第7話 あの笑顔はきっと

 二次会が始まり、楓子と美耶はそれぞれの大学のゼミの同級生や教授たちと語り合うことに専念した。大学の最寄り駅のビルの一室を貸し切って行われた二次会は、たくさんの卒業生や教授で賑わいを見せていた。


「卒業おめでとう」

「ありがとうございます」


「4月から社会人かあ。頑張らなくちゃ」

「せっかく第一志望の会社が受かったんだから、頑張れよ」


 あちこちで、4月からの新しい生活のことを語る声が聞こえてくる。しかし、楓子の頭の中には美耶のファミレスでの会話でいっぱいで、それどころではなかった。


「浮かない顔だけど、何かあったのかい?」


 暗い表情の楓子に気づいた教授が心配そうに声をかけてくる。楓子は無理やり笑顔を作って対応する。まさか、親友だと思っていた同性の親友に告白されて断ったら、親友が自分の代わりに弟と付き合うことなった、なんて正直に言うことはできない。


「いえ、大学の4年間はあっという間だったなって、今更ながらしみじみと感じてしまって」


「そうだねえ。すぐに学生たちは卒業していくねえ」


 教授は周りを見渡して感慨深そうにつぶやく。楓子も会場を見渡すが、すぐに親友の姿を目で追ってしまう。美耶は女性の教授と同じゼミの生徒と歓談していた。楽しそうに話す姿を見て、自分だけが親友に振り回されていると感じてしまう。


「記念撮影しようよ」


 楓子のゼミの学生の一人の提案に、ほかの学生が賛同して教授の近くに集まってくる。


(なんでそんなに近づいて話しているの。美耶もどうしてそんなに近づいてきたのに許してるの)


「中道さんも一緒に……。どうしたの?怖い顔して」


「別に何も、写真だよね。私も一緒に映るよ」


 美耶を見つめていたら、知らず知らずに顔がこわばっていたようだ。楓子はゼミの学生に指摘されて慌てて頬をもんで表情を整える。二次会で変な顔をしていたら、せっかくの祝いの場が台無しになってしまう。


「はい、チーズ」


 思い出に残る写真に邪念は必要ない。自然な笑顔で挑んだ写真撮影だったが、学生から送られてきた写真をスマホで確認すると、少し硬い表情の自分が写っていた。


「きれいに撮れてるね」

「大学卒業の記念にふさわしいよ」


「それにしても、あんたは大学一年からずいぶんとあか抜けたよね。最初はどこの芋草女かと思ったもん」

「私だけじゃないでしょう?ほかにも私みたいに変わった人もいるし」


『懐かしいねえ』


 周りから見たら気にならないらしい。思い出話に花を咲かせている。


(私といる時より楽しそう、に見える。でも、あの笑顔はきっと)


 写真撮影が終わると、すぐに楓子の視線は美耶に戻っていく。美耶のゼミでも写真撮影が行われていた。楓子と違って美耶の表情は明るく、同じゼミの生徒に笑顔さえ見せている。楓子と違って顔がこわばる様子は見られない。楓子がじっと見つめていることに気づきもしない。


「中道さん、さっきからあっちのゼミを睨んでいるけど、誰か、一緒に写真を撮りたい人がいるの?」


「ご、ごめん。気にしないでいいよ」

「ならいいけど」


 立食パーティー形式の二次会では、不自然なほど楓子と美耶の視線を合わなかった。


(もしかして、私と視線を合わせるのが気まずいからわざと避けている?それならそれで仕方ない、かも)


 楓子は自分に都合の良い解釈をして心の平穏を保つことにした。そう思わないと、モヤモヤした気持ちを抑えることが出来ない。二次会の間中、楓子は美耶のことを考えていた。



 楓子の視線を感じていた美耶は心の中で笑いが止まらなかった。まさか、自分に嫉妬している親友の姿を拝めるとは思わなかった。


(嫉妬なんてしていたら、私に気があると思っちゃうよ)


「乗附さん、顔が緩んでいるけど、何か楽しいことでも思い出した?」

「まあ、そんなところ」


 互いが互いのことを考えていることなど知らず、楓子と美耶は二次会で一度も視線を合わすことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る