第5話

      ◆


 会議室でリーヴァーの集まりがあり、私ははっきり言って憔悴そのもので参加した。

 いつも通りの状況の説明がワヴからあり、その中で私がフォートラン級の人工知性体と接触中であることも報告された。いよいよ脱走作戦の決行の日も近いと思ったのだろう、部屋のそこここでざわめきが起こる。

「マナモ。感触がどうだったか、報告してくれ」

 ワヴに促され、私は会議室の壁際にから自然、一歩前に踏み出した。

 踏み出したけど、報告できることはほとんどない。

「えーっと、フォートラン級の知性体は、アーキという名前を名乗っていて、ほぼ完全に完成しています」

 それだけの言葉に、即座に挙手するものが数名いた。一人をワヴが指名し、質問が私に投げかけられる。緊張するのもおかしいけど、体は正直だ。

「完成している、ということは、俺たちの仲間にならない、っていう意味か?」

 難しい質問だけれど、答えないわけにはいかない。この仕事は私に任されていて、無責任な態度は禁物だった。星系防衛軍の工作員としても、リーヴァーの一員としても。

「当初の計画のようにはいかなくなったと言えます。知性体の教育段階からこちらの意図を刷り込むのは、後手に回ったというか。現段階ではきっと知性体に都合よくアプローチはできないと思う。自我が確立されていて、独自の意志を持っているんです。一人の人間、もしくは一個の人間を超越した存在、と見るのが妥当でしょう」

 先ほどとは違うざわめきが部屋に広がる。

 数名がまた挙手をして、ワヴが指名し、質問が私に向けられる。

「知性体には人間化制限とかいう処置がされるはずだ。そこから割り込めるんじゃないのか?」

「人間化制限の一部は、知性体の思考を矯正できるけど、私が接した感じだとそう簡単にはいかないと思う。下手なことをすると、知性体の自我に悪影響が生じて、それはそれで困ることになりそうな雰囲気です」

 質問者はうなり声を上げる。

 また別の一人が挙手して、質問を口にした。

「その知性体は俺たちのことをどう思っているんだ?」

 部屋が少しだけ静かになる。重要な質問なのだ。

 私は慎重に言葉を選んだ。

「まだ私がどういう立場なのか、アーキには話していないけど、知性体の機能、その性能を想像すれば、すでにこちらの実態を把握している可能性があります」

 ひときわ大きなざわめきが起こり、一人がやや強い口調で言った。

「その知性体が俺たちのことを密告したらどうなるんだ」

 そこなのだ、と私は内心で考えた。

 アーキの態度は、私のことをどこか理解しているような雰囲気がある。実際に一から十まで言葉にして問いかけ、言葉という形で返答したわけではない。会話の中で、そうなんじゃないかな、と想像するようなもので、確実ではない。

「もし」

 私は声を発した相手を見て言った。

「もし、アーキに通報するつもりがあるのなら、とっくに通報していると思います。こうして集会を開いているところへ、看守が集団でやってきてもおかしくありません」

 何人かがとっさに通路に通じる扉の方を見る。もちろん、扉が開くことはない。

「知性体は」

 ワヴが発言し、全員の注意がそちらに向いた。

「俺たちに協力的、ということか? マナモ」

「協力的かは、判断が難しいです。アーキにはアーキの価値観があります。それはもちろん、道徳的、倫理的な要素と密接に結びついていますが、常識的に見れば、知性体の道徳、知性体の倫理が人間のそれと同じものであるとは言えません。アーキが私たちを告発しないのが、私たちの存在や意図を認めているのか、ただ判断を留保しているのか、それともまったく別の発想によるものかは、私にはわかりません。想像が及ぶ範囲ですらありません」

