第2話 丈とジョイバーの鎌谷さん

 秋の風は心地が良い。夏の暑い空気が少し冷やされて穏やかに吹いていくのだ。芝生の上で寝転がり、その風を浴びる。そんな穏やかな時間がずっと続けばいいのに、そう思う。しかし、人生は常に変化していくように、季節も待ってはくれない。季節の場合は置いて行かれた人は風邪を引く、ただそれだけだ。



 僕と丈はビールを体に流し込んだ。喉越しを感じることなく飲み終わる。必死になって1日中この世界のために働いた人にはそのビールは格別に美味いのだろう。


「ビールを美味いと語れる大人になれるのかな?」


「そう思っているうちはなれない。気づいたら美味いと感じるものさ。だってゴールはビールを美味しく感じることではないからね」


「ならどうすればいい?」


「それが分かったら教えているさ」


丈は僕の心の中をまるで感じ取っているかのような口調だった。実際感じ取っているのかもしれない。親友だから。


「今月はいい事あったかい?」


僕は聞いてみた。


「アイスの棒にあたりと書いてあったくらいさ」


「他は?」


「よく食べて、よく寝た事」


丈はとても真面目な男である。例えば、堤防を登る時は必ず階段がある所のみ。地面が芝生の所は絶対に登る事はなかった。それくらい真面目な男なのだ。だから一夜限りの関係の女なんか1人もいない。愛した人しか抱く事がないのだ。僕はそれを否定しているが、心のどこかで羨ましいと感じる所もあった。



 時計の針は10時を指している。丈は真面目であるからそろそろ帰る時間だ。

 今日は女を捕まえられなかった。僕は1人で孤独な夜を過ごすのだ。


「今日は女を捕まえられなかったみたいだね」


「ああ、そういう日もあるさ。丈は捕まえたくもないんだろう?」


「愛した人しか抱きたくないんだ。というより、後味が悪いからね」


「後味を気にしなければいい」


「食べ物と同じさ。胃から嫌な味がしてくる。セックスは胃からではないけどね」


それはわかっている、と2人は微笑んだ。



 丈が帰ったあと、ジョイバーを経営する倉谷さんに話しかけた。


「倉谷さんは何のために生きているだい?」


「模範解答はお客さんの笑顔のためだとか、お客さんの憩いの場を作るため、であろう」


「きっとそうだね」


「きっと模範人間は少なからずこの世にいる。だけどそれは生まれ持ってスポーツの技術が兼ね備えられている人のように、誰しもが持つ力では無いと思う。ほとんどの人は趣味や世界の役に立ちたいという思いと同時に、お金を稼ぐという気持ちが出るものなんだ。」


僕は頷いた。


「きっと君も、生まれながらに兼ね備えられている技術はないだろう?僕も同じさ。だから、こう考えるんだ。お金稼ぎのための仕事を出来るだけ人の役に立つ、そして世界の役に立つという意識を付けていく。」


「鎌谷さんは出来ているのかい?」


「いいや、ほとんどできていないんだ。だからこれもただの綺麗事に過ぎないのかもしれないね。しかし本当に大切な事ではあるんだ。もしかしたらこの世界はそういう事なのかもしれないね」


「そういう事って?」


「本当の欲求を他人に見せない。お互いが1番Win-Winな関係のまま継続しようと、そう考える。それでこの世界は成り立っているのかもしれない。ならさっき言ったことが嘘みたいになってしまうね。これほど曖昧な事なんだと思う。本当に難しい所なんだ。」


「ありがとう。」そう言って僕は最後の1口を飲んでジョイバーを出た。



 東京の家は大抵鍵が空いている。マンションはオートロックがあるから尚更そうだ。だから、今日も鍵を開けたままジョイバーに出掛けていた。

 今日は酷く寂しい夜になりそうだ、そう思って玄関のドアを開けた。すると、目を疑う光景がそこにあった。玄関に並べてあった靴は酷く散乱し、トイレのドアが開きっぱなしであった。泥棒が入ったのだとすぐに察した。僕はすぐに玄関にある金属パッドを持って、リビングのドアを開けた。すると、ソファーの上に女がすやすやと寝ていたのだ。

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2022年のベッドの上で @kamimuraharu

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