第7話

       ◆


 例の会議室でリーヴァーの会合が持たれていたが、ワヴがやってこないのでまだ待機している段階だった。

 私はイユスと並んで、アーキについて議論していた。

 前にアーキと話してから三日が過ぎていて、その間、私はアーキを訪ねるどころか、フォートラン級に近づくこともできなかった。コンテナ運びから仕事が変わり、アクルィカスに運び込まれるもっと小さな荷物を運ぶ役目を与えられたこともある。

 フォートラン級へ忍び込むのにはここのところ、部分的にイユスの力を借りるようにしていた。自力でもできる行動ではあるけれど、イユスを欺くために、一部を彼に任せたのだ。反面、イユスを信用している私がいることを、示したかったとも言える。彼に任せた要素が破綻すれば、私の危険は想像に難くない。

 イユスとは昼の仕事が別になったので、打ち合わせの時間がうまく作れないのが、潜入の先送りの理由だったけど、今、こうして会議室で顔を合わせたので、明日にも忍び込むことに決まった。

「しかし不思議な話だな。知性体は僕たちをサポートしても何の利もない。パートナーと呼ぶ存在を求めることと関係があるのかな。星系防衛軍はパートナーにふさわしくない、とか?」

「防衛軍が建造計画を立案したんだから、その可能性は少ないと思うけど。どこかで何か、認識にズレが生じたのかも。絶対に従うべき相手の防衛軍を信じられなくなるような、何かが」

「でもそれは教育係の仕事の範囲内じゃないのか? 手抜きしたのかな」

「知性体の理屈は私にもよくわからないから、断定はできない。でも、教育係という人物については調べるべきかもしれないとは思う。ただ、この衛星を脱出するのには関係ないから、いつか、そのうちでも構わないかもね」

「教育係なる人物辺りから、知性体を懐柔できる気もするけど、マナモとしては望み薄ってこと?」

「もうこちらになびき始めているから、余計なことはしないほうがいいかな、と思って」

 お優しいこと、とイユスが言った声は、扉が開く音に掠れた。

 入ってきたのはワヴとグリィスだった。その後ろにミメが続いている。

 一目見て、揉め事があったと見て取れた。ワヴは珍しくこわばった表情をしているし、グリィスもやや目尻がつり上がっている。ミメはといえば、憔悴している様子だった。

 ワヴが会議室の奥の定位置につき、報告を求める。新しい情報はなく、私からも「明日にでも改めて接触します」としか言えない。イユスは、フォートラン級の建造計画のタイムテーブル、その最新版について意見を求められ、いつものラフな感じで答えていた。

 フォートラン級はすでに外装の装甲パネルを取り付ける段階で、積み込むことになる物資もアクルィカスに到着し始めている。ミメが挙手して、その物資の積み込みの一部が強制労働者の一部に割り当てられるはずだ、と発言した。

「これまでのイポン・ナヴィオのやり方ではそのはずです」

「フォートラン級の制御にアクセスする起点を作れるか?」

 そう問いかけたのはワヴではなくグリィスだった。ワヴが鋭い視線でグリィスを見るが、グリィスはそれを完全に無視した。ミメはグリィスに、通信経路の起点くらいは作れる、と口にした。

 そこへ手を挙げたものがいる。私も名前を覚え始めているので、ニュートという名前の青年だとわかっている。ミメとよく一緒にいる人物だったが、グリィスがやってきてからはグリィスの愛弟子のような立場に変わっていた。

 イユスが言うには、ミメにフラれたんだろう、とのことだったけど、私にはミメとニュートが恋仲には見えなかった。イユスも人の心までは覗けないのだ、と私は笑っておいた。

 ニュートはミメに対して「何としてもフォートラン級の通信網に割り込む工作をするべきです」と口にした。ワヴがそれをなだめようとするが、素早くミメが答えた。

「なんとか、艦内の端末の幾つかに接点を持つように計画を立てます。それで艦を掌握するハードルを下げられるはずなので」

 不服そうな顔のワヴが他に意見を求めたが、何も出なかった。

 集まりは解散となり、グリィスとミメ、ニュートが何かを話しているのを遠目に見つつ、私はイユスに訊ねてみた。

「端末って、そううまく介入できるもの? アーキの一部のネットワークってことでしょう?」

「やろうと思えば、できるのかもね。看守の副業をしているわけだから、身分は容易に偽装できる。実際は複雑だけど、準備しておけばハッチを開閉する端末に枝をつけるだけでも、部分的には艦を支配できると思う。まぁ、僕としてはオススメしないけど」

「私もオススメはしない」

「だろうね。知性体が人間ごときの平凡な攻撃に対処できないわけがない。逆に利用されてもおかしくないくらいだ。ニュートの奴はちょっと熱くなっているかもな。恋にお熱はつきものか」

