第8話 エルフ

俺を助けてくれた人物は、人間ではなくエルフだった。


何を言っているのか分からないかもしれないが、俺も分からない。

ただ、ファンタジー小説や漫画に登場するような、長い耳をして美形の姿をしている種族は基本的にエルフだ。


目の前にいる人物も、そんなエルフの特徴に合致している。

美人で……黄金色のショートヘアよりも長い耳を見て思わず「エルフ?」と呟いてしまった。

ただ、フードを取ってから長い耳にはいくつものピアスが付けられているのが分かる。


「エルフ……そうね、確かに……人間からはそう呼ばれているわ……」


少しムスッとした感じに返答してくれた。

あまりエルフと呼ばれるのが嫌いなのかもしれない。


「助けてくれてありがとう……良かったら名前を教えてくれないか?」

「私の?」

「うん、君のお陰で助かったからさ……命の恩人の名前だけでも覚えたいんだ」


エルフと呼ばわれるのが嫌なのであれば、名前で呼んだほうが良いと思った。

目の前の人物も、少し間をおいてから名前を言った。


「エマ……それが私の名前よ」

「エマさん……改めて、助けてくれてありがとうございます」


俺は頭を下げて敬語でお礼を言った。

お礼は大事だ。

エマさんも、悪い気分ではなかったようで、少しだけ微笑んでから答えてくれた。


「あら、しっかりとお礼を言えるのは良い事ね。少なくとも貴方は他の人間とは違う……助けた甲斐があったわ」

「ん?それはどういう事です?」

「あら……知らないの?人間とエルフ……基本的にこの二つの種族の関係は中立であれど、決して友好的ではないのよ……」

「それは……知りませんでした……」

「貴方、少なくともこの辺の人間ではないみたいね……まぁ、良いわ……そこの椅子に掛けて頂戴。お茶を出してあげるから」

「ありがとうございます、何から何まで……」

「いいのよ。それから敬語は不要よ。気軽にエマって呼んで」

「分かったよ、エマ」


リュックサックを足元に降ろし、エマに言われた通りに椅子に座る。

元々このホテル内に置かれていた椅子なのか、かなり座り心地は良かった。

椅子に座ってテーブルの上に目をやると、いくつか本が置かれていた。

……だが、本の表紙は日本語ではない別の言語で書かれていた。


(この文字は何だ?英語やキリル文字ではないし……かと言って中国語や韓国語とも違う……アラビア語でもないし、模様みたいな文字だ……)


少なくとも、未知の模様のような文字で書かれた本が置かれていた。

もしかしたら、この終末世界では日本語の文字に関する文化が廃れているか、継承する際に簡略化とかされた結果、エスペラント語みたいな人工言語みたいな感じに模様のような感じになったのかもしれない。


椅子に座って待っていると、エマは手慣れた手つきで練炭のようなものに火打石を使って発火させ、水を入れたヤカンを過熱している。


お手製の石造りのキッチン……ということもあってか、四角いスペースの中に燃やす固形燃料を置いて、過熱させるやり方がかなりワイルドだ。


IHヒーターを中心とした家電製品が普及していた時代の人間が見たら、思わず息を呑むだろう。

現に俺が息を呑んで、その光景をマジマジと見ているのだ。


「あら?どうかしたの?」

「かなり珍しいキッチンだなって思ってね……」

「いやいや、人間もこれが普通よ。枯れ木と木炭を練り合わせて過熱させるのよ?見たことがないの?」

「俺は一回だけしか見ていないな、友人とキャンプをする時だけしかそれと似たようなのを使った記憶がある」

「キャンプ……?まぁ、もうじきお茶が出来るから、その話を聞かせてくれるかしら?」

「いいとも」


エマが暖かいお茶を二つ持ってきてくれた。

マグカップにハーブの香りが漂う。

どうやら、淹れてくれたのはハーブティーらしい。

喉も先ほどまで全力疾走してかなり水分補給をしたがっている。

エマの好意に甘えて、ハーブティーを頂きながら事の経緯を説明することにした。

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