壱9 廃教会のシスター?④

 クロだ、とヘルは言った。そんな馬鹿な。ラキネアさんは異音については何も知らないと言っていた。嘘なんて吐いている様子はなかった。俺が何か見落としていたのだろうか。




「クロって、どういうことだ」




 ヘルは外套のポケットから何かを取り出した。破片だ。指で摘まめる程度の大きさの破片だった。曲線を描いているそれは、どこかで見たことがあるような形状をしていた。




「人間の爪だ」




 想像したくなかった。どうしてそんな物が教会で見つかったのか。




「ど、どこで見つけたんだ?」

オレ達が入った部屋の反対側の部屋だ。同じような構造だったぜ。中はちょいと荒れてたけどな」

「……そこに爪が落ちてたのか」

「ああ。我ながらよく見つけたなぁって思うぜ」




 俺はまだ信じてなかった。ヘルが見つけた爪が、ラキネアさんと関与している証拠とは限らないじゃないか。心のどこかで彼女のことを信じたい自分がいる。俺がお人好しだから、こう思ってしまうだろうか。



「ここって廃教会だろ、以前怪我した人が立ち寄った時に落ちたのかもしれない」

「まぁてめぇならそう言うだろうと思ったよ……残念ながらそれは無ぇ」

「どうして」

「新しいんだよ。ここ見ろ」



 爪の裏を見る。赤い色の液体が付着していた。なんなのかはすぐに分かった。

 血、血液だ。




「変色してねぇだろ。落ちて十分経つか経たないかってとこだろうな」

「そんな……じゃあラキネアさんの物っていう可能性は」

「ねぇな。そんなすぐに怪我したなら、てめぇがあの女を呼びに行った時点で何かしらの処置をしてる筈だ。そんな様子もなかったろ?」

「……その通りだ、でも」




 俺は次の句を継げなかった。分かってる、分かってるけど、どうしても聞かずにはいられなかったんだ。ヘルも多分俺の心情も察してくれているんだろう。突っぱねたりせずに、俺の問いに返してくれている。このままでは駄目だ。お人好しのままじゃ、シュウに追い込まれた時と何も変わってない。ブレるな、犯人は明白だろう。

 



 俺も覚悟を決めなければ。

 ラキネアさんを糾弾する覚悟を。




「ごめんヘル、もう大丈夫だよ」

「お、もういいのか?」

「……やっぱ分かってたか」

「そりゃな」




 意地の悪そうに笑う相棒の隣に立って、俺達は共に教会へ向かった。




――――――ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー―――





 教会の中にはラキネアさんがいる。彼女に気付かれずに侵入しなければ、と思っていたけどヘルはずんずんと入口に歩いて行ってしまう。



「おいどうする気だよ」

「あ? どうもこうもねぇよ、中に入るんじゃねぇか」

「そんなんバレちまうぞ」

「別にいいだろ、オレ達が正体に気付いたってわけじゃねぇんだし。それによ」



 言いながら、ヘルは扉の取っ手に指をかける。振り向いてこっちを見たかと思うとにやー、と悪い顔をした。




「妙な動きしたら、とっちめちまえばいい」




 こいつは、ラキネアさんが強かったらどうするんだよ。俺が止める間もなくヘルは扉を開け放った。堂の中に足を踏み入れる。その瞬間、異変に気付いた。俺達の足音に混ざって地面から何か聞こえる。おおお、おおおん、と地鳴りのような音だ。物音と言うよりは呻き声と呼ぶのが正しいだろう。これが依頼者が話していた異音か。




「地下の入り口なんてなかったぜ」

「隅々まで見たか?」

「おいおい舐めてんのか、あたりめーだろ」

「本当に? あんま時間なかったと思うんだけど」

「……さぁてどっかに変な所ねぇかなぁ」



 爪拾ってすぐ俺のとこ来たのか。まぁあの血が固まって変色する前に見せないと、ってなるとそんな時間もないわな、と考えてそれ以上詰めるのはした。




「あの部屋は、ほらお前が爪見つけた部屋」

「おー確かに……じゃねぇ、オレも今そう言おうと思ってたんだよ」

「はいはい」



 適当に返して件の部屋に入る。中はぼろぼろ、堂内の損壊具合と遜色なかった。ラキネアさんは自分が過ごす部屋しか整頓してないようだ。呻き声は相変わらず、いや、さっきよりも大きくなっている。ここに何かあるのだろうか。




「爪はどこに落ちてたんだ?」

「ここ、木箱の横の辺りだ」




 所々穴の開いた箱の隣に座って、ヘルが床を眺めている。箱を動かしてみるけど、それらしい痕跡は見当たらない。しかし声は近い。この部屋が怪しいのは間違いなさそうだけど。




「その箱見せてみろ」

「え、ああ」



 持ち上げていた箱をそのままヘルに渡す。振ったり、軽く叩いたり、色々試しているようだが成果は得られてないようだった。俺は目を離して、他を当たろうとした時にあっ、と声が聞こえた。



「何かあったのか!?」

「……これ」




 木箱の外側の裏、緑色の魔法陣が描かれていた。

 魔法陣、決められた手順で陣を描き魔力を込めると、使用者の用途に沿った魔法を仕込んで発動できる魔法の一種だ。作成に手間がかかるが、その特性から罠に使ったり持ち運びが可能な代物だった。

 



 しかし、何でこんな所に魔法陣が描かれているのだろうか。




「触ってみっか」

「おい危ないぞ!」




 ヘルが陣に手を当てるが何も起こらない。罠ではないみたいだけど、いくらなんでも不用心すぎるだろう。




「攻撃魔法だったらどうすんだよ!」

「かかか、ちょっとやそっとじゃ効かねぇよ。鉱物だしな」



 そういえばそうだった。こうして会話してると頭から抜け落ちるんだよな。いやいや、それでも攻撃されていい理由にはならない。




「全く……気を付けろよ本当に」

「悪ぃ悪ぃ。しっかし、これ何なんだろうなぁ」




 罠じゃないとしたら、この魔法陣の用途はなんだろう。俺が悩んでいると、不意にヘルが部屋を物色を始めた。物をどかし、棚を開ける。呆気に取られている俺を余所に漁っている。どこかの棚の中を見たヘルが動きを止めた。と思えばこっちに視線を寄越した。




「あったぜ」

「え?」

「見てみろ」



 言われて棚を覗く。そこには、魔法陣が描かれていた。




「もう一個? どういうことだ?」

「……思い当たることがないこともないぜ」

「なんだよ」

「駄目で元々、試してみるか」




 と言って、ヘルはさっきの木箱を脇に抱えた。棚の前に立って箱を顔の前に待ち上げる。そして、棚の魔法陣へ箱の裏を重ねるようにしてくっ付ける。






 棚がすぅ、っと消えて棚があった場所の下、地下に続く階段が現れた。そこからは一層強まった呻き声が聞こえていた。




「あの魔法陣、鍵だったみてぇだな。よっぽど隠したいことなんだろうぜ」

「……行くしかないか」

「おうよ」




 先を行くヘルに続いて、俺も階段を降りて行く。

 ここから先何があっても迷うことだけはしない、としっかり肚を括った。

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