第2話 飛田優志=勇者ミオン

・N

・優志

・謎の老人=マーカス

・武器屋のオヤジ

・防具屋の女性

・道具屋の若い男性

・スライム


————


N「救急隊員の声も届くことなく、優志は意識を失った。

 が、別の何者かの呼び声を——優志の聴覚が感知する。

 それは、夢で見た、老父の声である」



謎の老人「……様、勇者ミオン様……! さあ、生命の巨塔へ向かいましょう。その前に、装備を整えなければなりませぬな。武器屋と防具屋へご案内致しましょう」



N「老父の声が、ボリュームアップする。

 たしか、激しい脇腹の痛みの中倒れ、救急車を呼んだのでは……? 

 優志は混乱していたが、少しずつこれが〝夢の続き〟だと分かり、落ち着きを取り戻していった。

 〝夢の中〟でも脇腹の痛みは少し残っていたが、悶え苦しむほどではない。ひとまず体を起こし、優志は老父の呼びかけに応えた」



優志「……あ、あなたは一体……?」


謎の老人「申し遅れました。ワシは、マーカスと申します。ワシにはたった一人の娘がおりまして、娘の名はカレンです。カレンは胃腸炎で高熱を出しており、向こうの部屋で横になっております。勇者ミオン様……娘のためにも、どうか早く生命の巨塔へ!」



N「〝勇者ミオン様〟と呼ばれ、戸惑う優志」



優志「マーカスさんですか、覚えましたよ。それより……私の名はミオンではなく、飛田優志とびたまさしです。私が勇者だというのは、なにかの間違いではないでしょうか……?」


マーカス「決して間違いではございませぬ。この絵を見てください」



N「マーカスは物置から油絵を持ってきて、優志に見せた。銀色の鎧に身を包んだ、いかにも勇者のような格好をした人物がリアルなタッチで描かれていたが、その人物の顔は——優志の顔、そっくりそのままだった」



マーカス「これは、預言者ミーニャが50年前に描いた絵です。私どもが住まう、この〝オトヨーク島〟が再び〝魔王〟に支配されようとせし時、〝魔王〟を倒し平和をもたらしてくれる〝勇者ミオン〟様が現れる……とミーニャ様は預言し……このミオン様の絵を描かれました」


優志「ふむ、確かに私の顔そっくりではありますが……」


マーカス「さあさ、こうしてはおれませぬ! 急いで支度なさってください!」


 

N「果たして優志が、勇者ミオンなのか——?

 それは不確かだが、どうやら事態は切迫しているらしい。

 今さら後戻りのしようもなく、優志はマーカスと共に、出発の支度をした」



優志「マーカスさん、生命の巨塔とは一体?」


マーカス「今、このコハータ村の住民は皆、原因不明の病に冒されております。それは、村の外れにそびえ立つ、はるか昔に建造された〝生命の巨塔〟が、魔王軍に破壊されたためです。勇者ミオン様の力で生命の巨塔を直せば、村民の病は治るはずです」


優志「なるほど。急ぎとのことですし、とりあえず、そこまで行ってみましょうか」


マーカス「村の外には、魔物がおります。魔物は本気で人を殺しにかかってきます。まずは、魔物と戦うための装備を買いに出かけましょう」


優志「殺しに……」



N「マーカスの言葉に、顔を青くする優志。魔物がどんなものか想像もつかない。これから、いつ死ぬか分からない命懸けの旅が始まろうとしていることが、優志は未だに飲み込めないでいた」


 ♢

 

N「支度を済ませた優志とマーカスは、ログハウス調の小屋を出た。

 自然が豊かな村、コハータ村——。

 こぢんまりとした小屋のような家がポツポツと立ち並ぶ。そのうちの3軒が武器屋、防具屋、道具屋である」



マーカス「勇者ミオン様、〝ゴールド〟はお持ちで?」


優志「ゴールド……ですか。それは一体……?」



N「この世界〝オトヨーク島〟での通貨〝ゴールド〟など、優志が持っているはずもない」



マーカス「〝ゴールド〟をお持ちでない、と……。それは、さぞお困りでしょう……。では勇者ミオン様には私から300Gゴールドをお渡ししましょう」


優志「あ……ありがとうございます」



N「3枚の金貨。1枚につき100Gゴールド。優志が普段扱い慣れている硬貨に比べ大きく、ずしりと重さを感じるものだった。

 優志とマーカスは、まずは武器屋を訪れた」



武器屋のオヤジ「へい、らっしゃい! 安い武器しかないが、見てくかい?」


 

