第8話 あの頃は良かった


N

優志=勇者ミオン

ラデク

サラー

謎の声

看護師(女)

担当医(男)

中田幹夫(担当医その2)

 

————


N「夕刻の、コハータ村——。


 遠くに、屹立きつりつする生命の巨塔が見える。先端からは白き生命の水が、オレンジ色に染まる空に高く高く噴き上がり、恵みの雨を注いでいる。


 優志は普段着に着替え、空き地の草原に寝転び、降り注ぐ生命の水を浴びながら、うとうとしていた。

 暖かな夕陽、心地良く降り注ぐ生命の雨。今にも眠りに落ちそうな優志。


 ——と、その時」



謎の声『お前は病気で死ぬポン』



N「誰かが、話しかけてきた——そんな気がして、優志は体を起こしたが……周りには誰もいない」



優志「ん? ……気のせいですか」



N「再び寝転び、目を閉じる優志。ほどなくして、また誰かの呼び声が聞こえる」



ラデク「……様、勇者ミオン様!」



N「再び体を起こすと、今度は私服姿のサラー、ラデクが優志の目の前にいた」



優志「サラーさん、ラデクくん!」


サラー「さっすが勇者ミオン様ー。村のみんなの病気はみんな、治ったわー。私あまり役に立たなかったかもだけどー、また何かあったらよろしく、ねっ!」


ラデク「勇者ミオン様! 僕、憧れのミオン様と旅ができて、本当に楽しかったよ! 母さんの病気も治ったし! 次は魔王を倒さなきゃね……その時はまた、連れてってね!」



N「2人の嬉しそうな顔を見て、優志もニコッと笑うのだった」



優志「……こっちこそ、ありがとうございます。そうですね、まだこれで終わりではありませんね。魔王を倒さねばなりませんね……」


サラー「でもミオン様すごく疲れた顔してるからー、よく休んでねー」



N「サラーはそう言って、優志の頭をナデナデした。

 あまりにそれが心地良かったためか、優志はそのまま寝転んで目を閉じ、眠りに落ちた——」


 ♢


看護師「……さん? 飛田さーん? ……飛田とびた優志さーん」



N「総合病院、松田まつだ病院の救急病棟、救急一般病室——。

 ベッドの中で、目を覚ます優志」


 

優志「……あれ、ここは……?」


看護師「あっ、飛田さんが目を覚まされました。先生ー!」



N「担当医を呼ぶ、看護師の声。

 優志は、腹痛で気を失って救急搬送されて以来、ずっと——夢を、見ていたのである」



担当医「良かったです、気が付かれて。痛み止めを打っておきましたから、ご安心ください。落ち着いたら、検査を始めましょう」



N「日付は、優志が倒れた日と変わらず、12月15日。数時間で、何日分もの夢を見ていたのである。〝勇者ミオン〟として、異世界で活躍する夢を——」


 ♢


N「血液検査やX線検査などの精密検査の結果、優志の脇腹の痛みは〝胆石症〟であることが判明した。

 ついでにと、半強制的に胃カメラや心電図などの検査をされることになってしまう優志。

 それはもう優志にとって、地獄のような時間だった」



優志「……胃カメラは無理です……」


担当医「では、眠剤を飲みますか? 眠っている間に終わりますよ」



N「——検査地獄が終わり、一旦家に帰される優志だった。

 わずか半日のことなのに、何日も家を空けたような気分になる優志。思わずベッドに横になる。

 優志は、倒れたことを優志の母に連絡した。心配した優志の母は「野菜をたくさん送るからちゃんとした物を食べなさい」と、1分も経たず優志に連絡を寄越した」



優志「……不規則な生活が……こんなことになるだなんて……」



N「優志はベッドに寝転びながら、今までの自分の生活ぶりを激しく後悔した」


 ♢


N「後日、検査結果が出たとのことで、優志は病院に呼び出された。

 恐る恐る、診察室に入る優志。

 白衣を着た、いかにも昔やんちゃをしてそうな雰囲気の50代前半の医師—— 中田 幹夫みきおが、ドカッと股を開いて座っていた。

 勢いのある関西弁のイントネーションで、挨拶をする中田。



中田幹夫「こんにちはー、先日は大変やったねえ」


優志「……はい。さすがに懲りました」


中田「検査結果ですけどねー……」



N「検査結果のシートを見て、眉をしかめる中田。

 その内容は——」



中田「総ビリルビンが3.1mg(ミリグラム)、GOTが140、GPTが76——つまり肝機能が悪い。黄疸おうだんあり、肝炎と脂肪肝の可能性もある。

 血圧は上が182、下が101……高いねえ。洞性頻脈どうせいひんみゃくがあって、心臓の鼓動がちょっと不安定や。

 肺とか呼吸器は異常無しやな。

 空腹時の血糖値は138、HbA1c《ヘモグロビンアーワンシー》は6.5%……糖尿病の可能性がある。

 腎機能も悪いねえ。

 ほんで胃カメラの結果は、ピロリ菌は陰性やったけどストレス性の慢性胃炎と逆流性食道炎。

 虫垂炎、アトピー性皮膚炎、肩こりほかにもいろんな症状ある言うてたね。自律神経もやられてるんちゃうかなあ。

 それから、深い虫歯もあるねー。歯医者さんで治してもらわなあかんでー」


優志「そんな……私は今まで病気なんかしてこなかったのに……前の健康診断はB判定だったんですよ……?」


中田「もう無理できひん歳やからねー、気ぃつけへんと、ちょっとしたストレスですぐ病気なってしまいますよー。ほんで、胆石のことやけど、手術を受けてもらいます。ほっといたら急性閉塞性化膿性胆管炎へいそくせいかのうせいたんかんえんになって、命に関わるかもしれへんしなあ」


