第10話
◆
リーヴァーの会議が開かれたのは、私がアーキと見学という体で一日を過ごした、その三日後だった。
その席でニュートの口から重大な発言がなされた。
イポン・ナヴィオ重工側に内通者を複数用意したというのだ。これにはさすがにその場にいた一同が言葉を失った。
正規の技師、作業員にリーヴァーは働きかけていなかった、私が聞いた限りではそのはずだ。あまりにも危険なのは目に見えている。計画の存在が漏洩する可能性が高すぎる。そもそもの正規労働者が、強制労働をさせられているものの企て、犯罪そのものに加担する理由がない。違法な強制労働に義憤に駆られたとしても。
私は例外の中の例外だ。いや、カッコつけているわけではなく。
ともかく同じこと、情報の漏洩を想像した数人から即座に質問が向けられたが、ニュートは落ち着き払っていた。
「ここにいるみんなの境遇に心を痛め、正しい行動を起こすことを選んだ同志なんだ。決して裏切ることはない」
私には激痛を伴う言葉だった。私自身はリーヴァーを切り崩しに来たわけではないが、私は彼らの中に紛れ込んだ異分子、裏切り者と言われてもおかしくはない。今ではリーヴァーに協力し、その作戦を成功裏に終わらせたいとは思っているし、願っているが、評価するのは私ではない。
「しかしな、利益がないだろう」
別の一人の問いかけに、「利益がない行動を選ぶものもいるさ」とニュートは応じたが、私はその場面ではニュートではなく、すぐ横に立つミメを見ていた。
ミメはまだ発言していない。しかしニュートには協力したはずだった。ニュートが一人で正規労働者を懐柔できるとは思えない。協力者がいたはずで、ミメがその役割だったはず。グリィスは今日は少し離れたところに立っているが、彼の関与もありうる。
私の観察では、ニュートは口は達者だが、どこか信のおけないところがある。それはワヴやミメとは違うし、グリィスとも違う。
印象で人を疑うのは論理的ではない、とは思うけれど、ニュートにはある種の胡散臭さが見え隠れする。
私の視線には気づいていないようで、ミメはじっとニュートを見ている。ニュートは胸を張り、さらに続く反論に正々堂々と応じていった。その間、ニュートはミメの方は一度も見なかった。ミメが発言することもない。
「もう質問はないか」
やりとりが落ち着いたところで、ワヴがそう確認した。挙手も反論もない。
よし、とワヴが頷き、イユスの名を呼んだ。今日のイユスはやはり私とは離れたところに立っている。彼は「何ですか」と少し眠そうに答えた。
「ニュートのサポートはどうなっている? 順調か」
ええ、まあ、とイユスが応じる。覇気のない声だった。
イユスの奴、と私は反射的に彼を睨んでいたけれど、こちらを見ることはない。
ニュートに協力しているなんて、私には一言も教えてくれていないじゃないか。フォートラン級の艦内の端末からその艦の制御権を奪う作戦は現実味がない、と言っていたのに、協力させられているのだろうか。
もしかして何か、フォートラン級を完全に掌握する方法を見つけたのか?
イユスはややぼんやりとした口調で、「ニュートの発想は悪くないかもしれないな」とまず口にして、実行する行動をかいつまんで説明した。全部で二十ほどの端末を掌握し、同時に艦を制御する人工知能に攻撃を仕掛ければ、あるいは成功する、という内容だった。
知性体、ではなく、人工知能、とイユスが口にしたことに私は察するものがあった。アーキを制圧するのではなく、アーキの手足を奪う計画ということだ。
ニュートは得意げだが、イユスは反比例するように、言葉を弱めていく。
「まぁ、攻撃された知性体が黙っちゃいないでしょうけど」
そう発言を終えると、ワヴが私の方を見た。
「マナモ。知性体はどう反応すると予想できる?」
室内のものの視線が私に集中するが、その中でもニュートの射るような視線は不快なほど強い。
「知性体は協力するかもしれませんし、反発するかもしれません」
「はっきりしてくれ、マナモ」
その発言はニュートだった。私は仕方なく彼に向き直る。
「はっきりとさせることはできない。知性体はまさに知性があるのだから、私たちのいいなりになる、まったくの道具になる、ということはないんです」
「人間化制限を調整すれば、道具のように使えるはずだ」
「それはそうかもしれない。でもその時には知性体の持つ性能の一部は失われる」
「使えないよりはいいはずだ。それともマナモ、お前は知性体の肩を持つのか? まさか知性体を友人か何かだと思っているのか?」
強気のニュートの言葉に、私は肩をすくめるしかなかった。挑発するつもりはなかったが、形の上では挑発になった。青筋を浮かべるニュートに、しかし向ける言葉はない。
人間は長い時間をかけて人工知能や知性体について理解を深めてきたが、本当の意味では理解できてはいない。それらは道具にすぎず、人間に絶対に服従するのが当たり前だという理屈はまだ根強い。一部の人間だげが真の理解とでも呼ぶべきものに僅かずつ進んでいるが、あまりにも少数だ。
