第5話 竜の洞窟


N

優志=勇者ミオン

ラデク

サラー

武器屋オヤジ

防具屋の女性

道具屋のお兄さん

ゴブリン

ホブゴブリン



N「優志の予想を超えた戦いぶりを見せた、サラー、ラデク。

 今の自分の強さでは恥ずかしい。もっと体を鍛え、強くならねば——優志はそう思い、拳を握りしめた」



サラー「ふうー、Gゴールドも貯まったし、装備を買いに行きましょうかー」


ラデク「ゲホッ……そうだね」



N「ラデクは相変わらず、辛そうだ。もしも喘息の発作が出ては大変だ。

 喘息の発作には吸入ステロイド薬が必須だが——この世界に、そんなものは無い。

 救急車も無ければ、大病院も無い」



優志「……薬草も多めに買っておいた方が良さそうですね。私のGゴールドは、みんなのために使って下さい」


サラー「そうねー。じゃあゴールドとアイテムは、みんなで共有するようにしないー?」


ラデク「そうしよっか……ゴホッ」



N「話し合いの結果、3人のGゴールドをまとめて、買い物に使うことになった。そして手に入れた武器、防具、アイテムは個人の物とせず、3人で共有する」



武器屋のオヤジ「へい、らっしゃい!」


 

N「まずは武器屋へ。優志とラデク用に、銅の剣を2本購入」



防具屋の女性「いらっしゃいませ〜」



N「次に防具屋。ちょうど新しく仕入れられていた〝麻のローブ〟をサラーのために購入。

 露出していた肌が隠れ、怪我の心配は少なくなった。が、自慢のセクシーボディがローブに隠れてしまったためか、サラーはどこか残念そうだ」



道具屋のお兄さん「どれになさいますかー?」



N「最後は道具屋。

 薬草を買えるだけ買い、〝ワープゲートの素〟という名の、ガシャポン大の謎の玉も、2つ購入」



優志「あの……ワープゲートの素って、何ですか?」


サラー「これはねー、地面に投げると玉が割れて光る空間が出てきてー、そこに入るとどこへでも一瞬で行ける便利なアイテムなのよー。行きたい場所を口に出せば、そこへワープできるのー」


優志「ほう……不思議な物ですね。使うのが楽しみです」


サラー「じゃあー、一旦家でお昼食べてー、出発しましょー。畑でとれた野菜のスープがあるのー」



N「買い物を済ませた3人はサラーの家へと戻り、新鮮野菜のサラダとスープを食した」


 ♢


N「いよいよ、〝竜の洞窟〟に向かう。

 コハータ村を出て、ダイゴの森とは反対方向の、山の方へと3人は歩みを進めて行った。

 ラデクは相変わらず、辛そうにしている。顔色も良くない」



ラデク「ゲホッ、ゴホッ……」


サラー「ラデクー、無理しちゃダメよー。お姉さんが抱っこしてあげるー」


ラデク「やめろよサラー! 子供じゃないんだから!」


サラー「うふふ、やっぱり可愛いわねー! ぎゅーさせてー」


ラデク「むぎゅ……だから息ができないからやめろって! 喘息が悪化する!」



N「優志は仲良さげな2人をよそ目に、魔物の襲撃に備えて、持ち慣れない銅の剣を構えていた。

 ——が、スライムやガイコツは近くをウロウロしているのに、襲ってくる気配はない。

 それどころか、優志たちが近づくと、慌てて逃げて行ってしまう」



ラデク「見ろよ! 僕らの強さに、恐れをなしたんだ。このまま洞窟の魔物も蹴散らしてやる! ……ゴホッ」


サラー「みんな私の魔法で黒焦げにしてあげようと、楽しみにしてたんだけどなー。まあ、竜の洞窟には、もっと強いのがいるでしょうしー、楽しみは後回しってことかしらー」



N「楽しげなラデクとサラーだったが、優志はというと、ここに来てプレッシャーに押し潰されそうになっていた。

 勇者としての使命。未知の魔物と戦う不安。いつ悪化するか分からない脇腹の痛み。まだ幼いラデクを預かる責任感。サラー、ラデクの持病が悪化した時に、ちゃんと冷静に対処できるか——」



優志「……くっ」


ラデク「勇者ミオン様! どーしたの⁉︎」


サラー「あらー、顔色悪いわよー。薬草使うー?」


優志「……いや、大丈夫です……」



N「ストレスで、脇腹が痛む。その痛みがさらに不安感を膨れ上がらせ、また痛みが増す悪循環——。こんなことで、無事に冒険を続けられるのだろうか——?

