第3話

       ◆


 アクルィカス工廠とも呼ばれる、工廠衛星アクルィカスは、イポン・ナヴィオ重工の拠点の一つだ。

 ニウロタット星系を構成する惑星の一つ、惑星ニウロタットの衛星であるアラディマのすぐそばに位置し、その位置は常にアラディマと付かず離れずの距離を保っている。それはアラディマが巨大な岩石であり、採掘、採集される様々なレアメタルの輸送に適しているからだ。

 衛星アラディマにはイポン・ナヴィオ重工が提携している採掘会社と鉱物精錬会社の拠点がいくつもあり、日夜の別なく無人ロボットにより鉱物は採掘され、精錬所は休みなく稼動し、次々と資材をアクルィカスに送り続けている。

 もっとも、アクルィカスでの需要を超える資材が手に入るため、アクルィカスは工廠衛星でありながら、各地へと資材を運び出す物資の集積所も兼ねている。それだけの規模がアクルィカスにはあった。

 工廠衛星アクルィカスで働く技術者は一流企業らしい精鋭揃いだが、実はこの工廠衛星には裏の顔があった。

 それは強制労働施設という側面である。

 イポン・ナヴィオ重工は莫大な資産を持つが故に、様々な分野へ企業活動の範囲を広げていた。そのうちの一つが、金融業である。表向きには優良な企業ではあるが、一部の債務者、返済のメドが立たないものが秘密裏に工廠衛星での肉体労働へ駆り出されていた。

 衣食住は最低限、保障される。長い期間ではあるが、最後まで働けば莫大な負債も消えて無くなる。そんな条件に惹かれ、債務者はこの労働に参加する。一部は無事に仕事を終え、日常へ戻ることができるのは事実だった。

 しかし一部は、二度と外へ出ることもなく、命を終える。

 銀河共同体議会の一部の委員会でこの手の強制労働は議論の対象となったが、政治力、そうでなければ財力、あるいは利権の衝突により、抜本的な規制は行われていないのが現実だった。

 私がそんな強制労働の現場であるアクルィカスに「マナモ」という名前で忍び込んでいるのは、イポン・ナヴィオ重工の実態の調査のためだった。非公式の、秘密任務である。

 強制労働の実態を調べ、また労働者の動向を探る。

 一つ目は実にスムーズに進んだ。

 強制労働は非常に過酷だ。丸一日、ひたすらコンテナを移動させられる。コンテナには衛星アラディマから届いた精錬済みの鉱物が詰め込まれており、低重力下でもとても軽いとは言えない。

 このコンテナを移動させるだけの仕事は、コンテナを運搬するトレーラーの経費を浮かせ、同時に、重力制御の細かな手間を省くことができる。

 仕事の内容はこうだ。

 アクルィカスのポートに輸送船が到着すると、そこにはロボットアームで次々とコンテナが下されるが、一時保管用の待機スペースまで運ぶのがトレーラーの役目。一時保管用にスペースからは人力で労働者たちがコンテナをレールに沿って押していく。

 ひたすら押す。押すだけだ。

 監督しているものはいるが、労働者は裏では彼らを「看守」と呼ぶ。

 看守は電気銃を携行しており、労働者が怠けようとすると最低出力で発砲する。手足が痺れる程度の威力だが、まともに食らえば暫くは動けない。その様子にまた発砲され、労働者は必死に立ち上がり、コンテナに組みつく以外に道はない。

 私が潜入してすぐに、親切な人物が教えてくれたところによると、看守が所持する電気銃の最大出力は致命的な威力になるらしい。心停止などという生ぬるい威力ではなく、体が物理的に破壊されるというのだ。

 そんな威力の電気銃を民間で運用していいはずがないが、そんな常識や善意、倫理などが存在しないのが強制労働の現場だと、その人物はなんでもないように話していた。

 私自身、試しに電気銃の威力を確認しようと、コンテナを運ぶ仕事の最中に座り込んでみたが、忠告されていたこともあってだいぶ勇気が必要だった。

 看守は何のためらいもなく私を撃ってきた。

 息が止まる衝撃と、全身に走る激痛。

 それだけだった。

 死ななくてよかった、と安堵しているうちに二発目を喰らいそうだったので、私は地面を蹴ってコンテナに飛びついた。

「僕の話を聞いていなかったわけ?」

 一緒にコンテナを押している件の親切な人物は呆れ返った口調でそう私の耳元で囁いた。顔は必死で、汗まみれ、泥まみれだったけど、私を責める色が濃かった。忠告を無視するな、というよりは、命を大切にしろ、というような色。

 工廠衛星は基本的に清潔で、埃もないような環境だけど、コンテナを運ぶ通路はコンテナ自体が汚れているためにとてもクリーンとは言えない。もっともそれも、待機スペースから保管スペースの間で、全体と比較すれば大した面積にはならない。

「そういえば、電気銃で撃たれすぎておかしくなった奴もいたよ」

 苦しげな声、小さな声で横からそう言われても、私は答えなかった。実際、電気ショックの影響でうまく舌が回りそうにもなかった。何度も撃たれれば、精神的にもダメージはあるだろうと素直に思えたこともある。

