第21話
◆
うとうとしているうちに周囲の騒がしさに気づいた。
どうやらかなり深く眠っていたらしい。
目を開くと、まず真っ白い天井が見え、新鮮な空気が意識され、途端に思考がクリアになった。
で、横を見てギョッとした。
医療用アンドロイドが転倒していて、完全に機能が停止していた。一目見て、片腕と、首がおかしな方向に曲がっているとわかるから、間違いなく機能しない。修理も不可能だろう。
いったい、眠っている間に何が起こったのだろう。とんでもないことになっているけど……。
すでに腕に繋がるパックが空になってるので勝手に点滴の針を抜く。気分は悪くないし、左肩の痛みも軽微だ。薬の効果と、動かないようにしっかりと固められているせいもあるだろう。耳の痛みも似た様子。
つまり私はほぼ万全だ。
そっとベッドを降りて、それで騒がしさの理由がわかった。私が寝ていたベッドの奥にあるスペースで、ワヴが呻きながらミメの治療を受けていた。
ワヴが文句を言うのに構わず彼の首に何かの器具をはめて具合を見ているミメを、黙っているミメの代わりにワヴに文句を言い返しながらグリィスがサポートしている。
どことなく、三人とも、すごく具合が悪そうだった。言葉を向け合うのも、空元気というか。
じっと観察していた私にまず気付いたのはワヴで、彼の視線でミメとグリィスもこちらを見た。三人ともが恨めしそうな顔をしている。今までに向けられたことのない眼差しである。
「えっと、何があったの?」
率直に問いかけてみたが、三人ともがため息を吐くだけ。言葉が出ない。相当、申告らしかった。
私が質問を変えようとした時、救護室の扉が開いた。
アーキが入ってくるのに続いて、医療用アンドロイドが姿を表す。アーキはニコニコしているが、医療用アンドロイドに表情はほとんどないし、ワヴたちの険悪な雰囲気は変わらない、というか、より一層ひどくなった気がする。
どうやら私が眠っている間にアーキが何かしたらしい。
医療用アンドロイドがワヴの治療を引き継ぎ、ミメは薬品の棚を漁り始める。棚には処方用端末が内蔵されており、それを使えば症状に合った薬が指示される仕組みだが、ミメは苛立っているのか、端末を完全に無視していた。何の薬を探しているのだろう。
グリィスはムッとした顔で体のあちこちをさすっていた。グリィスが一番話しやすそうな雰囲気なので、声をかける。それでもだいぶ強い圧力を感じたので、気力が必要だった。
「私が寝ている間に、何があったわけ?」
「そこのアンドロイドの中身が」グリィスがあれこれとミメに声をかけているアーキに顎をしゃくる。「宇宙艦で激しく遊んだおかげで、乗組員が負傷した」
「宇宙艦で、激しく、なんだって? 遊んだ? 乗組員?」
「そう、遊んだ。乗組員は幸いにも三人しかいなかったがね。冗談ではなく、死ぬかと思った。あんなことは二度とごめんだ」
言葉が断片的すぎて実際に何が起こったのか、うまく想像できなかった。激しく遊んだって、どういう意味だろう?
「サーキュレーターの追跡はどうなった?」
念のために確認するけど、その前に私は思考補完型人工知能の機能で時刻を確認した。どうやら私は二時間ほど眠っていたようだ。もっと眠っていたような気がする。意外に短いな。
苦々しげな顔のグリィスが絞り出すように答えてくれた。
「サーキュレーターの追跡はあった。実際、戦闘になったよ。知性体が艦を完璧に支配して、実に鮮やかなアクロバット飛行をした。遊びっていうのはそういうこと。極端な機動は艦内の重力制御を一部、超えていた。ワヴの奴は首を痛めた。ミメも似たようなもんだろう。俺は打撲が数え切れない」
「私はなんともなかったけど……」
無意識にそういったところで、不意にミメの隣にいたアーキが振り向いた。
「怪我人がまた怪我するといけないから、繊細にコントロールしてあげたの。意識のない人間はにはさすがに酷だと思ったから」
今度こそ露骨な舌打ちをして、意識があっても酷だったよ、とグリィスが力なく反論した。アーキは冗談でも聞いたようにケラケラと笑っている。その横で今にもゲンコツを落としそうな表情で、ミメが何かの錠剤を数えもせずに口に放り込んで噛み砕いていた。
何はともあれ、サーキュレーターとは戦闘になり、撃退したのだろう。アーキが独力でそれを為したとすれば、知性体とはいえ、特筆に値する。
「援軍があったんだ」
救護室の奥から首を固定する器具をつけたワヴがやってきた。
「援軍? どこの?」
リーヴァーに援軍のツテがあったとは聞いていない。それとも、ワヴの個人的な繋がりだろうか。それとも、グリィスの?
