第28話
◆
フォートラン級の食堂は一人で使うには広すぎる。
食材を作る合成装置は生きている、材料も揃っている。ついでに調理専用のアンドロイドまでいる。しかしそんな全てがいかにも不釣り合いだ。
味気ない食事を食べてから、私はテーブルに二つのアンプルを並べて考えていた。
私はあの時、アーロンの前で一つのアンプルを選ばなかった。
赤も青も、目の前にある。
どちらを飲むべきか、答えが出なかった。
そこへふらふらっとアンドロイドが食堂には入ってくる。アーキの入っているアンドロイドだ。彼女は嬉しそうな顔で、まるで犬が飼い主に近づいてくるような感じで私のそばへ来た。尻尾があればブンブン振っていただろう。
「何? その薬」
「個人的な薬。どちらを飲むかで、私の身の振り方が決まる」
大げさだなぁ、とアーキは飽きれ顔を作る。アンドロイドの割に人間らしい表情だ。
「それっとすぐに決めなくちゃいけないの?」
「別に、まぁ、近いうちに、かな」
「それなら先にさ、私の名前を考えてよ」
おかしな方向に話が進み始めたな。
「私の名前って、あなたにはアーキっていう名前があるでしょう」
「そうじゃなくて、この艦の名前。フォートラン級一番艦の名前」
ああ、そうか。そういえば、その情報は頭に入っていなかった。
「予定ではなんていう名前だったの?」
「ジークフリード。でも、なんかいかめしくて嫌なのよね。大昔の神話に出てくる登場人物の名前らしいけど、情報が散逸しすぎて、よく分からないし」
ジークフリード。
別にそれでもいいじゃないか。
「ジークフリードで行きましょうか」
「えー……」
「じゃあ、自分で決めれば?」
私がここにいることを決めたように、とは言わないでおいた。
私自身はまだ本当には決めていない。二つのアンプルが手元にあることが、それを暗に示している。
どうするべきだろう。このままいつまでも宇宙の片隅を漂い続けるわけにはいかない。食料も水も空気も、いつかは限界がくる。それまでにはどこかに出て、自分とは何者であるかを示す必要がある。
そうして社会で、私の知らない人の間で、一から生きなくてはいけない。
イユスに会いに行くのはだいぶ先になりそうだった。ミメのお見舞いにも行かなくちゃいけないけど、それもまだ先になる。ワヴたちのことは、グリィスがうまくやるはずだ。
私はそっとアンプルを二本とも手に取り、ポケットに押し込んで席を立った。
「どこへ行くの?」
アーキの問いかけに、私はちょっと笑って答えた。
「どこかへは行かなくちゃね。人間ってそういうものよ」
名前は? と言いながらアーキが背後をついてくる。私は構わずに発令所へ向かった。
いつまでもここには留まれない。
先へ進まなくては。
それが私の選択の本質のはずだから。
◆
ニウロタット星系防衛軍は、イポン・ナヴォオ重工から何者かに奪われた新造宇宙艦を一度は確保したが、脱走を許したことを公表した。
新造宇宙艦には乗組員はおらず、搭載された知性体の暴走と推測できるが、その後の消息は不明で、追跡中であるとも伝えられた。
イポン・ナヴィオ重工は新造宇宙艦はテロリストに奪われたと主張したが、それとほぼ同時に工廠衛星アクルィカスを始め、いくつかのイポン・ナヴィオ重工の運用する施設において違法就労が行われていることが告発された。
これにはイポン・ナヴィオ重工は真っ向から否定する姿勢を見せたが、追及する立場の銀河共同体議会の調査委員会は複数の証人を示し、その証言もあり、イポン・ナヴィオ重工は苦しい立場に立たされた。
一部メディアでは、新造宇宙艦の行方不明事件にはサーキュレーターが関与している、と報道したが、サーキュレーターはこの件に関しては犯行声明のようなものは後悔していない。サーキュレーターは各地で小規模なテロを断続的に起こし、従前の独善的な主張を繰り返していた。
宇宙海賊に関する報道は、ほとんどない。宇宙海賊が関わる事案はささやかな日常の範囲内なのだろう。
やがて、新造宇宙艦の行方不明事件に関する報道は鮮度を失い、メディアから消えた。
どこかへ消えてしまった新造宇宙艦、フォートラン級の行方は、杳として知れないままだ。
(了)
フォートラン級を奪取せよ 和泉茉樹 @idumimaki
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