第24話
◆
トキマチの船は名乗ることもなく、フォートラン級を離れていった。
チューブの回収も、ハッチの閉鎖もフォートラン級の側ではアーキが行い、逆にトキマチの船では、おそらく向こうの知性体が制御したのだろう。
あの戦闘指揮室での場に、トキマチの側の知性体は姿を見せなかった。今時、知性体を積んでいない船の方が珍しいし、むしろ繊細な操艦などの際には知性体の人間を超越した能力が必要になる。
アーキと違って慎しみ深い知性体だった、と思うことに私はした。
その方が後腐れない。たぶん。
フォートラン級の艦内に戻ってみれば、ワヴが待ち構えていた。それもそうか、勝手に海賊船に行って話をして、海賊はもう去ってしまったのだ。ワヴは無視されていたことになる。
謝罪から始めて、熱のこもった話し合いになった。しかしそれも短い間だ。ワヴの中ではもう、グリィスを頼ることを決めていたようだ。あるいはミメもそう進言したのかもしれない。ワヴもミメも、グリィスの背景を頼るしかないのである。
とりえずは休息をとって、それから全体に話す。
そうワヴが決め、私は一度、救護室へ戻った。救護室で目覚めた後は、医療用アンドロイドの診察を受けていなかったからだ。自分の感覚としては何の異常もないが、状態を確認するに越したことはない。
通路を歩きながら、自分の頭の中にある情報、トキマチが寄越した情報を確認した。ニウロタット星系における、サーキュレーターと通じている権力者の一覧であり、同時にサーキュレーターの指揮系統の表なども存在する。
トキマチはどうやってこれを手に入れたのだろう。
そんなことは、想像するだけ無駄か。アクルィカスで堂々と教育係をしていたほどの男だ。どこにでも入れて、どんな情報でも入手できる、そう言われても頷いてしまうようなところのある人物だった。
情報は一括してコピーして、グリィスに提出するとしよう。思考補完型人工知能は大きな記憶容量を持つけれど、やや圧迫されていることもある。それに、複製を取っておくのはおおよその場面で基礎中の基礎だ。
救護室に入ると、数人のメンバーが寝台に寝かされていた。明らかに破損していた医療用アンドロイドは撤去され、新たに全部で三体が稼働している。こうなるといかにも救護室は手狭だった。
待っている間に私は救護室までくっついてきたアーキに、その真意を確認した。
「私についてきて、それでどうするつもり? 星系防衛軍に参加するの?」
「そんなわけないでしょ」
笑いまじりにアーキが応じる。冗談を言うな、という表情なのが憎たらしい。
「マナモこそ、出頭して、そのまま処罰を受けるつもり? 命令無視に、独断専行、任務放棄、その他もろもろで、まぁ、罪としては軽くないと思うけど」
私が黙った、というか黙るしかないのは、何も自分のしでかしたことの大きさ、重さに打たれたというわけではなく、そういう全てを放りだそうとしている自分がいることを、真剣に吟味、検討したいからだった。
私は何を望んでいる?
どんな未来を生きたいのか。
どう見ても逃亡にしか見えないし、無責任にしか見えなかった。卑怯であり、独善だ。
ただ、何故か自分がそれを選ぼうとしている。
苦しい思いをすることも分かっている。悩みもするだろう。
それでも全てを放り出したいのは、この一年にも満たない時間で経験した出来事、出会った人々が私を変えたからかもしれない。
正常であろうとする人間、誠実で、正義であろうとする自分を、変えてしまった人たち。
悪に染まったのだろうか。
そうとは思えない。
私は少し、人間らしくなったような気がする。
必死で、惨めで、あがいて、もがく。
それが人間というものではないのか。より楽な方を選ぶこともまた人間らしい。いや、何が楽かなど、終わってみなければわからない。全ての道は等しく闇の中へ伸びていて、見通しなど利かない。山があるのか、谷があるのか、何も見えないものだ。
アーキには未来、これからがどう見えるのか、少し気になった。
人間とはまるで違う感覚を持ち、違う時間の流れで生きている知性体は、未来をどう認識するのか。
私はやはり、知性体から見ても愚かなのか。それとも興味深い観察対象なのか。
アーキは私に興味があるようではある。何がそうさせるのか、私にはさっぱりわからないけれど。
「マナモ、何を考えているの?」
隣からの質問に、いろいろ、と私は答えておく。知性体のような高速で思考できないのが人間なのだ。それを察したのかどうか、アーキは質問を重ねて催促したりしなかった。
そのうちに手の空いた医療用アンドロイドが私の元へ来て、検査をして欲しい旨を伝えると、寝台を示した。横になったところで、アンドロイドのセンサーが私の体を調べ始める。アーキは手持ち無沙汰だったからだろう、ふらふらと救護室を歩き回り、戸棚を見たり、他の患者の様子を眺めていた。
アンドロイドの診察の結果は、異常なしだった。固定さている左肩が一度、解かれて、薬を塗ってから再度、固定される。少しだけ痛みを感じたが、負傷の度合いを考えれば楽だった。痛み止めが効いているのだろうが、逆に不安になる程の効果だ。
治療が終わって寝台を降りると、まるで犬か猫のようにアーキが近づいてきて、明るいニコニコ顔で言う。何というか、この知性体は底抜けに明るい気性だとわかってきた。
「あなたにも休む部屋が割り当てられているけど、案内するね」
「ありがとう」
まったく自然に礼を言っていて、私は自分で自分が可笑しかった。人間相手にするみたいだったからだ。アーキは人間ではないが、アーキと私の関係は人間同士のそれと少しも変わらないのだと、じわりじわりと理解が及んだ。
案内された部屋は四人部屋で、しかし使うのは私一人だという。正規の定員にとても足りない数の人員しか艦内にいないからだそうだ。私はまず部屋に備え付けの端末に、トキマチから受け取った情報を複製した。この端末はアーキの管理下にあるので、個人の端末よりは安全だった。
アーキが何しているのかといえば、空いている寝台のマットレスの柔らかさを確認していた。「意外に固いな」とか「予算をケチるとこういう影響がある」などと真面目な顔で言いながら。
「私はちょっと眠るわ。あなたも、疲れたんじゃない?」
そう声をかけると、ケラケラと笑いながら「充電はまだ大丈夫」とアーキは言った。疲れるというのはそういう意味ではないのだけど、知性体は冗談を理解できない振りをしているとわかってきた私だった。
「あ、そう。じゃあ、寝てる私は放っておいて。出て行くなら、扉をロックしておくように」
「私もちょっと横になろうかな」
「え? なんで?」
「質の悪いマットレスの実際を知るために」
アンドロイドにそんな能力があるとは思えなかったけど、考えるのも億劫なので「お好きに」の一言で済ますことに決めた。いつまでも冗談に付き合っていると、知性の無尽蔵のボケのせいで解放されそうにない。
左肩を気にしながら寝台に横になり、カーテンを閉める。ちょうどいい暗さだ。
姿の見えない相手に声をかける。
「おやすみ、アーキ」
静かな声で返事があった。
「おやすみ、マナモ」
まったく……、おやすみだなんて、こんな言葉を口にしたのはいつ以来だろう、と感慨深かった。アクルィカスでも口にしていたけど、たった今、自分の口から出た言葉とはまるで違かった。
それに、こんな気持ち、穏やかで、優しい気持ちになるのも、いつ以来か。
私は薄暗い明かりの中で目を閉じ、夢の中へと落ちていった。
久しぶりにいい夢が見れそうな予感がした。
(続く)
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