 コンテナ運びは十時間、課せられている。休憩は真ん中に一時間。そこは人道的なようなものだが、やはり夜間の休息と同じく、労働者の休憩というよりは、看守の休憩のためである。

 労働者は食堂も別にされ、大した料理は出ない。体力が落ちない程度を絶妙に狙ってるような内容と量である。いつの間にか私の教師役のようになっている件の親切な人物は、「健康的だよね」と難しげな顔で言っていた。

「食べ過ぎることはなく、食べないわけにもいかない。運動させられるけど、運動するのは必要なことだ。だいぶ荒っぽいトレーニングジムだよ、ここは」

 一〇〇パーセントの冗談だろうが、笑えないところがあった。事実、この最底辺の労働者たちは顔色こそよくはないし、生気を失っているように見えるものの、肥満体のものはいない。痩せすぎているものはいるが、そうなったものは自然と脱落すると件の人物は嘆かわし気に口にしていた。

「きみ、なんで借金なんて作ったわけ? 電気銃で撃たれる未来を予想しろとは言わないけど、借金はよくないよ」

 そんな風に諭してくれることもあったけど、まさか偽の借金で、意図的にここに来たとは言えない。

 そういう彼は、ギャンブルで大損したとなんでもないように話していた。その口調は、トレーニングジム発言と大差ない、実に軽い調子だった。

「パチンコもダメ、馬もダメ、ボールもダメだった。たまには勝つんだよ。たまにはね、掛け金が二倍になったりする。で、次にそれをさらに倍にしようとして、すっちゃうんだよね。で、それを取り戻そうとして、金を借りて、増やして、なくして、借りて、の繰り返し。ダメだとわかっていても、続けちゃうのは、ほんと、性分って奴なんだな」

 この人物が真面目なのか、それとも脳天気なのか、学習する知恵があるのかないのか、私にはよくわからなかったけど、少なくともコンテナ運びには真剣に打ち込んでいるし、私にも優しい。こんなところへ来る前に真っ当な仕事に真剣になり、ギャンブルの危険さや借金の結果に気づくべきという気もしたけど。

 こうして私は一人をきっかけに幾人かと接点を持ち、強制労働を身を以て体験した。苦痛ではあるが、耐えられないほどではない。

 重労働に耐えられるのは、これが任務だと自覚しているのと、おそらく義憤のようなものがあるからだ。

 ここでのこの不正だらけの実態を告発してやる。そう思えばこそ、力が湧きもする。

 そんな生活が二ヶ月ほど続いた時、不意に私に声がかかった。

 女性の労働者で、まとめ役の一人だ。まだ若く、亡くなった両親の負債を押し付けられてここにいると私に話したことがあった。

「マナモさん、今日の夜、会議室に来れる?」

 会議室、が何を示すのか、私はその時は理解していなかった。

 正確には、理解している意味とは別の意味があることを知らなかった。

 強制労働をしているものには形だけの小額の報酬がある。それは大抵、看守からタバコを買ったり、酒を買ったりするのに使われる。表向きには債務返済後の生活資金とされているけど、ほとんど全ての労働者は溜め込んだりはしない。

 会議室というのは、まず賭場という意味だった。労働者たちはそこで賭け事をして、報酬を増やそうとする。ただここにも看守が入り込んでおり、実態は看守が労働者から報酬を巻き上げるための場と言える。

 たまに労働者が勝つこともあるが、勝ったものは看守にその殆どを手渡し、賭場を開くことを黙認してくれるように頼むのだ。看守は堂々と受け取り、肩で風を切って去っていく。

 そういう場が、会議室、の意味だと思っていた。

 しかしその日、賭場が開かれ、勝負が終わり、看守が去るところが普段とは違った。

 看守に袖の下が渡され、しばらくここで労働者同士で話をしてもいいか、というやりとりがあったのだ。看守はなんでもないように鷹揚に許し、去って行った。

「さて、邪魔者は去った」

 博打に参加していた男性がそう言って、不敵に笑った。そう、まさに不敵にという感じだ。

 そこには強制労働を課せられて消沈している色は少しもない。

 強気で、生気に満ちて、瞳はギラギラと光っていた。

「フォートラン級が完成するまで、あと半年もかからないだろう。そろそろ動き出さないとまずい。何か新しい情報を仕入れた奴はいるか」

 男性の言葉に、その場にいた数人が挙手して、指名されたものから次々と発言していく。

 驚くべきことに、それはこの工廠衛星で建造中の新規の宇宙艦、フォートラン級の建造に関する情報だった。コンテナ運びをしていてどうやって情報を手に入れているのかは不思議だったが、様子を見ていて気づいた。

 この会議室に集まっている労働者は、脱走を計画しているらしい。

 それも宇宙艦を奪って逃げようというのだ。

 全員が発言し終わった時に、まとめ役らしい男性は「進展はなしだな」と笑い混じりに言った。集まっている者たちも笑っている。逃げ出したいとは思っているし、宇宙艦を奪取できればいいとも思っているのだろうけど、その一方で成功するわけないとも思っているという空気だった。

