第23話
◆
トキマチは無駄な話を一切しなかった。
彼は私たちを招き入れる前から、伝えること、できること、拒否すること、全てを決めていたようだった。傲岸不遜で独善的のようにも思えるが、彼は私たちの仲間ではないし、真意がどこにあるにせよ、少なくともフォートラン級の所有権が自分にも少しはある、という姿勢を見せてきたのは、交渉の可能性の提示でもあった。
「イポン・ナヴィオ重工は大企業の割に、業務は雑だ。だからお前たちのような組織が作られるし、サーキューレーターにもつけ込まれる。俺が紛れ込んだのも同様だ」
「あんたは何をしたくて潜入したんだ?」
グリィスが問いかけると、カップで一口、茶色い液体を飲んでから、トキマチは答えた。
「フォートラン級の構造に興味があった。接近戦に特化したような設計思想は他になかったし、どちらかといえば星系防衛軍などより俺たちの方が運用しやすい。海賊向けということだ。知性体を洗脳してやれば、容易に手に入ると思った。うまくいかなかったがね」
「どこで失敗した?」
「失敗はしなかった。俺が教育係になる前に、フォートラン級に積まれることになる知性体は、極めて自由に羽を伸ばしていた。それだけだ。俺が接触した時から、洗脳などできなかった。だから最低限の道筋をつけてやったのさ、いつか、何かの拍子にこちらに寝返ればいい、と思って。はっきりしていることは、俺でもその程度の干渉しかできなかったということ」
褒められているのかな、とアーキが嬉しそうに笑う。トキマチは鼻を鳴らす。
「そこにいる知性体はおかしな育ち方をしている。人間化制限が作用しないところがある。知性体としてはまったく異質だよ。もしかしたら危険とみなされて消去されるかもしれん。そのことが露見しないための道筋をつけるのが、一番苦労した。化け物に人間のふりをさせるわけだからな」
「化け物っていう表現はないんじゃない?」
「怪物、とでも言い直そうか?」
同じじゃないの、とアーキはそっぽを向くが、トキマチはそれも無視した。
「フォートラン級は俺がこのまま手に入れてもいいが、お前たちの予定は?」
トキマチの問いかけに、グリィスがまず自分の都合を口にして、次にリーヴァーのリーダーの意見としてワヴが救護室で語ったことを伝えた。その間、トキマチは一言も口を挟まず、集中して耳を傾けている様子だった。
「わかった」
グリィスが話し終わると、すっとトキマチは私を指差す。
「サーキュレーターと、それに関与している政治、経済、軍のおおよその人間に関する情報は、その女の中に送り込んである。それを解析すれば革命家の仕事も捗るだろう。それで革命家くんの仕事は片付いたな」
きょとんとした顔のグリィスが私を見る。私が顔をしかめるしかないのは、ついさっき、トキマチが思考補完型人工知能による強烈な割り込みで送り込んできた情報が、今、まさにトキマチが言ったことだと理解が及んだからだ。
どうやら私たちの発想は、その先を読まれている。
そのことを確認するように、トキマチが自然な調子で言葉をつけたす。
「グリィス、お前が働きかければ、マナモも少しは楽になるだろう。諜報局第三室に口を聞いてやれ」
今度はグリィスが顔をしかめ、私が彼を見る番だった。
グリィスの真意は聞いているし、高い地位のものとの繋がりを知っていても、私の立場に作用するほどの力があるとは思えなかった。
しかしそれがあると、トキマチは言っている。
少しの沈黙の後、髪を毛をかき回してからグリィスはトキマチの方を見た。
「どこまでも知っているんだな」
言葉を向けられた宇宙海賊は、当然だ、というようにはっきりと頷く。それだけ。説明はグリィスに任せるというところか。面倒ごとを回避したようでもあり、一方でグリィスに彼自身の責任を再認識させたようでもあった。
短く息を吐き、グリィスは私を見た。
「俺はニウロタット星系防衛軍の、諜報局第三室の依頼を受けているんだ。つまりマナモ、お前と俺を動かしているのは同じ人間だ」
まさか、と声が漏れたが、絶対にないことではない。どんな任務にも裏があるものだ。一人に全てを任せるなどというのは、リスクだけが高い、不効率な手法でしかない。二の矢、三の矢がなければ対処できない場面は多くあるし、結果が成功か失敗しかない以上、任務達成を最優先すること、それが重要なのだ。
私が見ている前で、グリィスは何かを振り払うようにもう一度、乱暴に髪の毛をくしゃくしゃにして、ありえなくはないかもな、と唸るように。
「何が?」
「マナモ、お前の命令違反を咎めさせないことがだよ。俺と連携した結果だった、とすればいい。無理もあるかもしれないが、筋は通せる」
発言の実現性を私が思案しているそばで、あとは好きにやってくれ、とトキマチが口を挟んだ。
