朗読版・ 異世界転移したら勇者になっていた、生活習慣病治療中のおっさんの冒険記〜病と闘いながら、魔王を倒す旅に出る〜

戸田 猫丸

第1話 主人公倒れる

・ナレーション

・飛田優志

・謎の老人

・担当医

・救急隊員



N「飛田優志(とびた まさし)37歳、突然の病に倒れる——。日々の不摂生がたたって。

優志が倒れる前日の夜、彼は意味ありげな夢を見る。

『お願いです、勇者様! 世界を脅かす大魔王を倒して下さい! このままでは世界が闇に覆い尽くされてしまいます!』

 何処とも知れない小屋の中で、老人に話しかけられる優志。

 時々疼く脇腹の痛覚を自覚しながら、自身に何が起きたのかを考えるが、みるみるうちに痛みは限界を超える——。

 病と向き合いつつ、王道RPGの世界を大冒険!

 たった一度の人生で、何を大切にすべきかに少しずつ気づいていく、〝勇者〟優志の物語が、始まる」



謎の老人「勇者様、ようこそコハータ村へ。どうか世界平和を脅かす魔王を倒し、世界をお救い下さい」


飛田優志「勇者様……? この私が?」



N「飛田とびた 優志まさし

 男性、37歳独身。身長175cm、体重49kg。

 自身の夢であったプロの音楽家——作曲家になることができたが、それだけでは食っていけず、居酒屋チェーン店も兼業する。

 残業続きの激務の日々に、毎日夜遅く帰宅しては10分も待たずに眠りに落ちるほど、優志は疲れ果てていた。

 そんな日々が続いたある時のこと——。

 彼は全く知らぬ間に、気付けば何処とも知れぬログハウス調の小屋の中におり、木の床の上に座り込んでいたのだ。

 そこで、ボロボロのローブを着た、誰とも分からぬ老父に、優志は話しかけられていた」



謎の老人「勇者様……、まずやるべきは、破壊された〝生命の巨塔〟の修復です。〝生命の巨塔〟は我々コハータ村の民が、健康に生きるためのいしずえ……」


優志「ちょっと待って下さい、何の話でしょうか⁉︎ そもそもここは一体……?」



N「自分の身に何が起こったかが全く分からない優志。

 ここは何処だ。勇者様って何だ。勇者だと言われても、着ている服はいつものワイシャツにネクタイ、そしてスーツの上下。剣や盾など、持ってなんかないではないか」



謎の老人「勇者様、我々は……ぐはぁっ⁉︎」


優志「お、……おじいさん、どうされましたか⁉︎」


謎の老人「腰が……痛くて立てぬ……。こ、これも〝生命の巨塔〟が魔王軍に破壊されたゆえ……」



N「息も絶え絶えの老父。何とか助けようと、優志は立ち上がり、小屋の中を見渡す。

 木製の階段の方を見ると、1人の20代ほどの女性が目に入る。老父の娘さんだろうか。彼女も苦しげな表情を見せながら階段に座り込み、お腹をさすっている。

 優志自身も、全身の倦怠感と脇腹の痛みを自覚していた——これは、以前から自覚している症状なのだが」



優志「……ぐ⁉︎」



N「その痛みが、突如増悪していく。再び座り込む優志。

 〝生命の巨塔〟が破壊されたから、村の人々は病気になった——? それがどういうことか優志は考え始めたが、増大する痛みに優志の思考回路は停止せざるを得なかった」



謎の老人「勇者様、どうか……〝生命の巨塔〟を……!」



N「……痛みの限界を超え、優志の意識は遠のいていった。

 優志が迷い込んだ世界は、一体何処なのか——?

 何故、優志が〝勇者〟なのか——?