 結局1度も魔物に襲われないまま、3人はコハータ村から約1キロの場所にある山の麓に大きく口を開けた、〝竜の洞窟〟の入り口にたどり着いた。

 〝竜の洞窟〟の中へと足を踏み入れる優志たち。

 急にひんやりとした空気になる。目の前には、一本道の上り坂。

 水が滴り落ちる洞窟の道を、ひたすら歩いていく。くねくねと曲がる一本道。時折、ギャーギャーという鳴き声が響く。魔物の襲撃に備え、武器を構えたまま歩いていく3人。

 10分ほど歩いた頃だろうか。

 3人の前方から突然、4匹のコウモリが現れ、突撃してきた!」



ラデク「わっ! 〝吸血コウモリ〟の群れだ! 気をつけろ!」


サラー「練習の成果を見せましょー。2人とも、いくわよー」


優志「……ああ。必ずここを切り抜けましょう」



N「優志は飛来する吸血コウモリたちに狙いを定め、銅の剣を一振りした。すると、吸血コウモリにまとめてヒット。黒い体液が飛び散り、コウモリの死骸が地面に落下した」



ラデク「すげえや! さすがは勇者ミオン様!」


サラー「あらー、やるじゃなーい」


優志「か……勝てました……。だけど、グロテスクですね……」



N「だが——まだ終わりではなかった。

 戦いの音を聞きつけ、棍棒を持ちトンガリ帽子を被った身長140cmほどの〝ゴブリン〟が3体、優志たちの前方から現れたのである」



優志「……まだ、いたんですか!」


ラデク「勇者ミオン様、ここは僕が!」


サラー「私も、やるわよー!」



N「ゴブリンたちは棍棒を振り上げ襲いかかってきたが、その前にラデクが剣を構え、ダッシュ! 3体のゴブリンの腹部に、剣がヒットする!

 その間にサラーが〝プチファイア〟の呪文を詠唱し、直後、火の玉が3匹のゴブリンに向けて飛んでいく。ゴブリンたちは瞬く間に火だるまになる」



ゴブリン「ギェェェーーー‼︎」


 

N「光となって消滅した吸血コウモリとゴブリン。後には、銀貨7枚と1つの宝箱が残されていた」



サラー「よく頑張ったわねー、ラデク。お姉さんがナデナデしてあげるー。よしよし」


ラデク「こ、このくらい楽勝だい! もう子供じゃないんだから、そーいうのはやめろよ!」



N「仲良しなサラーとラデクを見て、死にゆく魔物を見たショックと、いつか自分も同じように死ぬかもしれないという恐怖が緩和されたなと感じる、優志だった。

 魔物たちが落とした70Gと宝箱の薬草を拾った3人は、さらに奥へと進んで行く」



ラデク「シッ。何か来るぞ!」



N「ドンドンという足音が、右曲がりの道の奥から段々と近付いてくる。

 そして姿を現す、足音の主」



ラデク「あれは、〝ホブゴブリン〟! 気をつけろ! 強いぞ!」



N「ラデクがそう言って身構える。優志も思わず剣を構える。

 ホブゴブリンは、先程戦ったゴブリンよりも一回り大きく筋肉隆々で、ズッシリ重そうなバトルアクスを持っている。刃先はしっかり研がれて、喰らえば怪我では済まなさそうだ。