優志「しゅ……手術……」


中田「手術の時期決まったらまた連絡しますさかい……」


優志「嫌、です‼︎」



N「優志は椅子を立ち上がり、思わず言い放つ」



中田「嫌って、そんなん、いつまでも治らへんでー? どんどん悪うなるでー?」


優志「……失礼しますッ」


中田「ちょっと! まだ話終わってへんって! ……しゃあないなあ。薬を出しますから、絶対飲んでくださいね。また連絡させてもらいますー」



N「優志は中田の言葉を最後まで聞かず、診察室を飛び出した。

 受付で支払いを済ませ、処方箋を受け取った優志は、薬局で何種類もの薬を受け取った。

 胃の薬、血行促進剤、利尿薬、痛み止め、精神安定の薬——。こんなに何種類も飲んで大丈夫なのか——? 

 何故、ますます不安になるようなことを平然と言う医師がいるのだろうか——? そもそも何で医師が、あんなに威張ってるんだ——?

 優志の心に、暗雲が立ち込めた」



優志「やっぱり、医者なんか、病院なんか……大嫌いです!」


 ♢


N「テーブルの上に、山のような薬と検査結果のシートとを放り出したまま、ベッドに横になり、ぐったりする優志。

 母が届けてくれた野菜も、食べる気が起こらない」


 

優志「手術なんて……絶対嫌です……。それよりも、〝生命の巨塔〟を直したのに私の病気は全然治ってないじゃないですか! やはり所詮、あれは夢の中の出来事だったんでしょうか……」



N「優志は擦り傷で自分の血を見るのすら、苦手である。自分の身体をメスで切り開かれるなんて、想像するだけで気を失いそうになる。一生、手術なんて経験せずに人生を終えたいと思っていた。

 ボーッと天井を見つめていると、また、優志の脳内に声が聞こえる——」



謎の声『お前は治らないポン。お前の大嫌いな手術をするしかないポン。嫌なこともしなきゃ、お前は幸せになれないポン……』


優志「何なんですか! さっきから!」


謎の声『このままだとお前は幸せになれずに死ぬポン……ポンポコリン……』



N「部屋には優志しかいないのに、言葉が聞こえてくる——それも、優志をさらに落ち込ませ、嫌がらせる言葉を。

 とうとう幻聴まで聴こえ出したのかと、さらに暗澹あんたんとした気分になる優志。

 溜め息を一つ吐いて本棚の方に顔を向けると——1冊の絵本が、優志の目に入った」



優志「あれは……」



N「それは、小さな小さな9匹のねずみの家族の、自然いっぱいの森の中で生活する様子が描かれた絵本である。

 まだ3〜4歳の頃だった優志は、その絵本を夢中で読み、ページの中に隠れている虫や草花、木の実を、隅々まで一生懸命に探していたのだった。

 優志は久しぶりに、その絵本を手に取った。

 表紙には、青いキャップをかぶり、無邪気に笑うねずみの男の子が描かれている。


 そっと、ページを開いてみる。


 ページ全体に描かれた、青い空と緑の野原の絵。そこで無邪気に走り回る様子が描かれたねずみの子供たちは、今にも動き出しそうだ」



優志「……そういえば……。大学生の頃……を見たな。このねずみたちに会って、遊ぶを……」



N「ねずみサイズになって、絵本の世界で暮らす——」



優志(青いキャップのねずみの子……〝チップくん〟という名前でしたっけ。野山や洞穴で鬼ごっこをしたり、美味しい料理をご馳走してもらったり……。そういえば、ねずみのおじいさんには、自分の将来の夢を語ったりしてました。……何でこんなに覚えてるんでしょうか……。私は、リアルな夢を見やすい体質なのでしょうか)



N「その不思議な夢を見た当時、就職活動真っ最中だった優志。

 その後、結局就職せず、自身の夢に向けて音楽の道を志した。——が、結果が出せずに27歳で音楽を諦め、一般企業に就職。

 しかし上司のパワハラに耐えかねて半年で退職。1年間のニート生活を送った末、再び音楽を志し、コンテストで成功を収めたことを機に作曲業を開業。念願の、プロの音楽家になれたのである。

 しかし収入は微々たるもので、音楽だけでは食えず、居酒屋のバイトと掛け持ちをしながら細々とした暮らしを続けていた。


 後に、居酒屋の正社員になり、作曲業を兼業しながら、今に至る。


 お金もなく、結婚も出来ない。おまけに、病気になってしまい、仕事も休むことになってしまった。

 病院代、検査費用だけでも、何万円ものお金が出て行ってしまい、お先真っ暗である」



優志(9匹のねずみの家族に元気をもらい、夢から覚めたあの時……。私は、望む未来に向かって頑張ろうと思えました。あの時は、体もすごく元気でした……)



N「若かりし大学生時代。あの頃は良かったなと思い返しても、現実は何も変わらない。

 だが、過去に逃げ込んで、懐かしい気分に浸るだけでも——少しだけだが、優志の心に温かな光が射し込むのだった」



優志(無邪気なねずみの子……チップくんと、また話したいな……。ねずみの家族みんなと、また会いたいです)



N「優志はふうと息を吐いて、絵本を閉じた。


 外は、猛吹雪であった。

 天気予報を見るため、優志はスマホのニュースサイトを開いた。

 ニュースサイトの一番上のトピックスには、赤文字で『速報』と書かれている。〝中国の原因不明肺炎、新型ウイルス発生の可能性——〟


〜STAGE1.生命の巨塔を修復せよ〜——クリア!

 Next Stage——

 〜STAGE2.猫戦士たちと共に、新型ウイルスのパンデミックを阻止せよ〜」

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