ダブルベッドに死体がひとつ~引きこもり探偵の冒険8~
藤英二
ダブルベッドに死体がひとつ(その1)
浅村杏奈は、仕事を定時で切り上げ、駅前のコンビで缶ビール2本とお惣菜を山ほど買ってマンションに帰った。
扉の鍵を開けようとして、施錠をしないで家を出たことにはじめて気がついた。
めずらしく朝寝坊したので、あわてて家を出て施錠し忘れたのだろうと思った。
オートロックではなく、10キーに番号を打ち込んで玄関扉を開ける中古のマンションなので、おおよそ10時間もの間無施錠だったことに不安が募った。
玄関の扉をそっと開け、中をうかがうようにして部屋に入った。
だが、『ああ、出張から今夜遅く帰ると言っていたのが、予定より早く帰ったんだ!』とひらめいた杏奈の口元には笑みがこぼれた。
「あなた」
と声をかけ、薄暗いDKと居間をひとわたり見たが夫の姿はなかった。
奥の8畳の寝室の引戸をそっと開けて電気を点けた杏奈は、悲鳴を上げた。
真新しいダブルベッドの上に裸の女が仰向けに横たわっていた。
・・・しかも、その胸からは血が滴っていた。
卒倒しかけた杏奈は何とか踏みとどまり、震える手でバッグから携帯を取り出して夫の携帯に電話をした。
3度も4度もコールしたが繋がらない。
杏奈はやむなく警察に電話をした。
それからは怒涛のような時間が過ぎた。
別々の刑事に、殺された女と面識がないかを2度も3度も執拗にたずねられた。
見ず知らずの女が、無施錠とはいえどうして家の中に入り込んだのか見当もつかなかった。
まして、新婚の真新しいダブルベッドの上で丸裸で殺されるなんて・・・。
盗まれたものはないかとたずねられ、改めて調べると、たしかにタンスやロッカーの引き出しなどすべてが荒られていたが、特に盗まれたものはなかった。
『下着も衣類やバッグなどの遺留品は何もないので、殺された女の身元を確かめる術がない』と刑事は嘆いた。
鑑識が調べを終え、女の死体が運び出され、マンションの前に数人の見張りの警官を残して警察が引き上げた時は、すでに10時を回っていた。
あれから何度も夫に電話をしたが、虚しくコール音が響くだけで、留守録にメッセージを残すこともできなかった。
・・・11時を過ぎても夫はとうとう現れなかった。
警察の勧めもあって、杏奈は扉に夫あてのメッセージを書いた張り紙をして、駅前のビジネスホテルに移った。
ホテルのベッドに横になり、札幌の母親に電話をして、今日起こった恐ろしい出来事を話した。
だが、夫のことは何も言わなかった。
実のところ、結婚したことはまだ両親には話していなかった。
式どころか籍もまだ入れていない。
夫はじぶんと結婚するために、出張は多いがもっと高収入が得られる会社に転職したばかりだった。
『新しい会社でしっかりしたポジションをゲットして、やっていける見通しが立てば、すぐにでもご両親に会いに行きたい』と、夫はもっともなことを口にした。
それは、目前のことと思っていたのだが・・・。
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