」
スピカ「ふにゃーお。ゴマー、早よ起きやー。もう朝やでー」
ゴマ「んにゃあー、よく寝たぜ」
N「庭で寝ていた猫たちも、目を覚まし始める。その様子を見た優志は、まだ夢の中なんじゃなかろうかと、頬をつねりながら庭の水道へと足を進める。
顔を洗うと、優志の後ろには猫たちの行列。まだ優志と話したことのない猫もたくさんいる。この場にいる唯一の人間である優志は、猫たちの注目の的となった。優志は猫たちに軽く会釈しながら、玄関へと戻った」
ねずみの母マリナ「朝ご飯一緒に作りたい猫さんたちー?」
スピカ「にゃーい!」
ゴマ「ふぁーい!」
N「台所ではねずみの母親が、猫たちと一緒に〝どんぐりパン〟を焼くそうだ。
ちなみに猫たちの朝ご飯は、水に浸して冷やしてあるたくさんの川魚」
チップ「優志兄ちゃーん! 木の実採りにいくよー!」
ナナ「いっしょにいこー!」
N「朝ご飯作りは人手……ならぬ猫手が足りているので、優志はチップ、ナナと一緒に近くの森の中まで、木の実を採りに行く」
♢
N「ねずみ、猫、そして優志みんなで、朝ご飯の支度。
庭のテーブルに、どんぐりパン、あつあつの野菜スープ、木の実ジュース、豆乳ヨーグルト、川魚の切り身などが揃った」
チップ「いただきまーす!」
優志「いただきます」
N「森の中に、ねずみと猫、そして優志の声が響く。
何とも平和な異世界のひと時である——今は。
日が高く昇ってからは、優志は15年前の時と同じように、チップ、ナナの他に近所の十数匹のねずみの子供たちと共に、〝ヒミツキチ〟と呼ばれる洞穴の中で、走り回っていた。
かくれんぼ、鬼ごっこ、はないちもんめ——。
病を抱えていることなど、すっかり忘れてしまっていた優志だった。
かくれんぼで鬼になったチップから隠れるべく優志が岩陰に隠れていた時、チップの妹のナナが優志に話しかける」
ナナ「ねえ優志お兄ちゃん、あの木の実、大事にしてくれてる?」
優志「木の実……?」
N「15年前——このねずみの世界においては30日足らず前、優志がねずみたちと別れる前日に、ナナちゃんから〝
真葛の花言葉は——〝再会、また逢いましょう〟——。
その実を、当時の優志は元の世界に帰ってからも——お守り代わりにしてバッグに入れ、大学に通っていたのである。
そのことを思い出し、ハッとする優志」
優志「……ありがとうございます、ナッちゃん。……ふふっ……やっぱり、これは夢じゃなくて現実なんですね」
ナナ「えっ? どーゆーこと? 優志お兄ちゃん?」
優志「……うんん、何でもないですよ」
N「時が経ち遠い記憶に紛れ、てっきり夢の中のことだと思い込んでいた、学生時代の不思議な体験。
目の前で確かに笑顔を見せるねずみの女の子と目が合い、優志はつられて笑顔になった。
しかしこれが現実だとしても、現世離れした不思議な体験であることに違いはない。いや、夢でも現実でも、もはやどっちでもいい。またねずみのみんなに、会えたんだから——
優志がそう思った、次の瞬間」
チップ「へっへー。優志兄ちゃんとナッちゃん、みっけ!」
優志「あ……」
ナナ「もう! 優志お兄ちゃん、ボーッとしてるから!」
N「チップに見つかってしまった。
シュンとしてチップについていくナナ。申し訳なさそうに頭を掻いて、その後を行く優志。
さらにその後ろから、テクテクと何者かの足音が近づく」
ゴマ「にゃーお、優志とやら、ここにいたか」
N「ガラガラ声が聞こえ、振り向く優志。
声の主は、猫のゴマである」
優志「あ……ゴマくん」
ゴマ「楽しそうなことしてんじゃねえか。なあ、優志よぉ」
優志「あ……はい。ど、どうされました、ゴマくん……?」
ゴマ「昨日言った通り、ボクら猫族がここにいる訳を、テメエに話してやろうと思って探してたんだ。おいチップ! 遊びの途中悪りいが、優志借りるぞ」
N「ゴマはそう言うと、優志の腕に自身の腕を絡ませ、強引に優志を〝ヒミツキチ〟の出口へと連れて行こうとする」
優志「うわ、ゴマくん! ……な、何て力ですか! 猫とは思えない腕力ですね……」
チップ「あ、ゴマくーん! まだかくれんぼ終わってないのにー!」
ナナ「ゴマお兄ちゃん、優志お兄ちゃん、待ってよー!」
N「結局優志は、ゴマに無理矢理連行されてしまった。
果たして、ゴマたち〝猫族〟が、ねずみの世界に来ている理由とは——」
ゴマ「……という訳で、ボクら猫族のヒーローが大活躍したんだぜ。……ん? おいコラ優志! 何居眠りしてやがんだ!」
優志「……あ、申し訳ないです……」
