壱8 廃教会のシスター?③

 作戦を練り始めてどれくら経っただろう、気付けば日が傾いてきた。

 そろそろ頃合いか、俺は立ち上がって服に付いた土を払う。



「大方段取りはできたけど、一応動き方の確認しとく?」

「まずは日が落ちるのを待つ、んで片方がシスターの誘導、片方が隙を見て教会の中を捜索、何か分かった時、もしくはシスターの足止めに限界が来たら教会担当に合図を送る、こんなとこか」




 日が落ちてからじゃないと異音がしないのかもしれないし、音がした方が場所を特定しやすいから、と判断した。音の正体が人の声ではないことを祈るしかないが、こればかりは起きてからじゃないと確認のしようもない。



「そんで役割だけど、俺が誘導、ヘルが教会でいいな?」

「おう。ただまぁ、万が一あのシスターが勘付く可能性もゼロじゃねぇ。やばくなった時も知らせろよ」

「ああ、分かってる」



 俺とヘルは常に魔力が同期された状態にある。魔力を自在に使うためにはお互いに触れる必要があるけど、この状態を利用して簡単な信号ならば送り合うことができる。どれだけ離れていてもだ。今回のように別行動をする時には、中々役立つ仕様だな、なんて思う。




「んじゃあ行こうぜ」

「……よし!」



 俺は胸に手を当てて、教会に向かった。







 教会の中に入って、ラキネアさんの姿を探す。堂にはいないみたいだし、個室の中だろうか。扉の前に来て軽く叩く。どうぞ、と返事があった。開けて室内を覗くと、ラキネアさんが紅茶を飲んでいた。



「おやお昼間の。なにか分かりましたか?」



 この人は何かを隠している、と認識を改めた後だと白々しささえ覚えてしまう。だがまぁ、もしかしたらヘルの杞憂の可能性もなくはない。相棒の言葉は信じているが、自分で確かめるまではラキネアさんに先入観を持たないように気を付けていた。



「いえ、調査は芳しくないですね。夜になれば何か分かるかなと思ったんですが」

「心中お察ししますわ」

「お気遣いどうも……あのぉ、少しお願いしたいことがあるんですけど」




 ラキネアさんはきょとんとした。紅茶を飲む手が止まっていた。




「わたくしにですか?」

「はい、あなたにしか頼めないんです」

「はぁ……どのようなことでしょう?」

「ここではなんですから、外に出ませんか」




 我ながら雑な誘導になってしまった。声は震えたり、挙動もおかしくなかった、筈だ。ラキネアさんの様子を伺う。怪訝な顔をされるかも、と思っていたが、案外直に彼女は椅子から立ち上がった。



「構いませんよ」

「助かります」



 通ってしまった。驚きを見せないように用心して、共に教会の外に出る。俺達が出たところを見計らって、ヘルが教会に侵入する手筈だ。近くの草むらまでラキネアさんを誘導する。彼女に万が一気付かれないように、教会に背を向けるように位置取りをした。

 ここからが勝負だ。俺は嘘が苦手だし、適当な会話では怪しまれるかもしれない。だからラキネアさんが何か隠してる、と疑念をそのまま伝えてみようと考えた。




「それで、頼み事とは?」

「……ラキネアさん、何か隠してますよね」

「え?」

「本当は何か知ってるんじゃないですか。ここで起きてる事について」



 こちらの目的は異音の正体を掴むことだ。ラキネアさんが隠し事をしていたとしても構わない。それが関係のある話なら一気に真相に近付けるし、関係のない話でも単純に足止めになる。どちらに転んでも時間は稼げるという判断だった。




