第9話 コンウェン
「では改めて……俺の名前は
「分かった。オワリ・トオルね……トオルが名前かしら?」
「そうだ。……トオルが珍しいか?」
「……今時二つ名前を使っている人は少ないわね。エルフも人間も二つ名前を呼べる人はそういないわよ」
「正確には小張が苗字、融が名前だけど……二つの名前を呼べる人がいないとはどういう意味だ?」
「その名前が二つあるのは滅多にないのよ。第一に、二つ名前を使うことは貴族とか王族ぐらいしか使わないわよ」
この世界では、苗字の概念が失われてしまっているようだ。
名前が二つ……とエマが言っていたのを察するに、苗字ではなく名前で互いを呼び合うことが一般とされているようだ。
エルフも人間も、ごく限られた人でしか使えない。
江戸時代までの日本人も、大半が苗字を名乗ることが出来なかったし、名乗れるようになったのが明治時代からだったはずだ。
この世界では、苗字が特権階級者向けの意味合いで使われているのか?
だとしたら、苗字である小張は使わない方がいいだろう。
「そっかぁ……貴族や王族だけしか使われないのか……」
「トオルは見た感じ、それなりの身なりだから使っても許されるかもしれないけど……見ず知らずの人が二つ名前を勝手に使ったら、名称詐称罪で牢屋に5年重労働刑が言い渡されるわよ」
「マジか……」
というか、今見た目がそれなりの身なりだと言っていたが、これ普通の大手ファッションセンターで3000円程度で買った安いファッションだぞ?
今、身に着けている格好は赤と黒のチェック柄のシャツと青色のジーンズ……。
世に言うオタクっぽいと言われるような格好なのだが、それでも貴族や王族のように見えたとエマが言っている辺り、この服装だけでもかなり珍しいのかもしれない。
「それにしても、トオルが現れた場所ってゴブリン達の縄張りだから危ないのよ?よくまともな装備がないのに無事だったわね」
「いや、無我夢中で走って逃げてきたからね。土地勘はあったけど、ここまで建物や景色が豹変するとは思わなかったんだよ」
「土地勘……?でも、貴方のような人は見たことがないわね」
「朝起きたら、部屋を除いて景色が一変していたのさ……説明すると長い話になるけど、それでもいいかい?」
「ええ、時間はたっぷりあるし、説明をして頂戴」
説明ねぇ……。
何と言ったらいいのか分からなくなるが、一先ず分かる情報を整理してから話したほうがいい。
お茶を一口飲んでから話をすることにした。
☆ ☆ ☆
一通り、エマに事の経緯を説明した。
朝起きたら突然この世界にやって来てしまった事。
住んでいた部屋以外の建物が朽ち果てたり、壊れている有様であり、自分達が過ごしていた景色が一変してしまっている事。
俺の住んでいた部屋にゴブリンの集団が押し入った影響で、部屋は今頃彼らに荒されているだろうという事。
そして、追われて逃げていた所をエマに助けられた所まで洗いざらいに話した。
エマは茶化したりすることなく、真剣な表情で話を聞いていてくれた。
淹れてくれたハーブティーをゆっくりと飲みながら、1時間ぐらい自分に関する話をしたのだ。
知っている限りではあるが、話を聞き終えた後にエマは、俺が話を終えるといくつか質問をしてきた。
「つまり……トオルがいた世界では、この街にゴブリンもエルフもいなくて、人で溢れていたと言うの?」
「うん、この街……今はどう呼んでいるかは知らないが『東京』と呼ばれていたんだよ。人口も1千万人を超えていて、世界有数の大都市圏でもあったんだ」
「1千万人……想像できないわね。この近くにあるエルフの大きな町ですら、人口は4000人にも満たないわよ?」
「4000人か……」
エルフの大きな町の人口ですら4000人となると、村規模だな。
人口の規模が5000人を超えると町の名称が与えられるので、エルフ村と言ってもいいんじゃないかな?
「それで、トオルはゴブリン達に追いかけまわされていたって言っていたわね?」
「ああ、ゴブリン達が部屋のドアを突き破ろうとしていたから、荷物をまとめて逃げたのさ」
「それでも私に見つかるまで逃げ続けられたのって……この辺りを知っていたからなのかしら?」
「この辺の事はそれなりに知っていたつもりだったんだけどね……今はどうか知らないけど、
知っているはずなのに……高円寺の面影は廃墟と草木で覆われた場所でしかない。
何とも悲しい話だ。
だが、エマは不思議そうな顔をしている。
「コウエンジ……似ているわね」
「ん?地名が似ているのか?」
「ええ、この辺りはコンウェンと呼ばれているわ。ゴブリンをはじめとしたモンスターの縄張りよ。長広い大きな建物にゴブリンが住み着いているわ」
「コンウェンか……」
辛うじて、地名だけは高円寺の面影を残した『コンウェン』という名だそうだ。
喜んでいいのか、悲しんだほうがいいのか分からなくなってきた。
だが、こうしてエマに話が出来ただけでも心の不安を少しだけ取り除くことが出来たのであった。
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