私もその一員であろうとはするけれど、実際に知性体が私をどう解釈しているかは不明だ。
味方、理解者として見ているかもしれないし、よくいる愚か者と見ているかもしれない。
「マナモ、計画を成功させる気はあるのか?」
ニュートがひときわ強い声でそう私を詰問した時、「それくらいにして」とミメがやっと発言した。ニュートは彼女に視線を送り、ただ頷いた。私に謝罪もなければ、自分の発言への弁明もない。自分が正しいと確信しているのだ。
ミメが私を見ていた。その視線は、ニュートとは違う、柔らかい眼差しだった。
「私とニュートで内通者については責任を持つわ。だからマナモの方では、知性体をどうにか丸め込んで」
あの知性体を丸め込めとは、言葉では簡単だけど、実行は容易ではない。
「努力します」
短く答えると、よろしく、とミメは笑った。
会合はやがて終わり、集まったものたちは三々五々に去っていく。
「マナモ、ちょっといいか」
私はイユスに近づこうとしたところで、ワヴに止められた。イユスは私を見てから、ニュートとミメの方へ行ってしまう。仕方なく、私はワヴと向かい合った。
「なんでしょうか」
「ニュートの計画をどう思う?」
単刀直入な問いかけだった。
「成功するかは」
私は少しだけ声をひそめる。と言っても、ニュートたちとは距離があるし、そばに他に聞いているものはいない。
「五分五分くらいじゃないですか」
「知性体が協力しないから、か?」
「それもありますけど、最新鋭の宇宙艦の設計がそこまで脆弱とも思えない」
「内通者はフォートラン級について熟知しているそうだ。それに、内部から攻撃されることは想定していないともいう」
「それでも五分五分です」
手厳しいな、とワヴは苦い顔で笑うが、すぐに表情を引き締めた。
「もしもの時はお前に動いてもらうかもしれない。俺はあまりにも身動きが取れん」
「え? もしも、というのはどういう時ですか?」
「作戦が破滅的な事態になった時だ」
「それは、例えば一斉に検挙されるとか?」
「フォートラン級への工作をしたという罪で処罰される時かな」
「もしそうなったら、もう手の打ちようがないと思いますけど。この作戦はフォートラン級を奪えなかったら、破滅です」
「うまく、みんなを逃せないか?」
やっとワヴが言っていることの意味がわかった。
フォートラン級強奪が失敗した時、工廠衛星アクルィカスを脱出する方法を用意しろ、というのだ。私に。自分に代わって。
「難しいと思いますけど」
そう咄嗟に口にした私は、怯懦というよりは、実現性を反射的に計算して発言したのだが、難しくても頼む、とワヴは肩に手を置いてきた。力強い、大きな手だ。逃げることを許さないというようでもあり、励ますようでもある。
「俺の方でも出来るだけ考えておく」
「ええ、それは、お願いします。私も何か、方策を練っておきます」
その場でのやり取りはそれで終わってしまった。いつの間にかニュートたちの姿もない。
一人で通路を歩きながら、私は思案していた。
フォートラン級の強奪に失敗した時の足が必要だ。宇宙船か。フォートラン級には格納庫があり、そこに一般的な宇宙船なら何隻か搭載できるが、搭載するのは納入後だろう。
とりあえずおおよそ五十人全員を逃すとすれば、一般的なシャトルが一隻、二隻ということになるが、そのシャトルをアクルィカスで都合するのは至難だ。
一度、フォートラン級に潜入しておいて、フォートラン級を放棄して脱出し、別の方法で改めて工廠衛星から逃亡するなど、無駄が多すぎるし、非現実的だ。
もし宇宙船で脱出するのなら、フォートラン級での脱走計画は実行しないのが合理的だし、普通の発想だ。
次善の策を用意したいワヴの考えも分からなくはないが、どうにも非現実的だった。フォートラン級の強奪と、アクルィカスからの脱走は、同時並行で進めるものではない。
参ったな、と思わず声が漏れるが、聞いているものはいなかった。
この日の三日後、脱出作戦の決行日が決定された。私は宇宙船の手配どころか、入手方法さえも見出せていなかった。ワヴからも、何も言われていない。
決行日は告知された日の三日後がそれで、その翌日にはフォートラン級のテスト航行が行われるスケジュールになっている。その時には備品もおおよそ積み込まれているそうだ。
会議室の面々はいよいよこの時が来たと勇んでいるようだが、私はそこまで興奮できなかった。
クリアすべきものが、まだクリアされていない。何もかもが煮詰まっていない。
何より、時間がなさすぎる。
ワヴは笑顔を見せているが、浮かれてはいない。メミもだ。ニュートはすでに他のものと握手などしている。イユカは眠そうな、疲れた顔だった。
グリィスは、と視線を巡らせると、彼は二人の男性と何事か、真剣な様子で話している。
脱出計画が成功するか失敗するかは、あまり想像したくない私だった。
それでも、計画は動き出してしまった。
最初の一歩は、踏み出されようとしていた。
(続く)
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