第6話 モヤモヤの理由
「美耶の両親、頭硬すぎでしょ」
話を聞き終えた楓子は大きなため息を吐く。あまりにも時代錯誤な親友の話にあきれてしまう。美耶も同じことを感じているようで苦笑している。いつの間にか、二人のグラスは空っぽになっている。二人はいったん、気持ちを落ち着かせるためにドリンクバーに飲み物を補充することにした。
「頭硬いのはもう、あきらめているよ。だって、代々そういう風に育てられてきたんだから、そこから抜け出すのはよほどのことがない限り無理でしょ。まあ、私はそこから抜けるために努力したんだけど」
二人は互いに飲みたいものをグラスに注いで席に戻る。話をしていたらだいぶ時間が経っていたようだ。お昼のラッシュ時間を超えたのか、店内はだいぶお客の数が減っていた。しかし、今日が卒業式という学校が多いのか、楓子たちと同じように時間つぶしのための客もちらほらと存在して、思い出話などをしているようだった。
「でもさ、まさか大学に行くことを許されたと思ったら、その後二年で結婚相手を連れてこいなんて、美耶の両親、理不尽すぎ。しかも、もし相手を見つけられなかったら、勝手に相手を決めるとか。それってそこに美耶の意思が存在しないってことでしょ!」
「そうなるけど、でも私は結果的に、それでよかったと思ってるよ」
「どうして美耶はそんなに冷静でいられるの!まるで他人事みたいな顔しているけど、当事者でしょ」
楓子にはあまりにも現実味のない話だった。しかし、これは紛れもない親友の身に起きている話だ。当事者がどうしてそんな理不尽な目にあって平静でいられるのか。楓子には理解できなかった。
「最初は確かに怒りもわいたよ。でもさ、考えてもみなよ。毎日、日常的に男尊女卑の言葉を聞いてみな。そのうち、怒るのも馬鹿らしくなる。とはいえ、今は楓子が私のために怒ってくれるから平気なんだけどね。私は他人に寄り添える素晴らしい人を好きになったんだなって誇らしいよ」
「な、なんでそういうこっぱずかしいことを平気で言うかな」
「そうでもしないと、私の告白の件、なかったことにしそうだから」
急に空気が軽くなった。重苦しい家庭の事情を話していた時に感じた嫌な空気が一気になくなった。これで美耶は話を終わりにしたいようだ。
「ということだから、私は自分の意志で結婚相手を決めることにして、その候補に弟さんが見事選ばれたというわけだ。喜びたまえ、親友」
「それはまだ早いって!」
親友の話を聞いて、どう慰めたらよいのか悩んでいた楓子だが、気にする必要はなさそうだ。まさか、自分の弟が親友の結婚相手の候補になっているとは思わなかったが、結婚は双方の合意が必要であり、姉弟であっても口をはさむべきではない。
(美耶と紅葉が結婚を合意したのなら、それでいいんだよ)
そう思いたかったが、なぜか心の奥にモヤモヤがたまり、すっきりしない気持ちになった。
「結局、美耶は男が大丈夫だったってことだよね」
楓子は自分の口からこぼれた言葉で、ようやくモヤモヤの気持ちの原因を知る。そうだ、そこが気になったのだ。男の人が苦手だと言っていたのに、結婚相手の候補に弟を選んだ。楓子の弟は楓子によく似て、どちらかというと背も男性にしては少し低めで中性的だ。そのあたりがよかったのだろうか。似ているということは、もしかしたら弟を楓子の代わりにでもするつもりだろうか。
「男は別に今も大丈夫じゃないよ。でも、親を説得するのに楓子じゃ無理でしょ」
ぼそりとつぶやいた言葉はしっかりと美耶の耳に届いていた。そして、それに対する答えは楓子の心にかなり響いた。
「じゃあ、弟は私の代わりってわけ?弟が私に似ていたから、男だから、付き合うことにしたっていうの!」
「ほかに理由があるのなら、教えてほしいんだけど」
「だって、それじゃあ、理由を知らない弟は!」
先ほどまでの空気がまたガラリと変わった。どうしてそのことに気づくことが出来なかったのか。女性である楓子に告白してすぐに弟と付き合うことにしたのだ。両親の考えを聞いた今になって、ようやくわかった。弟は私の身代わりだ。
「紅葉君に行っても無駄だよ。そんな戯言、信じるわけがない。私が男の人が苦手な証拠がないもの」
「でも!」
「この話はこれで終わりにしよ。結局、この話をした時点で、楓子の機嫌が悪くなることはわかってた。今日は大学生活最後の日、卒業式なんだから暗い話はやめよう」
美耶はこれ以上、この話題について話すことはないようだ。急に席を立って歩きだす。慌て楓子も立ち上がり、美耶についていく。
「合計で2400円になります」
「支払いはカードでお願いします」
レジには人が並んでいなかったため、すぐに会計をしてもらえた。美耶が全額支払おうとしているので、楓子が財布を出して割り勘しようとしたが手で制される。その場は美耶が全額払ってしまった。
「後で返す」
「返さなくていいよ。いろいろ迷惑かけることになりそうだし」
後で返すと言っても美耶に断れてしまう。しかし、ここで楓子も引き下がるわけにはいかない。今日、払わなければいつ返せばいいのか。
「ちょうどお金があるから、これでよろしく」
店を出て、近くの公園に立ち寄ることにした二人はベンチに腰掛ける。そこで急いで自分の分の食事代を渡す楓子に、美耶は嫌な顔をしていたが、無理やり手渡すと仕方なさそうに受け取った。
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