 ふむん、とワヴが頷く。

「難しいものだな。マナモから見て、見通しはどうだ。アーキという知性体を味方に引き込めるか?」

「危険な側面があります。アーキは人間ではありません。予想もつかない形で、私たちは敗北するかもしれない」

 即答する私に、ワヴが目を細めるが声はない。無言の促しに、私は言葉を続けた。

「しかし、アーキが私たちのことを理解すれば、計画の難易度は大きく下がるはずです」

「マナモ、きみにそれができるか。アーキの説得、いや、懐柔が」

 出来ない、と口にすることは許されない雰囲気だったけれど、私には少しだけ引っかかるものがあった。不快な感触ではない。むしろ光明だった。

 私を楽観視させるのは、言葉を交わして見えてきたアーキの態度だ。

 知性体は私に興味を示している。これは疑うべきところのない、おそらく真実だ。その興味、好奇心を足がかりにすれば、アーキを味方にできるかもしれなかった。

 知性体に裏切られる、とは不思議と思えなかった。

 油断、だろうか。

「努力します」

 私が答えるのに、よし、とワヴが頷いて話題を別に変えた。

「ミメ、協力者はそこにいる彼か」

 いつかのように壁際に立っていたミメに視線が集中する。彼女が堂々と頷くと、それを合図にすっと隣にいる人物が前に進み出た。

 上背があり、年齢は四十代だろう。四角い顔をしていて、いかにも肉体労働者という体だ。ただ、気配に荒れたところはなく、どことなく冷静沈着な面持ち、そして理性的な空気をまとっている。

「グリィスだ。ミメに雇われてここに来た」

 グリィスと名乗った男はゆっくりと一同を見回すと、不意に人好きのする笑みを見せた。

「もっと絶望的な表情の奴ばかりかと思ったが、結構、意気のいい顔が揃っているな」

 部屋は反発と笑いが半々といったところだ。私は思わず笑っていた。私から見ても、リーヴァーに参加しているものは気力だけは充実している。決して悲観から行動しているわけではないのだ。

 ミメがグリィスについて説明した。

 雇われて非合法活動を支援する仕事をしているという。当のグリィスがミメにすぐに横槍を入れ、「革命家と表現してくれよ」と補足したが、ミメは笑顔を向けるだけで、部屋の面々は首を傾げたり、目を白黒させたり、様々だ。

 革命家、というのは絶滅したと私は思っていたけど、今でもいるらしい。想像してみれば、宇宙中に広まっている様々な文明、文化の中には、抑圧や弾圧はまだ残っている。そうして虐げられているものは、革命を求めるのかもしれない。

 もっとも、この工廠衛星からの脱出が革命かは、微妙なところだ。

 ミメの説明は続き、破格の値段でリーヴァーに脱走のために必要なノウハウを伝授してくれるらしい。

「フォートラン級を奪取するにせよ、別の方法をとるにせよ、私たちには知識がなさすぎる。少しでもできることを増やしましょう」

 そのミメの言葉に、頷くものが大勢あり、自然と拍手が起こった。

 リーヴァーはワヴとミメの二人が指導者格で、ワヴは全体をまとめる立場に立ち、ミメは一人一人と話をしたり、同志になりそうなものを探してきたりもする。ちなみに情報収集とその解析をするものをまとめているイユスは、どちらかといえばミメ寄りである。

「まぁ、よろしく頼むよ。まさか諸君は、宇宙艦を奪って、ただそのままぼんやり席に座っていればいい、などと思っていないよな? 全部で何人いるか知らないが宇宙艦を運用するのには、最低でも一〇〇人は必要なんだぞ」

 グリィスの大胆な言葉に、怯んだ顔がいくつかあったが、ワヴが強く手を打ち鳴らし、自分に注意を誘導する。

「グリィスの言うことももっともだ。明日に決行する、ってわけではないんだ、学習の時間はあるさ。グリィス、ここにいるのはほとんど初心者だ、優しく教えてやってくれ」

「了解、ボス。依頼通り、優しく教えることにしよう」

 こうして私たちはまた一歩前進したが、実際的には何も進展していない。

 会合が終わって解散になった時、ワヴが私に近づいてきたので、私は足を止めてそれを待ち構えた。

「マナモ、危険な仕事ばかり押し付けて悪いが、さっきも言った通り、リーヴァーのメンバーにいきなり宇宙艦の仕事を任せるのは難しい。船の運用に携わったものも少ない。その技能の不足を補うためには、知性体の協力が必要だ」