N「ねずみの家の庭にある丸いテーブルで、優志は猫のゴマから〝猫族がねずみの世界に来ている理由〟を半ば強制的に聞かされていたが、ねずみの子供たちと走り回った疲れで、うとうとしてしまっていた」
ゴマ「ちゃんと聞けよ! ったくよぉ。猫の国〝地底国ニャガルタ〟の首都〝ニャンバラ〟の猫どもが、このねずみの世界を侵略しようとしたことがあったんだ。その後にニャガルタの隣国〝ニャルザル〟も、ねずみの国を狙ってやがったんだが……それをボクら〝
優志「私が帰ってから、そんなことが……。ねずみたちの世界も、ゴマくんたちが救ったってことですか?」
ゴマ「ああそうだ。そういう理由で、ボクら猫族がここにいるって訳だ。それだけじゃねえぞ。さらにその後に地底国ニャガルタが、悪神〝ミラ〟が呼び起こした4体の〝
優志「悪神ミラ? カラミティドラゴン? ……ゴマくん、色々活躍したんですね。それでねずみたちと地底の猫さんたちが仲直りして、祝賀会が開かれるってことなんですね」
ゴマ「そういうことだ。ま、この最強の勇者、〝
優志「勇者……ですか」
N「優志はふと、夢の中で〝勇者ミオン〟として活躍したことを思い出す。優志もまた、夢の世界〝オトヨーク島〟の〝生命の巨塔〟を修復し、〝コハータ村〟の住民を救ったのだ。
その話をしようか迷った優志だが、ゴマには笑われそうな予感がしたので、別の話題を振った」
優志「……さっき言った〝
N「夢の中とはいえ、〝ミニドラゴン〟と戦ったこともある優志。ゴマたちが戦ったドラゴンがどんなものかに、少し興味を持つ優志だった」
ゴマ「んーとな、風を操る腹の出た奴、火山にいた機械で出来た奴、やたらめったらデカい海にいた奴、……あと1匹は忘れた」
優志「え、忘れたんですか……?」
N「と、そこに——。
額に星形の模様のある白い猫が駆け寄ってきて、話に割って入ってきた。
ピンク色の洋服、同じくピンク色のスカートを身につけた、スマートな体型のメス猫である」
スピカ「にゃー! ゴマあんたなあ、戦ったドラゴンの名前もう忘れてしもうたんか。〝漆黒竜ノア〟、〝ガイアドラゴン〟、〝大海竜ニャンバリヴァイア〟や! ほんで〝ガイアドラゴン〟は、最終的にウチらの味方になってくれたんやん!」
ゴマ「ああ……そうだっけ?」
スピカ「もーゴマ、いくら平和が戻ったからって気ぃ抜けすぎやわー。あ、そこのニンゲンさん! 初めましてやな?」
N「訛りの強い白猫が、優志に話しかける」
優志「……あ、初めまして。私は
スピカ「ウチはスピカ。〝
優志「あ、はい。よろしくお願いします」
N「スピカのテンションの高さ、声の大きさに少々引き気味の優志であった。
スピカはなおも大きな声で、話を続ける」
スピカ「ほんであと1匹のドラゴンは、まだ倒してへんねんなー」
ゴマ「ああ、そうだったな。眠ったままだから、ほっといてもいいだとか何とか言ってたっけ」
N「ゴマが頭を掻いてそう言うと、スピカは庭に響き渡るほどの声を上げる」
スピカ「アホ! これ以上地球の意識波動が乱れてしもうたら、それに反応して4体目の厄災竜、〝
ゴマ「ああ、何かそんな話してたな?」
スピカ「邪竜パン=デ=ミールが目ぇ覚ましたら、新型のウイルスが発生して世界中に恐ろしい感染症が大流行するっていう話やったやんか!」
ゴマ「んー、何かよく分かんねえが、まあ大丈夫だろ。……それより、明後日の〝ニャンバラ〟での祝賀会、楽しみだな。なあ、優志?」
N「優志もゴマも、この時は知る由もなかった。
全世界で、すでに新型ウイルスのパンデミックの予兆が始まっていることなど——。
それにより、のちに世の中がすっかり様変わりしてしまうであろうことなど——」
♢
N「自然の中でねずみや猫たちと遊び、美味しいご飯を食べ、ぐっすりと眠り、のびのびとした時間を過ごし続けた優志。
そして優志がねずみたちの世界を訪れてから、3日目——。
午後からは、地底にあるという猫の都市〝ニャンバラ〟で、〝ねずみ族と、地底の猫族が手を取り合った事を記念する祝賀会〟が開かれる。
その祝賀会に、9匹のねずみ、猫たち、そして優志も参加することになっている。
どうやって行くかというと、優志をねずみの世界へと〝ワープゲート〟でワープさせた風の精霊ミランダに力を貸してもらい、みんなで地底の猫の国へとワープするという。
猫だけの国、もふもふの国——果たしてどんなところなのだろうか——」
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