 それは子どもが夢物語を空想したりするのに近い。いや、もっと現実的な、家を抜け出す計画を夢想する、というところか。うまくいきっこない、うまくいってもその先がない計画は、なるほど、気晴らしにはなるだろう。

 ただ、ここにいる集団がそんな子供じみたことをするとは思えない部分もあった。

 仮に船が手に入るとなれば、彼らは実際に脱走するだろう、と思えた。

「ちょっといい?」

 そう言ったのは、私を連れてきた女性だった。全員の視線が彼女に向く。私は彼女のすぐ横に控えていたので、私は居心地の悪い思いがした。それに次に女性が口にする内容が予想できたことも、不安にさせた。

 女性は私の背中をそっと押して、全員に聞こえる声で言った。

「彼女を仲間に入れようと思うけど、反対する人はいる?」

 男の一人が「背景は調べたのか」と確認してくるのに、女性はあごを引いてしっかりと頷いた。それに危うく彼女の方に向き直りそうになったが、最低限の動きに抑える。露骨な行動は危ういと反射的に思っていた。

 背景を調べる、というのは看守、もしくは企業に通じていないか、という意味だろう。ここでのやり取りが看守やイポン・ナヴィオ重工に筒抜けになれば、どんな罰が与えられるか、想像も出来ないから、それは先に背景を洗うだろう。

 しかし、私の背景をすぐ隣にいる女性はどうやって調べたのだろう。それはすぐには理解できなかった。

 私の疑問など無意味だというように、男性が頷く。

「オーケー、仲間に入れよう。名前は?」

 私は、マナモ、と名乗った。こんなに簡単に了承されるのか、と驚きながら。

 あとは次から次へとこの秘密の計画に参加する人たちから質問を受け、それに答えるばかりになった。どこ出身か、何歳なのか、などという質問には容易に答えらえたし、どうして強制労働などしているのか、という質問にも答えは用意されていた。

 一番困った質問は、好きな食べ物は、だった。

 適当に答えると、今度都合してやるよ、という返事があり、それは何かのジョークだったらしく、どっと場が盛り上がった。私は笑うこともできず、なんとか微笑むしかないが、それはぎこちないものになっただろう。

 そんな具合で、その日の会合は私の紹介の場のようになり、自然と解散になった。

 去っていく人たちの中から、そっと近づいてきた人物がいて、私は目を丸くしてしまった。

 その人物とは件の人物、私に優しい親切な男性だったからだ。

「まさか、ここに参加するとは思わなかったよ」

 彼、イユカは呆れそのものの顔をしてそういうと、さっと手を差し出してきた。握手か、とその手を取ると横にいるままだった女性、ミメが私とイユカの手の上にさっと自分の手も置いた。

 さらにその上から、大きな手が重ねられる。

 その手はまとめ役の男性、ワヴの手だった。

「まぁ、これからは仲間だ、マナモ。イユカが言うには、意外に使えるそうだからな、いろいろと頼む」

 その発言で、ミメの先ほどの言葉の意味が理解できた。

 ミメは私の背景を調べたと言ったけど、ミメ自身が調べたわけではない。

 イユカが調べたのだ。間違いない。私のそばにいたのはそれが理由か。私を脱走計画に巻き込むのは、既定路線ということ。

 どこまで読まれただろう?

 咄嗟に責めるような目でイユカを見てしまったが、彼はのほほんと笑っている。しかし今度は私は笑えない。その様子に、イユカは威圧されたようだった。冗談の口調で弁明する。

「まぁ、情報ネットに潜る趣味は、捨てられないわな」

 イユカの言葉に、ミメが笑っている。

「ギャンブルで八百長を仕組んでも、その趣味を捨てないんだものね」

 バレなきゃいいのさ、とイユカは少し苦味の混ざった顔つきに変わり、それでも笑っていた。

 私のことがどこまで知られているかは判然としないけど、潜入捜査のことは露見しなかったと私は判断した。

 こうして私は、想定外ながら脱走集団に参加することになった。

 これは本来の任務の一つ、労働者の動向の調査には好都合と言えた。

 彼らは自分たちのことを「リーヴァー」と名乗っていたけど、それも滅多には口には出さない。なのでほとんど名もなき集団だった。

 こうしてこの組織に混ざったことで、私が強制労働を意図的に受けるもう一つの理由は、確立された。

 脱走集団の実態を調べること。これは有望だ。労働者の口から強制労働の実態を告発してもらうのは、どうしても外せない要素であるから。

 やがて判明したのは、イユカが調べた私の経歴は、偽物の経歴だということだ。潜入に当たって調べられることを見越して用意してある情報にすぎなかった。

 こうして私は懸念なく本来の目的に飛び込むことができた。

 はずだった。

 それからの自分の変化は、予想外だったから。

 まさか、脱走を実現させるために奔走することになるとは、想像もしていなかった。



(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る