第5話 存在自体が愛おしい

「お待たせいたしました」


 店内が混みあっているだけあり、料理が運ばれてくるのに結構な時間を要した。その間に大学生活の思い出を語り合って盛り上がっていた。


「ぐう」


 卒業式で意外と体力を消耗していたようだ。料理が届いたとたん、楓子のおなかが盛大に空腹を訴えた。幸い、賑やかな店内のため店員が気づくことはなかった。テーブルに二人分の料理を置いてそのまま席を離れていく。


向かい側に座る美耶に見つめられるが、無視してすぐに料理に手を付ける。当然、「いただきます」の挨拶は忘れない。美耶は苦笑していたが、何も言わなかった。二人は冷めないうちに料理を食べ始めた。


「まっひゃく、わしゃしは、こんなことでごまかされないから」

「食べながら話すなって、親に言われなかった?」


 いくら親友とはいえ、他人に空腹の音を聞かれるのは恥ずかしい。何も言われなかったが絶対に美耶は空腹の音に気付いている。それをごまかすために、食べながら美耶に話し掛ける。その様子が面白かったのか、美耶は笑っていた。


「やっぱり、楓子はかわいいねえ」

「ひゃに?」


「何でもないよ」


 食べるのに夢中で美耶の言葉を聞き返すが、笑ってごまかされる。その後は無言で互いに自分の料理がなくなるまで食べ続けた。


「よし、ご飯も食べてエネルギーも補給したし、話の続きをしていこうか」


 空腹が満たされ、楓子は美耶に話の続きを促した。夕方に行われる二次会まではまだ時間がある。親友に対する疑問はさっさと解決したい。先ほどまでの恥ずかしさは忘れて口を備え付けの紙ナプキンで拭ってきりりとした表情で美耶に視線を向ける。


「そうだねえ。適当に話をごまかすことも出来るけど……。楓子のその表情を見る限り、ごまかしは通用しなさそうだね」


 はあとため息をついた美耶は、食後にもらった珈琲を一口飲んで、しぶしぶ楓子との弟と付き合うに至った経緯を話し始めた。




 美耶は物心つく頃から、同性を好きになることが多かった。初めて人を好きになったのは小学生のころ。その頃は体が小さく、周りの男子からよくからかわれていた。


「それで男子が苦手になって、女子が好きになったとか?」


 話を聞くと言っていたのに、途中で口をはさんできた親友を無視して美耶は話を続ける。別にそれが原因とはいえない。ただ、きっかけくらいにはなったのかもしれない。大学生になった今ではよくわからない。


「男性が苦手ってわけではないけど、積極的には関わりたくはないかな」


「ああ、それで大学の研究室を女性の教授のところにしたんだね。てっきり私は、美耶があのおじいちゃん教授のところに行くかと思っていたから。だって、興味があるのは絶対そっちだったでしょ」


 そういう親友の勘の鋭いところを美耶は気に入っていた。大学のゼミを選ぶ際に教授のことで迷ったのは事実だ。親友のいうおじいちゃん教授でもよかったが、教授の性格が男性というだけでなく生理的に無理だった。大学生活の残りの時間、一緒に研究をしていかないとわかって断念した。しかし、たまたまその教授の研究内容の次に興味があったのが女性の教授だっただけだ。


(大学教授なんて、男性が多いんだから男性が苦手なんて言っていられないからね)


しかしそれをあえて美耶は言わないことにした。親友が自分の事を男性が苦手だと思わせておくことにした。実際には親友が思っているほど苦手ではないことも秘密だ。


「私の性癖の話はこのくらいで、どうして楓子の弟の紅葉君と付き合うことになったかだよね。実はこれには少し、私の家の事情が絡んでいて……」


 自分の性癖について話すことに抵抗はなかった。すでに親友に告白した時点でばれている。家の事情はそれと関係のあることだが、それを言って親友に嫌われてしまったら。少しだけ美耶の言葉が小さくなる。言葉が止まってしまうが、目の前の親友は真剣な瞳で美耶を見つめてくる。


(もう後戻りはできないし、もし離れていったとしても)


 絶対に逃がさない。


 美耶は自分がこんなに独占欲の強い人間だとは思わなかった。改めて親友を眺めてみるが、どこを好きになったかといわれると、すぐには答えることができない。


(存在そのものが好きなんだよね)


 勘の鋭いところ、女性にしては背が高めで、目が一重ではたから見たら常に不機嫌そうに見えるところ、髪や肌にあまり気を遣わずにいるずぼらなところ、自分の告白を受けても気味悪がらずに、今も一緒に卒業式に参加しているところ。


 だから、本当なら親友と付き合って、一生をともにしたい。とはいえ、それは世間が許してくれない。親友と美耶の性別は同じだ。今の日本の法律では同性同士は結婚できない。


「家の事情って、確か美耶の家っていろいろ厳しいところだったよね」


 美耶の気まずそうな雰囲気を感じ取った親友が顔を覗き込んでくる。言いたくなければ言わなくてよい、という感じではない。ただ、強制的に話せということでもないようだ。ゆっくりとでも話せということかもしれない。


「実はね、私の家ってかなりの男尊女卑なんだ。そもそも、私は大学でひとり暮らしをしているでしょ。これもかなり親に反対された」


 どうあっても、話さないという選択肢はないようだ。美耶は意を決して自分の家庭事情を親友に話すことにした。

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