 妙なことをいう青年をじっと見ると、あれだよ、と言いたげに顎をしゃくっている。そちらを見ると、まだグリィスとミメ、ニュートが話している。

「まさかイユス、ニュートさんがミメさんにいいところを見せようと無茶している、って言いたいわけ?」

「そ。まさにそう言いたいの」

 ありえないと思ったが、改めて三人の様子を見てしまうと、そうも言えない。ミメはグリィスの方ばかり見ていて、ニュートは二人の間で視線を右往左往させている。

 ありえなくはないかもしれない。

「まぁ、グリィスの旦那は革命家を名乗るプロだからな、うまくやるさ」

 そのイユスの楽観には賛同しかねるけど、他に頼れそうなものがないのも事実だった。ワヴはどうやらグリィスとは折り合いが悪いらしい。ミメがうまく両者の間を取り持ってくれれば、とも思うけど、難しいかもしれなかった。

 ここに至ってリーヴァーが仲違いや分裂を起こすのは危険だった。情報漏洩につながりかねないし、情報が漏れてしまえば看守、あるいはもっと上の管理者に一網打尽にされる。

「何か、その、助言したほうがいいんじゃない?」

 念のために、というか、常識的な安全意識でイユスに確認したが彼は目を丸くしている。

「僕にどう助言しろと? ニュートに、ミメは諦めろ、と言ってやるのか? それとも、ミメをニュートとくっつける? 無茶だろ」

「あなた、ミメさんとは長いんでしょ?」

「僕を引き込んだのはミメだからね。でもそれだけだ。彼女は独立独歩、僕の意見なんか聞くわけがない。ニュートはニュートで僕とは折り合いが悪い。あいつも独立独歩。つまりあの三角関係は、二人が妥協しないがために、解決しない。せめて一人ならなんとかなるかもしれないけどさ」

 参ったね、と私が思わず口にすると、僕もだよ、とイユスは笑っていた。

 そのまま二人で明日のフォートラン級への侵入について話しながら通路へ出たら、なぜか人の流れが滞っていて、進めなかった。

「なんだ? トラブルかぁ?」

 イユスがそう言った時、リーヴァーの男たち、女たちの間を抜けて、小柄な人物が進み出てきた。

 げ、とイユスが声を漏らす。

 見たこともない人物、というか少女だったが、イユスが呻いたのもわかる。

 少女が着ているのはイポン・ナヴィオ重工の事務員が着る制服だった。

 しかし不自然なことに、サイズが明らかに合っていない。タイトスカートはロングスカートのようになり、ボレロも丈が長すぎる。

 成人女性用のサイズで、少女向けの服ではないのだとやっと理解が追いついた。

 その少女の視線が私をまっすぐに見る。違和感があったがすぐには理解できない。それよりも、その口元に柔らかい笑みが浮かび、小走りに駆け寄ってくることに意表を突かれていたのだ。

 少女はまっすぐに私の前に来て、顔を覗き込んでくる。

「お久しぶり、マナモ」

 少女特有の高めのハスキーな声だった。

 ただ、お久しぶりも何も、私はこの少女のことを知らない。アクルィカスで働いている仲間ではない。事務員の知り合いもいない。いやいや、こんな少女が事務員のわけがない。そう、服は借り物だろう。ここに来ても違和感がないから? まさか。違和感しかない。しかし理由は皆目、見当がつかない。

 イユスがまじまじと少女を眺めてから、私を見た。

「どこのどういう知り合いだ? こんな女の子を内通者に仕立てたのか?」

 バカ言わないでよ、と思わず私が口走るのにかぶせるように少女が声を発した。

「内通者に仕立てようとしたのよね、マナモ」

 今度こそ、イユスが私を正気を疑うような目を向けてきた。

「あなた」

 誰? と言いかけて、少女の視線を正面から受け止めた時、閃いた。

 これもまた、人間特有の閃きだろう。

「あなた、まさか、アーキ?」

 私の言葉に、少女はにっこりと笑うと「そうよ」と頷いてみせた。嘘だろ、とイユスが愕然としたように言葉にして、それきり絶句した。そばにいたリーヴァーの面々も胡散臭そうにこちらを見ている。

 私はといえば、素早くアーキの、正しくは人間そっくりのアンドロイドの手を掴み、その場を離れようとした。見た目に反してアーキは重たいが、抵抗しないので私は苦労しなかった。

 アクルィカスの居住スペースの一角である強制労働者のための区画は、大した広さがない。アーキを連れ込める場所も、女性用更衣室だけだった。その更衣室も雑然としている。私が手を離すと、アーキはキョロキョロと視線を移動させている。

