第33話 目が覚めると
「ねえ、会社の前で何をしているの?」
「お前が楓子と話していた同僚、か」
タイミング悪いことに、他の社員が会社から出てきてしまった。このまま美耶と話していたら体裁が悪い。しかも、最悪なことに会社から出て来たのは美耶の言う通り、先ほどまで一緒に話していた男の同僚だ。
「君は誰?もしかして、中道さんを悩ませているのは」
「斎藤さん、私のことは気にしないでください。私よりも気にするべき人がいるでしょう?彼女、とか」
「いや、僕は」
「彼女もちが気安く楓子に話し掛けないで」
これは世に言う、修羅場という奴だろうか。自分が第三者の立場だったら、ただ見て面白がる野次馬になれた。しかし今は当事者としてこの場に立っている。
「美耶、場所を変えよう。斎藤さん、お疲れさまでした。お先に失礼します」
同僚に聞かれたらまずい話もある。楓子は美耶の手を取り、会社から離れることにした。
「ねえ、美耶」
会社が見えなくなるまで歩いて、ようやく楓子と美耶は歩みを止めた。名前を呼ばれた美耶はなんとなく嬉しそうにみえる。
「あの男、楓子に気があるみたいだったけど、楓子は私を選んだ」
「別にそういう訳じゃないけど」
「私が勝手にそう思うことにする」
これからいったいどうしたらいいだろう。このまま自宅に美耶を招き入れるのはあまり得策ではない。既に家がばれているとしても、これ以上踏み込まれたくはない。
「それで、この後どうするの?私は早く、楓子を自分の家に招待したいんだけど」
「そ、それは」
「あれから、考えたんだけどね」
美耶はどこか遠くを見つめながら、私の周りを歩きながら話し出す。
「私は楓子と紅葉と雅琉の四人で仲良く暮らしたい。でも、楓子と紅葉君は私と暮らすのは嫌。人間って、なかなか分かり合えない生き物だよね」
「ま、まあ仕方ないことだと」
「でもさ」
美耶は急に楓子の耳元まで近づいた。慌ててよけようにも肩をガッチリとつかまれて身動きできない。
「私、思うんだよね。分かり合えない時の対処法って、一つしかないと」
無理やりわからせるまで。
最後の言葉を聞く前に首筋に痛みが走る。慌てて顔を見上げると、そこには満面の笑みを浮かべた親友の顔があった。楓子の意識はそこで途切れた。
親友の顔越しに見えた空は真っ赤な夕焼け空だった。
(ここはいったい……。私は美耶と会社帰りに話していたはず)
楓子が目を開けると、そこは誰かの家の寝室だった。見覚えのない部屋のベッドに寝かされていた。ベッドから身体を起こした楓子は辺りを見わたす。隣には同じように困惑している弟の姿があった。
「ううん、ここは……。あれ、姉ちゃん?どうして」
「それは私が言いたい」
「目が覚めたみたいね」
『美耶(先輩)!』
声のした方に振り向くと、部屋のドアにもたれかかって立っている美耶の姿があった。出会ったときは黒のパンツスーツを身に着けていたが、着替えたのか今はピンクのフリルのついたパジャマを着用している。
楓子は自分の服装を確認するが、会社を出る前と同じベージュのチェックシャツに紺色のカーディガンに黒のスラックスを着ていた。隣の紅葉は黒いスーツ姿で、楓子と同じ仕事帰りにここに連れてこられたのだろう。
「雅琉、紅葉君を連れてきてくれてありがとう」
「礼を言われるほどのことではありません」
どうやら、楓子の予想は当たっていたようだ。美耶が風子を雅琉が紅葉を拉致するようにここに連れてきたらしい。
美耶の後ろには雅琉も立っていた。上下黒のジャージ姿で腕を組んでいる。入り口を二人にふさがれて、楓子たちに逃げ場はない。窓もあるが、カーテンはしまっている。そこから出るのは難しいだろう。
(ここは美耶の家なのだろうか)
改めて寝室らしき部屋を観察する。部屋の隅に置かれたベッドは楓子と紅葉が寝転がっても余裕があるダブルベッド。壁にはウォークインクローゼットが設置され、壁には本棚が置かれていたが本はまばらにしか並べられていなかった。家にしてはどこか寂しい雰囲気が漂っていた。
「一度家に帰してみたけど、やっぱり私は悠長に待つのって苦手なんだ、って気づいたんだよね。既に3年も待っていたのに、これ以上は無理ってなって」
結局、連れてきちゃった!
楓子と同じ20代後半の女性がえへっと笑う姿は不気味だった。最悪のシナリオになってしまった。連れ去られる危険性を考えなかったわけではないが、こんなに早く行動されるとは思わなかった。てっきり、もう少し猶予をくれるのかと勘違いしてしまった。
「ここは私たちが新たな生活をするための新居なの」
寂しいと思ったのは新居だったからだった。しかし、わざわざ楓子たちと暮らすために新居を用意する親友が恐ろしい。そして、さらに物騒な言葉を親友は続ける。
「私から逃げられないのはわかっているでしょう?」
「でも!」
「楓子が私にどんなイメージを抱いているのかわからないけど、私は別に楓子たちを監禁するつもりはないの」
『エッ?』
楓子と紅葉は思わずハモリを見せて驚きの声を上げる。てっきり、美耶は楓子たちと一緒に居たいがために、自分たちを家に閉じ込めるのだと思っていた。二人の驚きに美耶が理解できないという顔で首をかしげる。後ろの雅琉は無表情で何を考えているのかわからない。
「そんなに驚くこと?もしかして監禁して欲しかったの?もしそうなら、私は全然かまわ」
『遠慮します』
監禁しないというのなら、いったいなんの目的で自分たちと一緒に住みたいのだろうか。楓子は親友の考えを理解できない。
「じゃあ、俺たちは仕事をしてもいいって、ことですか?」
「構わないよ。監禁なんてしなくても、楓子たちは私のもとに戻ってくると信じているからね。でもさ」
約束はしてもらう。
今までの軽い調子ではなく、急に低い声で告げられた内容に楓子と紅葉は息をのむ。そして、内容を理解すると同時に、楓子は改めて親友は常識が通用しない相手だと痛感することになった。
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