「うーん……と言われましても。お話ししたと思いますが、わたくしはここに来たばかりですので」

「それにしては部屋が綺麗でした。堂の方は手つかずなのにどうしてあの部屋だけが整頓されていたんですか?」

「来てすぐ片付けたんです。とりあえず滞在はできる形にはしておこうと思いまして。お二人が訪ねてきたのはその直後でしたね」




 そのくらいの時間はあったということだろうか。確かに変なところはない、ように思える。




「直後、ですか」

「ええ」

「そうでしたか。では、紅茶はどこで?」

「はい?」

「あの時、俺達に振舞った紅茶を棚から取り出しましたよね。カップの位置も初めから把握してた。どうしてですか?」

「ああ……それは、まぁ、知らない教会ではないですし」




 引っかかったか、俺は聞き逃さなかった。




「知ってたんですか、ここのこと」

「いやまぁ、昔聞いたことがあったんです」

「賢神教でですか?」



 ラキネアさんは黙ってしまう。口ごもっている、と表現するのが正しいかもしれない。言い辛そうにしている。ここは詰め時か。



「何か言えない事情でもありますか」

「そうですねぇ、あまり人様に言える話じゃないというか」

「今回の件と繋がる話かもしれません。どうかお願いできませんか」

「関係ないと思いますけど……まぁいいでしょう、もう済んだことですし」



 ふう、と一呼吸おいてから、ラキネアさんは口を開いた。




「実はわたくし、破門されたんです」

「……ん?」

「破門です賢神教を、わたくしあそこのシスターじゃないんですよ」

「んん?」



 予想外の返事だった。この人破門されたシスターだったのか。ていうか破門なんて言葉、初めて聞いたぞ。あまり関わりの無い界隈の話題だし仕方ない気もするけど。




「そ、そうだったんですか」

「ええ。もう一年程前になりますか、今となっては懐かしい話です」

「あまり気にしてなさそうですが」

「ふふふ、今の方がより自由になって楽しんでますねぇ」



 からからとラキネアさんは笑う。解放感、というやつだろうか。何だか清々しささえ感じられる口調だった。




「ここの教会、あそこにいた時に来たことがあったんです。廃教会があるなんて珍しい話だったので興味が沸いてしまって」

「へ、へぇ~」

「破門されてからはわたくしも各地を旅していまして、イストアに来た際にここのことを思い出したんです。それで我が物顔で居座ってしまったんですよね」



 ラキネアさんは恥ずかしそうにはにかんだ。嘘を吐いている様子はない。どうやら事実のようだ。落胆はなく、寧ろ安堵した。異音についての情報はなかったが、彼女が悪事を働いているわけではなさそうだ。



「ちなみに、破門の理由は聞いてもいいですか?」

「簡単な話ですよ、戒律を破ったのです」

「というと?」

「……知りたいですか?」

「差し支えなければ」

「ふふふ、意外と好色家なんですね」

「あ、いいです大丈夫ですごめんなさい」




 これ以上は踏み込んじゃいけないだろう。俺は理性を働かせた。言わんとすることはなんとなく分かったし。




「え、じゃあどうして修道服を着てるんです?」

「ああこれ趣味です」

「趣味?」

「はい、好きなんですこの服装。とてもお洒落でしょう」

「そ、そうですかね」

「追い出されてもこの服だけは手放したくなくて、司教様にお願い倒してどうにか慈悲を頂いたんですよ」

「……成る程」




 思ってた以上に足止めができている。率直に切り込んで良かったな。場合によってはラキネアさんが逆上する可能性もあったから、最善手だったとは言えないけど、結果的に上手く事が運んでいた。

 しかしヘルからの合図はまだだ。このまま足止めを続けるしかないか。俺は楽観していた。




「で、何をお探しですか」

「え」

「わたくしを外に誘き出して、教会の中を調べているんでしょう」




 バレてる。やっぱり俺の誘い方が下手だったみたいだ。

 



「……なんのことでしょうか」

「ああ大丈夫ですよ、別に怒ってませんから。わざわざこんな手の込んだことしなくても、言ってくだされば良かったのに」

「あ、あはは……バレてましたか」

「まぁわたくしのことを怪しんでいらしたみたいですし、仕方ないことだと思いますけど」



 ラキネアさんは柔らかな表情をしていた。本当に怒ってなさそうだ。何より、教会を調べられることにも関心が無さそうだった。



「何も見つからないと思いますよ。わたくしも教会の中は一通り見て回りましたから。異音騒ぎについても本当に初耳でした」



 堂々とした口ぶりだ。きっと本心からの言葉なんだろう。俺はこの問答は最早必要ないな。




「ラキネアさん、すみませんでした。疑うような真似をして」

「いいんですよ、わたくしの方こそ、意味深な態度を取ってしまったみたいで申し訳ございません」




 お互いに謝罪をし合って顔を見合わせる。なんだかおかしくて、どちらからでもなく吹き出してしまった。




「ではわたくしは戻りますね」

「はい、ありがとうございました」

「お気になさらず、では」



 微笑みながら、ラキネアさんはその場を後にした。




「楽しそうだな」

「うわあ!」




 いつの間にかヘルが後ろに立っていた。教会にいる筈では。




「お前いつから」

「てめぇらが仲良く笑ってる時から」

「いるなら言えよ!」

「ま、言えたら良かったんだけどな」



 ヘルは、ラキネアさんが去って行った方向を見ながら言った。

 意外な言葉だった。








「あの女、クロだぜ」


 

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