第34話 覚悟
「そ、それはさすがに……」
「四人っていうのがおかしいでしょ!」
「何がおかしいの?」
親友は自分の言動がおかしいと気付いていない。楓子はおかしいことを説明することにした。美耶と雅琉は部屋の入口に立っていたが、話が長くなると思ったのか、楓子たちがいるベッドわきまでやってきた。
「ち、近いんだけど」
「別に今から襲おうってわけじゃないんだし、これくらいの距離で騒ぐことないでしょ」
「ま、雅琉さんも、ち、近くないですか?」
「ねえさんに倣っているだけだ」
説明しようと意気込んでいた楓子だったが、美耶との距離の近さに戸惑ってしまう。ベッドに座っていた楓子と紅葉の二人をはさんで美耶と雅琉がベッドに座り込む。
(こんなことでひるんでいたら、ダメだ)
「け、結婚とか、こ、子供とかは、もっと慎重に考えるべきだと思う」
美耶は楓子に身体を寄せてきた。風呂上りなのか、美耶の髪からは楓子とは違うシャンプーの香りがしてドキッとしてしまう。とはいえ、ドキドキしている場合ではない。先ほどの美耶が出した約束には、楓子たちには到底受け入れられない問題があった。
美耶は笑顔でとんでもないことを約束に組み込んでいた。
「どうして?私たち、もういい年でしょう?うかうかしていたら、すぐに30歳になって、あっという間におばさんになってしまう。それは嫌なの」
「でも」
「でもが多いのはよくないと思うけど。そもそも、私はこれでも最低限の節度は守っているつもりなの。だって、そうでしょう?」
近親相姦も同性同士の行為も認めないもの。
美耶の口から出たのは、またしても信じがたい言葉だった。
「とりあえず、今日は何もしないよ。いきなり連れてこられて混乱しているだろうし。部屋がここを使ってちょうだい。私たちは別の部屋で寝るから」
隣で楓子たちの会話を聞いていた紅葉は驚きで口を開いて固まっている。発言した当の本人はいたって軽い調子でこの話は終わりとばかりにベッドから立ち上がる。
「ああ、やらないと思うけど念のために言っておくね」
楓子と紅葉君でやらないでね。
「やるわけないでしょ!」
楓子の耳元でささやかれた言葉に美耶は嬉しそうに笑っている。そのまま美耶は雅琉を連れて部屋を出ていった。
美耶が部屋から出ていくと、一気に緊張の糸が切れて楓子はベッドに倒れこむ。隣では紅葉も同じように仰向けに転がっていた。
「紅葉はどうやってここに連れてこられたの?」
楓子は美耶に拉致されるようにこの家にやってきた。だとしたら、紅葉も雅琉に無理やりこの家に連れてこられたのだろうか。
「たぶん、姉ちゃんと同じだよ。会社帰りに雅琉さんと偶然会って……」
偶然ということは無いはずだ。美耶たちは楓子と紅葉の会社や家の住所を把握している。きっと勤務時間もわかっているはずだ。一番接触しやすい定時後を狙って楓子たちに近付いたのだろう。
「でもさ、姉ちゃんみたいに拉致されてはないよ。ちゃんと自分の意志でこの家に来た」
「自分の意志……」
「前にも言ったけど、俺は姉ちゃんだけにこの問題を押し付けるつもりはないよ」
「じゃあ、美耶の約束を守って四人で生活するっていうの?」
「それしか方法がないっていうのなら、仕方ないだろ。美耶先輩は俺に、仕事は今まで通りやっていいと言っていた」
紅葉をそこまで追い詰めたのは私だろうか。楓子は弟の献身的な態度を素直に受け入れることが出来ない。そんな楓子の気持ちを知らずに紅葉は言葉を続ける。
「結婚はさ、縁のあった自分と相性が良い人とするんだと思っていた。子供だってその相手と授かればいいなとしか考えていなかったけど」
「う、うん。だから、私は美耶との生活はダメだと。紅葉にはほかにもっと良い相手がいると」
「まあ、今のままだと相手は美耶先輩になりそうだよね。正直、先輩が俺と相性がいいかどうかなんてわからない。姉ちゃんと俺の両方が欲しいっていう変人だしさ。でもさ、俺に他の相手がいるって言ってもさ、実際はいないかもしれない。出会いもあるかどうかわからない。そんなわからない将来ならさ」
なくても問題ないでしょ。
明るくふるまい、何でもないことのように話す弟だが、本心から言っているとは思えない。隣に座る弟の横顔からは何を考えているのかわからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます