第20話

     ◆


 一方、その頃、フォートラン級の艦内では、数人の人間が意識を朦朧とさせていた。

 発令所では艦長席でしきりにワヴが頭を振っている。首に不自然な痛みがあり、ムチウチになったかもしれない。それほどフォートラン級の機動は激しかったし、身構える余裕もなかった。重力制御装置は万全に働いたはずだが、違法なアトラクションに乗せられた気分だ。

 ミメはといえば、彼女も発令所にいたが、操舵士のための端末の前に座り、シートに体を固定していたが、激しい吐き気に今にも嘔吐しそうになっていた。そうしないのはほとんど矜持が許さないという理由だけである。

 もう一人いる。グリィスはセントラルユニット管理室で、椅子もなく、ベルトもなく、とっさに管理用端末に組み付いて悲惨な展開に耐えていた。重力以上の力が発生しているのを、彼は身を以て体験した。スカイダイビングというものの経験もあったが、その方がまだ優しいようにも思えた。

 そうして三人が必死の思いで、知性体アーキによる宇宙艦でのアクロバットをなんとか凌いだが、アーキが通知した敵の増援の到着の報は、彼らにほとんど絶望に近いものを感じさせた。

 これ以上、知性体が自由気ままに艦を動かせば、内部にいる人間の体はバラバラに砕かれてしまいそうだった。

 人間の安全を確保することを言っておくべきだ、とワヴはなんとか声を発しようとし、それより先に通知音が鳴ったことで、機を逸した。

 通知音と一緒にモニターに映ったのは、所属不明の宇宙船が惑星ハーベンバーの至近に超時空跳躍航行で物質化し、そのまま一直線にこちらへ向かってくる、というものだった。

 艦ではなく、船だ。フォートラン級の半分程度の大きさだった。

「敵か?」

 思わずワヴは当たり前のことを聞いていた。味方に心当たりはなかったからだ。

 しかし意外なことにアーキは逆のことを言った。

『味方と言えるかもしれません』

 味方?

 気分の悪い意識を必死に御しながら、ワヴは知性体の言葉の意味を考えた。

 サーキュレーターではなく、星系防衛軍の追手でもないということだろうか。

 では、誰だ?


      ◆


 サーキュレーター所属の改造駆逐艦ラピスラズリの発令所では、艦長席に座る細身の男が引きつるように笑っていた。

「何やってやがる、ロマンサーの奴ら。獲物を傷物にしやがって」

 惑星ハーベンバーの重力圏にまっすぐに突っ込みながら、ラピスラズリの粒子砲が展開される。知性体オリビアがサポートし、照準をフォートラン級に向けようとする。

 ラピスラズリの動きに合わせるようにロマンサーも針路をとり、フォートラン級を狙う。損傷のせいで動きはやや鈍かったが、戦闘力は残っている。知性体同士がデータをリンクさせるので、ラピスラズリの発令所でもロマンサーの状態が把握できるようになった。メインスクリーンの諸情報にもラピスラズリの艦長席にいる男は皮肉を向けていた。

「艦骨格に中程度の損傷だと? やる気がないのか。相打ちくらいに持ち込みやがれっていうんだ」

 ラピスラズリがフォートラン級を照準に捉える。ロマンサーもほぼ同時に照準を定めた。

「撃て」

 艦長の言葉と同時に、ラピスラズリの二門の粒子ビーム砲がエネルギーを解き放つ。ロマンサーからも粒子ビームの光が瞬く。

 フォートラン級は対粒子防御フィールドを、展開しなかった。

 常識はずれの機動で二隻の射線の隙間に巨体をねじ込んでいく。粒子ビームは装甲を炙っただけである。

 ラピスラズリの艦長席の男はうめき声を上げ、即座に知性体に確認した。

「ロマンサーのパウロニアの戦闘情報を閲覧しているか、オリビア」

『はい、マスター。すでに閲覧しました。想定より機敏です。フォートラン級のカタログデータのほぼ全てを発揮していると推測されます。あれで艦の構造に異常が生じないのは奇跡です』

 知性体が奇跡などと軽々しく言うな、という言葉は飲み込み、艦長席の男は二対一の有利を生かして攻めるように指示しようとした。

 その指示がなされなかったのは、警告音が発令所に響いたからである。すぐにオリビアが報告する。

『感があります。頭上です』

 頭上? 真上? しかしラピスラズリはまだ惑星ハーベンバーの地表へ艦首を向けている。

 後ろにつかれているということか。

 しかし、正体がわからない。

「どこのどいつだ? いつからだ」

 発令所の索敵を担当する端末にいるものは混乱しながら、目の前の表示に指を走らせるが、感知できない。わずかなノイズがあるのは理解したが索敵を任されたものには、それは他のノイズと違うものには見えなかった。

 この担当者の経験や技量が不足しているのではなかったが、知性体であるオリビアは、ロマンサーに搭載されている知性体パウロニアとの超高速通信による情報の共有、判断の議論を行うことができた。

 複数の情報が組み合わさることで、ノイズは正体不明の小型の宇宙船だと確信に近い判断が下されたのである。

 ラピスラズリの乗組員、特に発令所にいるものは、知性体へ絶対の信を置いていた。

 背後に敵がいる、と即座に断定し、艦長席の男が艦の減速と防御態勢を取らせる。

 この時には索敵能力を管轄する端末にも、情報が整理され、知性体が感じているままの情報が反映されていた。

 宇宙艦と呼べるサイズではない。戦闘機サイズでもなく、民間の宇宙船のそれに近い。しかしそれにしては索敵装置の反応が鈍いのが気にかかった。

 まさか民間の宇宙船がここへ飛び込んでくるわけもない、と誰でも考える。

 しかし実際に宇宙船はそこにあるらしい。

 では、どこの誰なのか。

 星系防衛軍が宇宙船を一隻だけ送り込む理由はない。なら、リーヴァーを名乗る脱走集団の仲間なのか。そんな立場のものがいるという情報は聞いていない。仮にそうだとしても、駆逐艦二隻を相手取って勝てるという確信があるというのだろうか。

 艦首を引き上げたラピスラズリがスラスタを噴射させ、急減速。

 所属不明船との間合いが一気に狭くなる。ラピスラズリ、対粒子防御フィールドを展開し、対空防御用レーザー砲を展開。万全の構えで、攻撃に備える。

 索敵装置の一つ、光学カメラが対象を視認した。

 宇宙船。サイズこそ大きくないが、一見すると小型の旅客船に見える。

 唐突に、その旅客船に見えていた装甲が解け、爆発するように飛び散る。

 脱ぎ捨てたのは偽装用の装甲パネルだった。奥から現れた流線型の装甲は、どう見ても民間船ではない。接近戦を前提とした、高機動宇宙船である。大気圏飛行用だろう翼が折りたたまれているのも見えた。 

「ミサイル発射管を開け」ラピスラズリの艦長席から声が飛び、端末の前の火器を担当するものが動き出す。

「一番、二番は多弾頭ミサイル。三番、四番からは自航機雷」

 復唱があり、即座にミサイルが四発、発射される。この時にはすでに高機動宇宙船はラピスラズリの至近に到達していた。

 ミサイルがラピスラズリから離れ、極端な機動でなんとか高機動宇宙船に食いつこうとする。

 当然のように、高機動宇宙船はそれをラピスラズリに戻すように、船体を寄せてくる。接近戦においてミサイル攻撃の対処法は、これ以外にない。安全装置頼みの回避術である。

 ラピスラズリが発射したミサイルは目標が艦の至近にあると判断した安全装置により、弾頭の誘導爆弾を解放することなく明後日の方向へ離れていく。

 その代わり、他の二発のミサイルが分離した自航機雷六機は動き始めていた。

 高機動宇宙船を取り囲み、そのまま回避不能な同時攻撃を仕掛ける。先のミサイル二発は誘いだったことになる。自航機雷は誘導爆弾より速度こそ出ないし、重力下では精度が落ちるが、誘導爆弾と比べれば遥かに小回りが利くし、人工知能の繊細な操作は自滅をほとんど誘発しない。

 実際、高機動宇宙船は急機動で、ラピスラズリから離れるような動きをした。

 もちろん、そこにも自航機雷はあった。

 撃沈した。

 ラピスラズリの発令所の誰もがその光景を見た。

 幻の光景だった。

 高機動宇宙船が光を放った次には粒子となって消失し、全く別の場所で粒子を散らしながら姿を現した。

 虚航回路による、情報化と再物質化。

 超超短距離の超時空跳躍航行。

 出現位置はラピスラズリの至近である。真下。

 艦内に衝突警報が響く。

 一瞬の出来事だった。

 高機動宇宙船とラピスラズリが衝突する。

 本来なら、重い方が小さい方を弾き飛ばす。つまり、ラピスラズリが高機動宇宙船を弾き飛ばす。

 しかしそうはならなかった。

 高機動宇宙船が推進器とスラスターのフルパワーで反動に抵抗した。

 驚くべき出力、推力が高機動宇宙船をほとんど静止させ、ラピスラズリの巨体をつっかえ棒のように支えている。

 最初は惑星ハーベンバーの地表に近いのはラピスラズリで、その上に高機動宇宙船がいた。それが超時空跳躍航行で高機動宇宙船は、ラピスラズリの上から下へ移動していたのだが、高機動宇宙船とラピスラズリの位置関係が逆転したのは、しっかりと計算され、狙っての行動だと後になってみればわかる。