 そして、老父が言う〝魔王〟の正体とは——」


 ♢


優志「うぎゃあああああああああああああああああッッ!」



N「飛田優志とびたまさしは、ベッドの中で声を上げた。

 朝、目が覚めると同時に突如、脇腹に激痛が走ったからだ。

 脇腹を押さえながら息を整え、周りを見る。

 住んでいるアパートのいつもの自分の部屋だということを確認。

 12月15日の朝。ヒンヤリとした空気が、体に突き刺さる。掛け布団がベッドの下に落ちてしまっていた。

 居酒屋チェーン店に勤務する優志は、昨日は残業を済ませ深夜2時30分に帰宅。アパートの自室に戻るなり、あまりの疲労に体から力が抜け、そのままベッドに倒れ込んだ。暖房をつけるのも忘れ、眠りに落ちたのだった」



優志「……はぁっ、はあ……出勤の……支度せねば……!」



N「ベッドの中で腹を押さえながら歯を食いしばる優志。内臓をヤスリでこすられたような脇腹の痛みが、断続的に彼を襲う」



優志「はぁ、はぁ……、う、うぉぅ……うああああッ⁉︎」



N「痛みが一度おさまったので少し体を起こすが、再び突き刺すような痛みが、腹の中を電撃の如く走り回る。

 多少の体調不良でも仕事を優先していた優志。この日もいつも通り、朝シャワーを済ませ出勤するつもりだった。だが、さすがに痛みのレベルが我慢の限界を超えていた。

 いつ来るか分からぬ発作に怯えながら、優志は会社に休む旨の連絡を入れる」



優志「……はい、体調不良のため、今日は大事を取って……はぁ、はぁ、休みます。……はい、ありがとうございます」



N「何とか了承を得て、どうするか考える優志。

 ギリギリ耐えられるか耐えられないかという程度の痛みだったため、救急車を呼ぶか、あるいはタクシーですぐ病院に行くか、迷っていた。

 朦朧とする意識の中、ふとログハウス調の小屋の中での、老父とのやりとり——勇者やら魔王やら〝生命の巨塔〟やら——が、優志の脳裏をよぎる。

 あれはきっと、昨夜見た夢だったのだろう。そして夢の中でも優志は、脇腹の痛みが増悪したのを自覚した。

 その激しい痛みが、現実世界へとしっかりと引き継がれている。

 何か深刻な病気だったら——嫌な考えが脳裏をよぎった時、再び優志の脇腹に、電撃が走る——」



優志「ぐ……」



N「脇腹を押さえ、息を殺す優志まさし。暴れ回る痛みはより激しさを増し、冷や汗がじんわりと滲み出る。

 それでも優志は、救急車を呼ぶ、あるいは病院に行く、という決断を出来ないでいた。彼は医者に対して否定的な印象を持っているからだ。

 優志が高熱を出して受診した時のこと——担当した医者はずっとパソコンと睨めっこしながら無愛想に診断と薬の話をするだけ」

 


担当医「あー。このまま悪くなると肺炎とかも起こるかもしれへんねー」


優志「……そ、それはどのくらいの確率で起こるんですか……?」


担当医「まー滅多にないけど、起こる時は起こる」



N「最終的には何事もなく熱も下がり事なきを得たのだが、病気に対する不安は色濃く優志の心の中に刻印されたままだった。医者は、不安な心までは治してはくれない。

 かくして、優志はすっかり医者不信に陥ってしまったのだ。

 だが優志37歳になる現在までずっと不規則な生活をしていたので、いつ体にガタが来始めてもおかしくなかったのだ」



優志「く……ふぅ……、はぁ、はぁ、ふうー……朝食ぐらいは、食べなければ……」



N「1分ほど横になってから、恐る恐る体を起こす。腹部をそっと触りながら、立ち上がる。大丈夫だ。ホッと息をつき、キッチンへと足を進める。

 自動湯沸かし機に水を入れ、インスタントラーメンの袋を破り麺を器に入れる。お湯を入れ、椅子に座り3分待つ。

 優志が出来上がったばかりのインスタントラーメンを口にしたその時だった」



優志「ぎゃああっ!」



N「左脇腹に、またも電撃が走る——。

 箸を落っことす優志。椅子から崩れ落ち、床に手をつく。今までの数倍以上の痛みが左脇腹を駆け回る。

 ポケットのスマホを手に取り、半ば無意識に〝119〟、通話ボタンを押したのを最後に、優志は床に伏せ、動かなくなった」



救急隊員「きこえますかー、飛田さーん? きこえますかー」



N「救急隊員の声が、遠退く。口が動かない。体が揺さぶられる感覚を最後に、優志は完全に意識を失った」



謎の老人「……勇者様、勇者様。さあ、〝生命の塔〟の修復のため、旅立つのです」



N「……夢で見た老父の声が、ボリュームを増していく」

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