それが、とワヴは言い淀み、ため息まじりに言葉にした。
「海賊が乱入した」
海賊?
「宇宙海賊? 何故? その海賊は今どこに?」
「フォートラン級から射出された救命ポッドの回収をしてくれている。回収が終わり次第、安全な座標へ案内してくれるそうだ」
ワヴの言っていることの意味がわからないのは、私が寝ぼけているせいだろうか。とてもそうとは思えない。だって、あまりにも突飛だ。飛躍しすぎている。宇宙海賊がなんでここへ都合よくやってきて、しかも味方する?
「海賊は、私たちの味方ってこと?」
念のために最低限の確認をすると、ワヴがグリィスに視線を向ける。
「彼女が言うには、ね」
ワヴに促される形でグリィスが口を開いたので彼を見る。グリィスは二度三度と顎をしゃくって、アーキを示した。彼女とはアーキのことか。
しかしそれでも疑問の解消にはならない。
「アーキがどうして海賊のことを知っているわけ? どうして味方だって言えるの?」
直接、少女の姿の知性体に質問を向けると、彼女はちょっと首を傾げ、顎に手を当て、説明が難しいけど、と実に人間らしい言葉を出してから、やっと簡潔に説明した。っていうか、焦らしたよね、今。
「知り合いなのよ。古い、っていうほどじゃないけど、よく知っている」
「どこで知ったの? 宇宙海賊もあなたを知っているの?」
「もちろん。知り合いって、知り合っている、という意味じゃないの?」
今度は意味不明な言語の問題を向けてくるが、話題を変えたいのだろうか。それとも説明が面倒なのか。知性体の考えることはわからない。しかし、はっきりさせておかないと困ったことになるのは間違いない。サーキュレーターを退けた後に宇宙海賊に襲われるのでは格好がつかない。
私は出来るだけ簡潔な言葉を選んだ。
「はっきりさせたいのだけど、その海賊は、敵ではないのね?」
「たぶんね」
「たぶんじゃ困る」
「実際に話さないとわからないよ、マナモ。私は敵じゃないと思っているけど、あなたたちがどう思うかはわからない、という要素もあるし」
はっきりしているのは、とワヴが横から補足した。
「その海賊を名乗る男の乗る船が、サーキュレーターの駆逐艦を撃退した。俺たちは二対一でだいぶ不利だったんだ。それをひっくり返したのは、間違いなく、海賊船だ。高機動タイプで、それほど大きくないんだが、凄まじい性能だった」
ワヴの言葉の端々には感嘆の色がある。それほどその海賊船は圧倒的だったのだろう。
「これからどうするか、話し合ったほうがいいかな」
そうワヴが切り出したところで、俺もそう思うね、とグリィスが言った。二人の男性の間で視線が交錯し、まずワヴが発言した。
「俺はリーヴァーのメンバーのほとんどは身を潜め、何名かで銀河共同体議会の調査委員会に出頭するつもりだった。違法就労を取り締まるための法整備の準備していると聞いている。いきなり名乗って保護してもらえるかは賭けだが、無碍にもされないはずだ。身をひそめる場所は、俺の古い知り合いが都合してくれる予定だった。もちろん、ニウロタット星系の外だ」
大胆というか、間抜けというか、というのがグリィスの返答だった。
「確かにこうなっては間抜けかもな。それもとびきりの。お前の考えは? グリィス」
「実はニウロタット星系のとあるところと繋がりがある。権力を持っている連中だ。そこでリーヴァーのメンバーを匿ってくれる予定になっている」
「なんだって? 権力だと? 革命家の仲間ではなく?」
「そうだ。革命家にも、政治や経済で力を持つ知り合いはいるし、むしろそういう後ろ盾がなければ、活動なんかできないさ。ともかく、俺はリーヴァーを脱走させることで、別の目的も達成できる。そういう算段だったんだよ。リーヴァーは俺にとっては端緒なんだ」
ワヴが責めるような強い視線をグリィスへ向け、グリィスも飄々とした態度ながら、まっすぐにそれを受け止めた。お互いに強気だが、どこか認め合っているような空気が流れた。
私とミメが見守る前で、詳しく話そう、とワヴの方が手を差し出した。どうも、と素早くグリィスがそれを握る。とりあえずは和解、ということだ。それには無意識に肩に力が入っていたのが、ホッと解ける私だった。