 高機動宇宙船がラピスラズリを支えた時、ラピスラズリは高機動宇宙船の側に惑星ハーベンバーの強力な重力で引き寄せられているということになるのだ。

 本来なら考えもしない、起こり得ない事態が起こっていた。

 高機動宇宙船は頑強だった。その上、推力も常軌を逸していた。

 ラピスラズリにその艦首が食い込む。頑丈なはずの駆逐艦の装甲が負荷に耐えきれず、歪み、裂けていく。

 ラピスラズリの発令所では、誰もが混乱していた。警報が鳴り続け、艦は不気味に不規則に揺れていた。

 艦対艦の接近戦では至近距離での砲撃戦はあるし、艦同士がぶつかり合うこともある。

 それでも現状は明らかに異質だった。

 大きさで圧倒的に勝っているはずのラピスラズリが、小さいと言ってもいい宇宙船に破壊されようとしている。ありえることではない。通常なら、ラピスラズリの巨体に押されて、宇宙船の方が惑星ハーベンバーへ落ちるべきなのだ。

「艦を引き上げろ! 上昇だ! 上昇!」

 艦長席の男が狼狽そのままに唾を飛ばして怒鳴った時には、知性体のサポートを受けて操艦担当者がスラスターをフル稼働させ、艦の姿勢を維持し、同時に推進器で高機動宇宙船から逃れようと必死の努力を開始した。

 なんとかもがくように距離をとったラピスラズリだが、その様子は様変わりしていた。

 高機動宇宙船の衝突で、改造駆逐艦の舷側の一部は完全に引き裂かれていた。船殻にも亀裂が生じ、気密の破れを応急処置していた。ラピスラズリの発令所では警報が鳴り止むことはなく、メインスクリーンは警告で埋め尽くされている上に、さらに警告が出る始末だ。

 距離をとったところで、高機動宇宙船は再びラピスラズリを狙おうとしているのは一目瞭然だった。

 遠距離戦で勝てるか、艦長席の男は冷静さを必死でかき集めつつ思案し、即座に諦めた。

 フォートラン級は惜しいが、このまま戦っても得はないだろう。ロマンサーが何をしているかと思えば、フォートラン級に中距離を保って艦砲を浴びせているが、捉えきれていない。フォートラン級の軽業師のような機動は、やはり普通ではない。

 何もかもが異常だと、ラピスラズリの艦長席の男は冷や汗をかいていた。

 口惜しいが、この戦いを続ける意味は少しもない。

 逃げるべきだ。いや、手を引くべきだ。

「オリビア、ロマンサーに通信をつなげ」

『はい、マスター。今、繋がりました』

「ロマンサー、聞こえるか。引き上げるぞ」

 返事はすぐになかったが、恨めしげな口調が帰ってきた。

『負けちゃいないが、このままやっていたら負ける、ってことか』

「ヤブをつついて蛇が出た、ってところだ」

『昔のマイナー言語の格言か』

「フォートラン級以外にも奪える艦はある。今回は不運だった諦めるぞ」

 了解という返事があり、ラピスラズリは向かってこようとする高機動宇宙船を牽制しつつ、惑星ハーベンバーの重力圏を脱出する針路をとった。高機動宇宙船は追撃のそぶりを見せたが、すぐに引き返していく。地表方面へだ。

 ロマンサーがどうしたかとラピスラズリの艦長席の男が見守る前で、ロマンサーも苦労しながらフォートラン級を引き離し、重力圏を抜け出そうとしていく。

 完全に重力を振り切ってから、やっとラピスラズリの発令所にはホッとした空気が流れる。

 しかし艦長席では、男が何度も舌打ちしていた。

 サーキュレーターはお友達の集まりではない。地位もあれば、責任もあり、金の問題もあれば、人間同士の足の引っ張り合いもある。

 この失敗で自分が失脚することもあり得るのに苛立ち、責任を転嫁する相手を探すが、都合よくそんな相手はいない。

 そこへ通信を担当するものが声をかけた。

「フォートラン級から脱出したシャトルが保護を求めています」

 それだ、と思わず声を漏らした男に、発令所の全員が一瞬、艦長席を振り向いた。

 自然さを装いながら、彼は指示を出した。

「保護してやろう。フォートラン級と正体不明の宇宙船から距離をとるように伝えるんだ」

 これで少しは責任を逃れられる、と内心で算段をつけ、男はとりあえずの満足をしたのだった。



(続く)

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