ホブゴブリン「ゴブブブ!」



N「ブンと、バトルアクスを空振りするホブゴブリン。

 アクスが地面に当たり、土の破片が飛び散る」



ラデク「うわあ!」



N「もし腕に今の攻撃を喰らえば、腕ごと吹っ飛んでしまってもおかしくない。

 薬草で治せるとはいえ、一瞬の大怪我でも精神的に大きなショックを受けるだろう——そう予感した優志は、剣を構えたまま後退あとずさりした」



ラデク「勇者ミオン様、大丈夫⁉︎」


優志「さすがに、アレは……私には無理です。ここは、遠距離攻撃が得意のサラーさん、お願いできますか?」


サラー「わかったわー、勇者様! 任せてー」



N「サラーは先程と同じように、プチファイアを唱え、火の玉を2発、ホブゴブリンに向けて飛ばした。——が」



ホブゴブリン「ゴッブブ!!」


サラー「あれー、防がれたー」


ラデク「そんな!」



N「ホブゴブリンは巨大なバトルアクスの刃の部分で、飛来した火の玉を全て防いでしまった。

 そして少しずつ、優志たちのところへと迫るホブゴブリン」



ラデク「……ここは、勇気を出して斬りつけるしかない!」


優志「待ってくださいラデクくん! 大怪我したら大変ですよ!」


ラデク「薬草があるから大丈夫! 勇者ミオン様、薬草1枚もらうね! 行くぞ! 覚悟しろ、ホブゴブリン!」


優志「……ラデクくんっ!」



N「ラデクは剣を構えたまま、ホブゴブリンの元へと突っ込んでいった。

 ラデクの渾身の斬撃が、ホブゴブリンの腹部にヒット! 同時に、ホブゴブリンのバトルアクスがラデクの肩にカスった。ラデク肩から血が飛ぶ」



ラデク「……っえ!」


優志「ラデクくん!」



N「ラデクはすぐさま、薬草を肩に貼り付けた。エメラルドグリーンの光が舞い、傷を癒す。

 きびすを返し、優志とサラーのところへ戻ってきたラデクは、ゼエゼエと息を切らしていた」



優志「大丈夫ですか、ラデクくん⁉︎ 今のでホブゴブリンは弱ったみたいですが、倒れそうにないですね……」


ラデク「ゲホッ……僕、ちょっと休む……」


サラー「ラデク、無理しないでー。じゃあ今度は私がプチファイアで牽制するからー、勇者様ぁ、隙をついて攻撃してー!」


優志「……な、私が……⁉︎」



N「薬草ですぐに傷が治せるとはいえ、大怪我をする覚悟を優志は持てなかった。

 ラデクの場合はカスッただけで済んだが、あのバトルアクスをまともに喰らえば——一瞬の痛みでも、自身の血を見ただけでも——気を失って倒れてしまうかもしれない。

 つのる恐怖心。だがここを切り抜けられねば、みんな死ぬ。それだけでなく、コハータ村の人々も病が悪化して、村が滅びてしまう。

 そう思い直した優志は覚悟を決め、剣を握りしめた。

 必ず、村のみんなを救ってみせる——!」



優志「……分かった。頼みます、サラーさん」


サラー「じゃあいくわよー、プチファイア‼︎」


ラデク「やっちゃえ、勇者ミオン様!」



N「飛んでいく火の玉に気を取られるホブゴブリンの隙をつき、優志は剣を構え、突撃!

 ホブゴブリンの腹部目掛け、銅の剣を一振りした。——が、その瞬間」



優志「うぐ……!」



N「優志の脇腹に、激痛が走った——!