「マナモの事情はどうなっている?」
次は私の番だとはわかっていたけど、私に言えることは少ない。
「うーん、本来の任務があったけど、私は上の指示を無視していて、つまり、あまりいい立場じゃない」
「追われる身ってこと?」
不安そうにミメが確認してくるけど、頷くしかない。ミメがチラッとグリィスを見た。グリィスの背後にいる誰かしらの支援が受けられないか、と言いたげな眼差しだったけど、ミメは言葉にしなかったし、すぐに視線を外した。グリィスも気づかないそぶりをしていた。
「マナモのことも、後で考えるとしよう」
ワヴの一言で、この話題は先送りになった。
アーキが「シャトルが格納庫に入った」と不意に口にしたことで、この四人の場は解散になった。
とにかく再び仲間を艦に受け入れて配置するのと同時に、今、自分たちがどういう状況下にあるのかを説明する必要が生じていた。救護室を出る前に、「俺が話す」とワヴが言ったけれど、どこまで、何を、どう話すのか、それをワヴは示さなかった。だけどミメはもちろん、グリィスも、私も何も言わなかった。ワヴがリーヴァーのリーダーであり、責任者だからだ。
ワヴが背負うべきものを奪うのは、冒涜のように思えたのは、私だけだろうか。
ワヴから責任を取り上げるのは、ワヴへの侮辱ではないか。
私は一度、セントラルユニット管理室へ行った。グリィスとアーキがついてくる。
「本当に具合は大丈夫なのか?」
通路でグリィスが確認してくる。彼は私の負傷の度合いを間近で見たから、不安なんだろう。
「大丈夫。かなり楽になった。よく効く薬があるってことね」
「工作員の体力には驚かされる。ま、若いようだしな」
私の外見年齢を指摘したグリィスを横目で伺うけど、おどけた笑みを向けられて、黙っておくことに決めた。アーキはといえば、興味深そうに私たちを見ていた。人間同士のやり取りの意味を読み取ろうとしているような雰囲気。勝手に見ていればいい。
セントラルユニット管理室は静かだった。制御端末は稼働しており、強化ガラスにも無数の表示が映し出されている。もちろん、その向こうでは巨大な球体が止まることなく回り続けている。
少しだけ部屋に、血の匂いがした。
構わずに踏み込み、強化ガラスの全体の様子を見る。そこにある情報からすると、すでにこの艦はシャトルと救命ポッドの収容を終えて、惑星ハーベンバーの重力圏を脱出しようとしているらしい。すぐそばに宇宙船が並んで飛んでいる。それが海賊船ということだろう。
名称は、不明となっている。しかし敵味方識別信号ではすでに友軍のそれになっていた。アーキがそうしたのだと思う。
安心していい相手とアーキは見ている、ということか。
それを信じるとしよう。疑っても仕方がない。
惑星ハーベンバーの重力圏を抜けたところで、海賊船から座標が提示されるのを、私はセントラルユニット管理室で見た。座標というのは超時空跳躍航行で再物質化する座標だ。アーキもそれを読み取ったのだろう、勝手に頷いてから彼女は私を見た。
「まだ私が艦を管理しているけど、勝手に移動していいのかな?」
私に聞かれても。
「安全運転ならいいんじゃないか? ワヴも文句はあるまいよ」
からかう余裕を取り戻したグリィスが冗談を口にしたのに、実に不穏にアーキがにんまりと笑い、
「どうせ一瞬よ。もしかしたら再物質化できないかもしれないけど。あるいは太陽の真ん中で物質化するとか」
と、笑えない冗談を返す。
グリィスが慌てて弁明しようとした時には、強化ガラスに「虚航回路起動」の表示が出て、強烈な目眩がやってきた。強化ガラスの表示が切り替わる。表示は「跳躍完了」に変わっていた。
ちゃんと物質に戻れた。
太陽の中に飛び込むこともなかった。
目眩が収まった後のグリィスは、死人みたいな青い顔で冷や汗を拭っていたけど、アーキには文句も何も言わなかった。きっと一言も、言えなかったんだろう。
私が首を振っていると、アーキも首を振り始めた。
まったく、この知性体はどこまで人を理解しているのやら。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます