第8話 おかしいと思っていた

「ただいま」

「お帰り、お風呂に入って今日はもう寝なさい」


 家に帰宅したのは夜の10時頃だった。疲れ果てた楓子を出迎えたのは母親だった。無表情での挨拶に対し、母親がなにか追及することはなかった。今の楓子にとってはありがたい対応だ。


(どうやって、紅葉に美耶のことを話そうか)


 別れるのなら早いほうがいい。弟たちの恋愛事情には口を出さないと決めていたが、状況が変わった。これは口を出すべき事態だ。明日にでも弟に親友の事情を話そう。楓子は心に決めて着替えて風呂場に向かう。


 風呂に入ると、一気に疲れが身体に現れ、湯船につかりながら危うく寝てしまうところだった。そのため、楓子は考えることを放棄してさっさとベッドに入ることにした。ベッドに入るとすぐに意識を手放した。



「紅葉なら、朝早くから大学のサークル活動に行くって家を出たわよ」


 次の日、楓子は弟に親友の事情を話そうとしたが、弟は大学のサークルで家を空けていた。昨日の卒業式の疲れから、楓子が目覚めたのは昼近くだった。二階の自分の部屋から一階のリビングに入ると、そこには母親の姿しかなかった。


「ねえお母さん、紅葉の彼女のことだけど……」


 母親はリビングにあるソファに座り、テレビを見ていた。何とはなしに母親に弟の彼女事情を尋ねると、楓子に顔を向けてうれしそうな顔をする。


「まさか楓子より先に、紅葉の方に彼女ができるなんて驚きだったわ。しかも、まさかそのお相手が楓子の親友の美耶ちゃんだったなんて。美耶ちゃんのことは楓子から聞いていたけど、とても良い子で紅葉にはもったいないくらいの子ね」


「ま、まあ、いい子ではあるけど」


 どうやら、母親は卒業式で会った美耶のことを気に入ったらしい。見た目と話し方からは、やばい性癖も家庭事情もわからない。美耶は楓子と違い、髪をセミロングの茶髪にした二重のぱっちりした瞳で、色白で身長も低めで、ザ・女の子という感じだった。


 楓子は美耶とは反対に黒髪のショートに一重の吊り上がった瞳で色は浅黒い、身長が平均より高めだった。


「それにしても、楓子は美耶ちゃんに彼氏がいて、その相手が自分の弟だってこと、知らなかったの?美耶ちゃんとは卒業旅行にも言っていたわよね?」


 母親の嬉しそうな顔が一変して、心配そうな表情に切り替わる。さすが母親、子供の些細な会話のずれに気づいている。まさか、親友が姉に告白されて、断ったら姉と似ている弟に告白。そしてそのまま弟と付き合い始めた。なんて口が裂けても言うことはできない。


「ええと、その、卒業旅行でちょっと、ね」

「ふうん、でもまあ、大学でできた友達は一生モノともいうし、さっさと仲直りしなさいよ」


「うん、ちゃんと仲直りしておくよ」


 母親はそのままテレビに視線を移してしまった。言いたいことを言えて満足したらしい。テレビを見ると、母親がはまっている中国ドラマの再放送がやっていた。




 4月からの一人暮らしのための引っ越しの準備と、弟の外出が続き、なかなか楓子は弟とゆっくりと話す時間が取れなかった。


(紅葉に避けられている。なんで?)


 一緒に夕食を取るのだが、その後すぐに自分の部屋にこもってしまう。何度か部屋をノックして話をしようとしたが、忙しいと断られてしまった。 


楓子は県外に就職先が決まっていた。住居は会社が補助をしてくれるのでかなり安くマンションを借りることが出来た。実家からは新幹線と在来線を乗り継いで3時間ほどの場所にある。3月の最終週から住み始めることが出来るとのことで、4月1日の入社式の前から現地入りしようと楓子は考えていた。


 弟と話すことが出来ないまま、楓子が実家を出る日当日となってしまった。姉の見送りはしてくれるらしく、弟はその日は外出予定がないようで家でごろごろしていた。楓子は午前中に家から持っていく荷物がないかの最終確認を自分の部屋で行っていた。


 一区切りついたところで休憩がてら、お菓子でも食べようとリビングに向かうと、ソファでスマホをいじっている弟を見つけた。ちょうど両親は別の部屋にいたため、リビングには楓子と弟だけだった。ようやく弟と話せる機会がやってきた。楓子は弟に美耶との関係を尋ねることにした。


「ねえ、紅葉。美耶とはその後、うまくやってる?」

「ああ、言うの忘れてたけど、あの後、すぐに別れた」


「別れた?」


 突然のことに楓子は思わず聞き返してしまう。美耶の話では、結婚相手を大学卒業後から二年以内に自力で見つけないと、両親が勝手に結婚相手を決めてしまうということだった。男が苦手な美耶が新たに男を見つけるとは思えないし、何より楓子のことが好きだと告白してきたのだ。それと似ている弟を簡単に手放すとは思えなかった。


「姉ちゃんは美耶先輩のこと、知ってたの?」

「な、なんのことや」


「同性しか好きになれないって話」


 弟はスマホをソファに投げ捨てて、じっと姉の楓子に視線を向ける。美耶は自分たちのことをどこまで話したのだろうか。まさか、親友の姉に告白して振られたことを馬鹿正直に弟に話したのか。


「どうして俺なんかがって、告白してきたときから思ってたんだ。だって俺って、姉ちゃんに似てるだろ。どっちかっていうと、男らしくないほうでしょ。それなのに、いきなり俺に話し掛けてきたから、おかしいなと感じてはいた」


 楓子がしらを切ろうとしたが、その必要はなかった。勝手に弟の方から美耶との話を始めた。さすがに弟もどこかおかしいと思っていたようだ。とりあえず、親友と別れてくれたことにほっとした楓子は、弟の話を最後まで聞くことにした。

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