 ホブゴブリンを攻撃する直前のことだった。よろめく優志。

 その隙をつこうと、ホブゴブリンはバトルアクスを構えた」



ラデク「ミオン様ァァッ! てやあああ!」



N「咄嗟にラデクは、ホブゴブリンに突撃。銅の剣を背中に力一杯ぶつけた」



ホブゴブリン「ゴブブー?!」



N「膝を折るホブゴブリン。

 その隙に、脇腹を押さえ態勢を立て直した優志は、ホブゴブリンの腹部に手のひらを向け、呪文を唱えた」



優志「〝ドルチェ〟ッ……!」


ホブゴブリン「ゴブゥァァァァァーーーーッ!!」



N「火花が飛び散り、ホブゴブリンは地面に崩れ落ちた。そして、光となって消滅」



優志「……た、助かりました。ありがとう、ラデクくん」


ラデク「ミオン様、早く薬草を! お腹痛いんでしょ⁉︎」


サラー「あらー、さっきのホブゴブリンが落とした宝箱……」



N「サラーは駆け寄り、宝箱の中身を手に取り確かめた」



サラー「これは、〝上級薬草〟ねー。すごーく効くわよー、はい、ミオン様ー」



N「サラーは、上級薬草を優志の横腹に当てた。上級薬草はエメラルドグリーンの光になり、優志の腹部を包み込む」



優志「おお、痛みが……引きました……。ありがとうございます、サラーさん」


サラー「さあー、敵も倒したし、先に進みま……? しょう……?」



N「今度はサラーが突然、顔面蒼白になる。そのまま、地面に膝をついた。

 咄嗟にサラーを支えるラデク」



ラデク「サ、サラー⁉︎」


サラー「大丈夫ー……クラッとしただけよー……」


ラデク「サラー、無理すんな!」



N「膝をついたまま、ラデクの腕に支えられるサラー。今、ホブゴブリン級の魔物に襲われたら大変である。

 一方、優志は、右手がエメラルドグリーンの光に包まれていることに気がついていた」



優志「……これは、ドルチェとは違う……。何でしょう、この光は……?」


ラデク「ミオン様! それは……〝プチヒール〟の魔法……! 右手を、サラーに向けて、〝プチヒール〟って言ってみて! 早く!」


優志「ん……分かりました! 〝プチヒール〟」



N「次の瞬間、優志の右手を包んでいたエメラルドグリーンの光が、ビームのように飛んでいき、サラーを包み込んだ。

 光はサラーの体に吸収され、段々と消えていく。光が完全に消えると、サラーの顔の血色は見事に良くなっていた」



サラー「……あらー、気分スッキリー! ミオン様が治してくれたのねー、ありがとうー! ミオン様もぎゅーってしてあ・げ・る」


優志「……すみません、遠慮しておきます」



N「下を向きサラーから視線を逸らす優志と、再び元気になったサラーを見て心底ホッとするラデクだった」



ラデク「なあミオン様、試しに僕にもかけてくれよ……ゴホッ」


優志「……分かりました。〝プチヒール〟!」



N「再びエメラルドグリーンの光が優志の右手から放たれ、ラデクを包み込む」



ラデク「……あっ、胸が楽になった! すごいや! ミオン様、ありがとう!」


優志「……凄いです。喘息をも一瞬で治すとは……。私自身にも試してみましょう……〝プチヒール〟」



N「エメラルドグリーンの光に包まれる優志。優志の脇腹の痛みは上級薬草の効果でおさまっていたのだが、さらにそこに爽快感がプラスされ、優志の体全体が生命力に満たされていく」



優志「……凄い。若い頃のように、体が動きます!」


ラデク「ミオン様! 〝プチヒール〟の効果は薬草と同じで一時的なものだって聞いたよ。だから油断はできない。早く〝ゴールデン・オーブ〟を取り戻して、〝生命の巨塔〟を直さなきゃ!」


優志「……そうですね、ラデクくん! 一時的だがみんな回復できたから、先に進みましょう! サラーさんも、行けますか?」


サラー「ばっちり元気よー。それじゃー、れっつらごー!」



N「3人は登り坂の洞窟をひたすら進む。

 一本道の登り坂を10分ほど歩いた頃だろうか。左方向に、金色に輝く扉があるのをラデクが発見する」



ラデク「おい見ろよ! この扉の奥に、ゴールデン・オーブがあるんじゃないか⁉︎」



N「そう言って扉の取っ手を引くラデク。しかし、扉はびくともしない」



サラー「あらー、鍵穴があるわねー」


ラデク「僕、鍵なんて持ってないよ」


サラー「じゃあー、探しに行かなきゃねー」


ラデク「えー、ここまで来て鍵を探さなきゃいけないの⁉︎」



N「優志はというと、ラデクとサラーを置いて、洞窟の先へと足を進めていた。

 外の光が、洞窟内に差し込んでいる。さらに足を進めると、青空と、遠くの山々が見える外の景色が優志の目に入った。洞窟の出口である」



優志「ここは……?」



N「出口から出てみると、見晴らしの良い展望台のような場所だった。遠く青空、山々が見渡せ、そして山の麓を流れる河川が見下ろせる。先に進むと崖になっているので、ここで行き止まりだ」



優志「ん……これは!」



N「右手に、5メートルほどの金色の玉が2つ置いてあるのを、優志は発見する。

 後を追ってきたサラー、ラデクも、洞窟の出口から出るなり、金色の玉を見つける」



ラデク「あれが、ゴールデン・オーブ! こっちにあったのか! しかもラッキーだよ、2つまとめて持って帰れるじゃん! 1つずつ探す手間が省けた!」


サラー「でもー、あんなに大きいもの、どうやって運ぼうかしらー?」


ラデク「そうだよなー……。勇者ミオン様、何かアイデアない?」


優志「うーん……。そう言われましても……。……ん⁉︎」



N「その時だった。

 バサアッと羽のはためく音がし、風が吹き付ける」



優志「うわあ……ッ⁉︎」


ラデク「あ、あれは! 〝ミニドラゴン〟!」


優志「〝ミニドラゴン〟⁉︎ ラデクくん、知っているんですか⁉︎」



N「大きな羽の生えた四つ足のドラゴンが、優志たちのいる場所に降り立つ。

 黄色い鱗に覆われており、背の高さは1メートル、体長は2メートル無いぐらいだ。が、羽をバサバサとはためかせ、口からは牙を剥き出しにしている。怒っているようだ」



ラデク「知ってるも何も、コイツが、ゴールデン・オーブを運び去ったんだよ!」



N「〝ミニドラゴン〟が、3人に襲いかかる——!」

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