「こんなところがあるのね、マナモ。私、知らなかったわ」

「それはどうでもいいのよ。あなた、本当にアーキ?」

 私はよくよく目の前にいる少女を観察した。人間の生身の少女にしか見えない。しかし先ほどはまるで人間の重さではなかった。瞳を覗き込むと、生身の眼球ではないようにも見えたけど、精巧にできているので判然としない。

 少女は自分の制服をつまんで見せて、照れるような表情になる。

「ちょうどいい服がなくて、事務員の制服を用意したんだけど、どう? 似合う?」

 何もかもが人間そっくりで、頭がクラクラする。

「似合うわよ。似合う。でも本当にアーキかはわからない」

「あなたは私に何度も会いに来てくれたじゃない。まぁ、この姿じゃなかったけど。この体は、私の教育用の体なの。人間の感覚を擬似的に体感して、理解するのに必要なのね。どの知性体もこういう体の一つや二つは持っているものよ。アーキなら知っているでしょうけど、もしかして知らなかった?」

「迂闊だった。そういう装置があるのは知っているけど、実際に対面するのは初めて」

「勉強になったわね、マナモ」

 得意げな少女にもう何も言う気になれなかった。

 しかし少女の方はといえば、話したいことが山ほどあるらしい。そういう表情だ。

「あなた、なんで私のところへ来てくれないの?」

「忙しいのよ。都合もあるし」

「楽な仕事を回してあげたはずだけど?」

 楽な仕事? 回した?

「まさか、あなたが私の仕事を変えたわけ?」

「軽い荷物を運ぶ方が楽でしょう? 重すぎるコンテナを運ぶより」

 呆れ返ってもうこのまま帰りたかった。この少女の体を操っている知性体は、私を管理している何者かにそれとなく働きかけたのだ。働きかけた相手は人間ではないはずだ。おそらく強制労働を課されている人々を管理する人工知能に干渉したのだろう。

「何? マナモ、不満なの?」

「まさか。ありがたくて言葉がないだけ」

「なら良かった」

 良かったも何もない……。

「ねぇ、マナモ。あなた、私の様子を仔細に観察したくない?」

「あなたの様子って? どういう意味?」

「もちろん、このアンドロイドのことじゃないわよ。私が収まっている体、フォートラン級のこと」

 もう何が何やら。

「観察って言葉、不正確じゃない? 見物ってことでしょう?」

「あなた、他の人の様子を見ること、見物って言う?」

「観察っていうかもね」

 私は人間で、相手は宇宙艦なんだ。しかしもう、相手をするのに疲れ始めている。

「じゃあ、明日、あなたは休みにしておくから。迎えに行くから支度をして待っていて」

「ちょっと、何を言っているわけ? 強制労働に休みがあるわけないでしょ」

「だから私が休みを都合してあげるって言っているの。服装もね。まさか作業着というわけにもいかないでしょう。安心して。私に合うサイズはないけど、あなたに合うサイズはあるから」

 もう相手が口にしていることがわからなくなってきた。つまり、何?

「いいわよね? マナモ」

「オーケー」

 それ以外に何が言えるだろう。他に言葉を思いつけなかった。

 満足したように、少女が満面の笑みで頷く。

「私はもう帰るけど、あなたの仲間にご挨拶でもしたほうがいいかしら」

「ややこしいことはしないで。まだ機会はあるでしょう。タイムテーブルでは、フォートラン級はまだテスト航行まで時間があるはずだし。あなたもいつでも自由に行動できるようだしね」

「じゃあ、挨拶は後日、改めてということで」

 勝手にしろ、と言ってやりたかった。ぐっと我慢しておいた。これ以上、余計なやり取りをしたくない。

 知性体にも遠慮があったのか、引き下がると決めたようだった。

「バイバイ、マナモ。また明日」

「バイバイ、アーキ」

 手をひらひらと振ると、少女は更衣室を軽やかな歩調で出て行った。私は壁に寄りかかり、しばらく待ってから通路に出た。

 通路は静まり返って、人気はなく、ただ最低限の明かりが長い長い通路を照らし出してた。

 もう少女の姿はなく、痕跡もない。

 明日か……。

 いったい何が起こるのか、どうなるのか、想像がつかなかった。

 久しぶりにまともな服を着れると思えば心も晴れそうなものだったが、それ以上に気が重いのが残念だった。

 勝手にしろ、と言えたらすっきりしたかもしれないけど、そう言っていたら、もっと酷いことになったかもしれないと思うと、気が塞いだ。

 顔も名前も知らない、知性体の教育係が恨めしく思えた。頭の中で架空のその人物を繰り返し詰ってから、私はその場を離れた。ワヴたちに話をするのは後回しだ。今日はもう時間がない。こんな時にイユスがいればうまく間に立ってくれそうなものだが、そう都合よく行かなかった。

 脚が重い。

 疲れているのかもしれない。

 本当に疲れているのかもしれなかった。



(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る