N「威勢のいい、頭にハチマキをした中年の店主の声が響く。

 サンプルとして飾られているそれぞれの武器の下に、値段が書かれている。

 竹竿……30G(ゴールド)

 棍棒……70G

 銅の剣……120G

 優志は数秒考えたが、真ん中の棍棒を手に取った」



優志「……では、棍棒で」


武器屋のオヤジ「棍棒ね! 毎度ありぃ!」



N「敵を殴り殺すための棍棒を購入。金貨1枚を店主に渡し、お釣りを受け取る優志。

 次は、防具屋へ。

 武器屋と同じように、サンプル防具の下に値段表が付けられていた。

 布の服……10G

 革の服……40G

 革の鎧……180G」



優志「……高いですが、安全第一にしますか。では革の鎧で」


防具屋の女性「ありがとうございます。こちらで装備なさいますか?」


優志「あ……はい。ではお願いします」



N「20代ぐらいの美貌の女性店員に、革の鎧を装備させてもらう優志。

 勇者といえば剣や鎧、兜、盾をイメージしていた優志だったが、初めからそのような高価な装備は手に入るものではないのである。

 さて、残りは150G。優志とマーカスは道具屋へと向かう。着慣れない装備に、優志は息を切らしながら歩く。

 道具屋に到着」



道具屋の若い男性「薬草は1つ10G、ワープゲートの素は1つ200Gです。いかがなさいますか?」


優志「ワープゲートの素が何か気になりますね……でも手持ちでは買えないから後回しにしましょう。薬草を、7つください」


道具屋の若い男性「かしこまりました。70Gです」


 

N「念のため、80Gは残しておく。社会人は何かと突然お金が必要になる——その経験から、今後のためにゴールドを貯金しようと考える優志だった。

 そしてゴールドは、ものだと、その時の優志は思い込んでいたのである」



マーカス「これで、準備は万端ですな。さあ勇者ミオン様、〝生命の巨塔〟へと参りましょう。少しばかりですが私も手助け致しますぞ」


優志「は……はい」



N「〝勇者ミオン〟と呼ばれ慣れない。棍棒も革の鎧もズッシリと重い。魔物がどんなものか、想像もつかない。優志の心は不安でいっぱいだった。

 マーカスの、〝魔物は本気で殺しにかかってきます〟という言葉を思い出し、優志の手が汗だくになる。

 夢の中で死んだら、現実の自分はどうなるのだ……?

 考え込みながら、優志はマーカスとともに門をくぐり、村から出た」



マーカス「塔へは、あの〝ダイゴの森〟を抜ければ辿り着けるはずです。では、参りましょう」


優志「は、はいっ!」


 ♢


N「村の外に道はなく、ひたすら草原が広がる。近くに〝ダイゴの森〟と呼ばれる森林があり、その向こうに塔のような建物が、かすんで見える。

 草原を歩いていると突然、青くプルプルした何かが、優志の横からぶつかってきた!」



スライム「ピィー!」


優志「うわあっ⁉︎」


マーカス「勇者ミオン様! いよいよ、戦闘ですぞ‼︎」



N「間一髪、青い謎の生物の体当たりをかわした優志」



優志「な、何なんですか! この青いのは……!」


マーカス「あれは〝スライム〟です。最弱の〝魔物〟です。まず殺されることはありませんのでご安心を。その棍棒で2発、ぶん殴ってやれば、簡単に倒せますよ」



N「〝スライム〟。青くプルンとした生き物で、目や口は無い。

 優志は棍棒を構える。重さのあまり少しよろめいたが、すうっと息を吸い込んで、目の前を飛び跳ねるスライムに狙いを定めた」



優志「……せいっ!」



N「打撃音が、草原に響く」



スライム「ピー‼︎」



N「殴られたスライムから高い声が聞こえ、動きが鈍る。もう1発!」



スライム「ピ……ピィ」



N「スライムがバラバラに飛び散ったかと思うと、キラキラと輝く光になり、空へと消えて行った」



優志「……はあ、ちょっと可哀想ですね。ん? 地面に何か現れた……?」


マーカス「ナイスです、勇者ミオン様。あれはゴールドです。魔物を倒すと、ゴールドが手に入るのです。たくさん集めて、さらに強い装備をゲットしましょう!」


優志「銀貨1枚と銅貨3枚だから……13Gですか。いやあ、何とも不思議ですね、これは」

 


N「優志は息をふうと吐いて、心臓の鼓動を落ち着けてから、再び〝ダイゴの森〟に向け、マーカスと共に歩みを進めた」

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