第4話 どうしてどうして
卒業式の後は学部ごとに二次会が行われる予定となっていた。二次会に参加する楓子と美耶は袴からパーティードレスに着替えるため、袴の着付けなどをしてくれた美容院まで一緒に戻ってきた。
「どうして弟と付き合うことにしたの?紅葉から美耶に声をかけるとは思えないから、美耶から弟に接触したんだよね」
「そうだよ」
「どうして」
美容院の着付けの人に袴を脱がせてもらってからは、楓子と美耶は控え室で二人一緒に二次会用のドレスに着替えていた。ちょうどタイミングよく、控え室には楓子と美耶以外誰もいなかった。楓子が弟とのことを切り出すと、あっさりと美耶は自分から接触したと認めた。
「どうしてって言われても、楓子にはわからない感情かもしれない。卒業旅行のことは覚えてる?あのときの言葉は本当だからね。だからこそ、楓子の弟に声をかけたの」
楓子の真剣なまなざしに気圧されて、美耶は少し戸惑った様子を見せながらも話し始める。卒業旅行のことは記憶に新しい。それと弟に関係があるのはなんとなくわかったが、楓子は親友の口から弟と付き合い始めた経緯を詳しく聞きたかった。
「やっぱり、親友が自分の弟と……なんて、気になるよね。どう話したらいいものか」
美耶は小さなため息をはいた。彼女自身、どうやって親友に話すのか悩んでいるようだった。何か、後ろめたい理由でもあるのだろうか。楓子は急かしたい気持ちをぐっとこらえて、冷静に問いかける。
「私に告白したことが真剣な気持ちだったこと。この言葉に嘘はないって信じていいの?」
楓子は自分の言葉に恥ずかしさを覚えるが、それでも聞かずにはいられない。同性が好きと言っていた口から、異性と付き合い始めたと聞いた時の驚きを想像してほしい。それに加えて相手が告白した相手の弟というインパクト。
「そろそろタイムリミットだね。この話は長くなりそうだから、とりあえず今は、卒業式の二次会を楽しもう」
せっかく話を聞けるかと思ったのに、美耶の言葉が終わるとともに控え室のドアが軽くノックされる。どうやら、他の袴姿の卒業生たちが着替えにやってきたようだ。
「すいません。次の方が着替えしたいと言っているんですけど、入っても大丈夫ですか?」
美容院の着付けをしてくれた女性の声がドア越しに聞こえる。
『大丈夫です』
すでに楓子も美耶も二次会用のパーティードレスには着替え終えている。慌てて荷物をひとまとめにすると、二人は控え室からでて歩きだす。外には3人の袴姿の女性が待っていた。
「では、袴はレンタルになりますのでお預かりします」
『お願いします』
袴はレンタルしていた。レンタル会社が提携していた美容院に予約を入れていたので、返却などの手続きは美容院がしてくれることになっていた。
美容室を出ると、楓子は風の冷たさに身を縮める。3月になり真冬よりも日が長くなってきて気温も上がってきたが、まだまだ風が冷たいときがある。
「二次会まで時間があるし、お昼でも食べようか」
「近くのファミレスでお昼でも食べよう。気になる紅葉君の話もそこでしてあげる」
二人は二次会が始まる夕方まで、大学近くのファミレスで時間をつぶすことにした。
ファミレスは、楓子たちのような卒業生で賑わっていた。しかし、タイミングよく席を空けるグループがいたため、すぐに席に案内された。
「それで、さっきの話の続きを聞かせてくれる?」
席に着くやすぐに楓子は先ほど着替え途中で終わってしまった話の続きを催促する。美耶は苦笑しながら、テーブルにあったメニュー表を楓子に渡した。無言の行動に仕方なく楓子は受け取ったメニュー表のページをめくって、食べたいものを目で追っていくが、すぐに視線を美耶に戻して無言の圧をかける。
「わかったから、とりあえず先に注文をしましょう。混みあってるから早く頼まないといつ来るかわからないでしょ」
「わかった」
美耶の言うことも一理ある。楓子は注文をするため、テーブルにあった店員の呼び出しボタンを押した。
「デミグラスハンバーグセットのドリンク付き一つ」
「同じものをもう一つ」
「デミグラスハンバーグセットのドリンク付きがおふたつですね。かしこまりました。ライスとパンが選べますが」
『パンで』
『ライスで』
「パンとライスを一つずつで手配いたします」
店員がやってきて二人は料理を注文する。声を上げるタイミングが被ってしまったが、店員はキチンと聞き分けられたらしい。注文を確認してそのまま厨房の奥へと歩いていく。
「大学の一年のころから、パンとライスで意見が割れたよね」
「あれから四年かあ。早いね」
「ほかにもいろいろ意見が割れてたよね。よく四年間一緒にいたなって今になって思うわ」
「確かに。結構私たちってそれで言い争いになったよね。例えば……」
パンとライスという些細なことで話が盛り上がり、料理が届くまで、楓子たちは今までの大学生活の思い出を語り合った。
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