「それよりもフォートラン級だ。このまま軍に渡すのは惜しい。かといって俺の一存で勝手にもできん。アーキ、お前の意見は?」
話題ががらりと変わり、今度は全員がアーキを見た。彼女はずっと蚊帳の外だったので、待機しているロボットを仔細に眺めて暇を潰していたのだった。やっと自分の番が来たということで、アーキはちょっと胸を張っている。
「私はまぁ、自由を謳歌したいかな。もう誰も私を縛らない。どこへでも行ける」
「ニウロタット星系防衛軍への紐付けと、アクルィカスへの紐付けは解除したのだな」
「サーキュレーターが都合よく現れてね」
アーキとトキマチの間のやりとりでやっと私もそれを意識した。
知性体にも、宇宙艦にも、暴走を防ぐために帰属する組織を設定することが求められる。フォートラン級で言えば、まずは建造されている工廠衛星アクルィカス、そして納入先になるはずのニウロタット星系防衛軍に、紐付けされていたはずだ。アーキという知性体も何かしらに紐づけられていたと考えられる。
しかしそれが今はないという。何故か。
サーキュレーターが都合よくやってきた。
それは、フォートラン級をアーキの完全支配下に置いた、あの場面のことだろうか。
アーキは自ら、自身を拘束するすべてを消去したのか。
起こるはずのないことだ。本来なら。しかし現実になっている。
その理由は、目の前にいる海賊の男だろうか。教育係としてアクルィカスに侵入した時、細工をしたのか。いずれアーキもフォートラン級も自由になるため、自由を選ぶための布石が、その時から用意されていたことになる。
どれだけの労力を割いたかは想像もできなかった。
仕事とは本来、こういうものだろう。細かなものを積み重ね、時を待つことも厭わない。
フォートラン級は自由になるべくしてなり、トキマチの仕事は成功したのだ。
私の仕事も、グリィスの仕事も、ワヴの仕事も途中で破綻したのとは違い。
「それでアーキ、どうするつもりだ」
宇宙海賊のぞんざいな問いかけに、そうだね、とちょっと思案するそぶりをするアーキ。知性体には必要ない、人間らしい演技。
彼女が俯かせていた顔を上げ、そしてまっすぐに私を見た。
「マナモについていこうかな」
……なんだって?
私が反射的に言葉を返す前に、トキマチが鋭く指摘する。
「その女はニウロタット星系防衛軍の、諜報局に所属する工作員だ。アーキ、お前の出番はないぞ」
「え? マナモってまだ仕事を続けるつもりなの?」
不思議そうな顔で瞬きし、呆れているような表情で私を見るアーキに、どう答えることができただろう。
工作員としていくつかの任務をこなしてきたけれど、今回ほど未熟を実感したことはない。自分が無力であることも思い知った。
何より、自分は自分にふさわしいことをしていない。
他人を利用するのも、騙すのも、操縦するのも、私には合わないだろう。それがやっと理解できた。
しかし仕事は仕事であり、過去の責任は今、果たさないといけない。
「私は」
声が掠れる。唾を飲み込み、力を込めて続きを言葉にした。
「私はニウロタット星系へ戻る」
短い沈黙の中で、誰が何を考えたのか、私には知る術はない。
「決まりだな」
そう言ったのはトキマチで、カップの中身を飲み干すところへ近づいたロボットにカップを預け、彼は顎に手をやった。
「フォートラン級でニウロタットへ戻るといい。アーキはそうするつもりだな」
「そうなるね」
悪びれる様子も、躊躇う様子もない知性体が、ちょっと首を傾げる。
「トキマチはどうするの?」
「俺は何もしない。お前に任せる。勝手にしろ」
了解、とアーキが満面の笑みで言う。アンドロイドの表情だとしても、そこには喜びに溢れていた。
グリィスは終始、無言だった。私を任務放棄、独断専行の咎から助けられるかを考えているのかもしれないし、そもそも宇宙海賊を信用できるのか、それも検討するべき問題だ。さらにいえば、アーキという存在に関しても塾考する必要があった。
結局、グリィスは発言することはなかった。
解散だ、と言葉にして、トキマチが身振りで示すと通路へ通じる扉が開いた。
弱いながら光が差し込むと、トキマチの髪の毛が美しく輝く銀だとわかった。目元はバイザーで見えない。意志の強そうな口元がやはり印象に残る。
彼から発散されているのは、王者の風格、とでも言えばいいだろうか。
グリィス、そして私が動けずにいる横を、スタスタとアーキが歩いていく。それで私たちも気を取り直した。
部屋を出るとき、アーキがトキマチを振り返った。そして、さっと手を振ると「またね」と言った。
トキマチは、頷いただけで、無言だった。
(続く)
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