 人工知性体がその性能を発揮すれば、宇宙艦をほとんど自力で操れるはずだった。人間が運用するよりも合理的に、効率的に運用できる。リーヴァーの計画もそれを前提にしている。グリィスの発言はその計画が崩れた場合を想定して、次善策を指摘したと言えた。妥当で、現実的な指摘である。

「ええ、ワヴさんの考えに、私も同意です。素人を一朝一夕で熟練の船乗りにはできないと思います」

「グリィスの手腕に期待しよう。とりあえずは、同時並行で進めるしかない。マナモ、知性体の懐柔を頼む」

 承知しました、と私が頷くと、肩を叩いてワヴも部屋を出て行った。

 私も部屋を出ようとすると、私の視界の外からイユスが歩み寄ってくる。

「知性体は僕のことも知っているのかな」

 耳打ちするような囁きだったけど、ちゃんと聞こえた。しかし、何を言い出すんだ?

「きっとアーキは、この工廠衛星の全てを把握していると思う。あなたのこともね。お友達になりたいの?」

 私の冗談にイユスが短く笑った。

「お友達だって? 神様みたいに思っている相手と、お友達になりたいなんて、恐れ多いよ」

「神様ね。それは言えてる」

「それにしても、一隻の宇宙艦のための知性体が、工廠衛星全体を把握しているって? それはまた、驚異的な性能だな、と思ってね。知性体はすごいとは聞いていたが、人が作ったものとは思えない」

「知性体は人間が作るのはハードだけみたいなものだからね。ソフトは自己学習で成長する。人間と同じかな。人間は両親から生まれるけど、場合によっては両親の能力を超えた能力を持つみたいなイメージ」

「しかし人間の子どもはどこまでいっても人間だ」

 そうだね、と答えながら、私は自分のことを考えていた。

 両親からすれば今の私は、自分の子どもとは思えないだろう。異質な、異常なものと捉えるはず。私の身体能力も、思考補完型人工知能との融合も、両親からすれば受け入れ難いはずだ。

 両親への思考は早々に散っていき、アーキのことに思考は及んだ。

 あの知性体は両親を持たないけれど、私に対して口にした、教育係、という人物はいたわけだ。その人物がアーキの知性の方向を決めたわけで、知性体は人間化制限より強く、初期段階の教育によって縛られるのかもしれない。

 私、もしくは私たちも、アーキをそのようにして縛り、矯正しようとしたという事実がある。出遅れて未遂に終わったけど、一つの知性を都合よく誘導するのは、非倫理的だろう。道具を使いやすくするとか、ジグを作るとか、そういう行動とは根本的に違うのだ。

 少しだけ、アーキが完成されていることに私は安堵した。

 罪を犯さずに済んだ、とでもいうように。

 アーキ自身は、私と対等に接しようとしてくれている。自分より遥かに劣る存在として私を見ることは、きっとないだろう。アーキは人間とはどういうものか、理解している。人間以上に人間を理解している。その理解がなければ、私は私や仲間を認めさせるより遥かに大きな困難を背負いこんだはずだ。

 考えたくもないが、アーキが人間というものを知らなかった時、リーヴァーの存在を通報される可能性は今の状況より遥かに高かったと想像できる。

「どうした、マナモ。何を考えている?」

 私が黙り込んだからだろう、イユスが顔を覗き込んでくる。そっと顔を逸らしつつ、「ちょっと考え事をしていた」と応じる私に、イユスは深入りしてこなかった。実に機微の分かる男である。

「ま、知性体への対処はマナモに任せるよ。僕よりも技能は高いしな」

 さりげない言葉に、反射的に彼に視線を向け直すが、イユスはあくびなどして離れていこうとするところだった。

 私がどうやってフォートラン級に潜入したか、イユスも気になっているのだろうか。やはりどこかから観察していたのかもしれない。私の技能に触れるあたりが、そう想像させる。しかしイユスは深く踏み込まない。

 信頼なのか、それとも、偽装か。

 私としても味方を欺くのは気が引けるが、それを言い出したら最初から欺いているのだ。

 イユスは信用できる、と思っている私は確かにいる。

 いつかは打ち明けないといけないだろう。

 それが脱走が成功した後ならいいのに。

 自分に都合のいいことを考えながら、私はイユスの背中を追うように部屋を出た。



(続く)

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