壱7 廃教会のシスター?②
個室に通された俺達は、机を挟んでシスターの向かい側に腰かけた。壁の至る所にはひび割れが起きていて、随分老朽化が進んでいる。やはり長いこと廃墟だったことが見て取れた。
「どうぞ、紅茶ですが」
「ああお構いなく、お気遣いありがとうございます」
丁寧に対応されると俺も畏まってしまう。シスターとか神父とか、皆こうなんだろうか。依頼者の教会員も常に敬語だったし。
「自己紹介が遅れました。わたくし、ラキネアと申します」
「クロトです」
「ヘルだ」
「……クロト様、でございますか?」
俺の名前を聞いた途端にシスター、ラキネアさんは首を傾げていた。
「あ、はい。そうですけど」
「んーどっかで聞いたような……初対面ですよね?」
「えっと、そうだと思います」
「そうですよねぇ」
まだあの噂の影響だろうか、直接会ったことのない人にも名前だけは知られているという例はこれまでにもいくらかあった。ギルドとは縁遠そうなシスターにも知られていたとは思わなかった。無論、あまり喜ばしいことではない。幸いうろ覚えで済んでいるようだ。
「失礼しました。お二人は何故このような所にお越しになられたのでしょう?」
「ああ、俺達は領使なんです。ここにはギルドの依頼を受けて来ました」
「領使……成る程」
ラキネアさんは値踏みするように俺とヘルを見た。怪しんでいるのか。証明するにも依頼書は手元にない。ヘルに預けた筈なのに、道中聞いたら「宿に置いてきちまったかかか」なんて抜かしやがった。こういうことが起こるから、依頼書での領使証明は辞めた方がいいって常々思ってる。階級ごとのバッジでも発行すりゃいいのに。
「ちなみに、どのような依頼か伺ってもよろしいですか?」
「この廃教会から異音がするので調査をしてほしい、との依頼です。何でも地面から変な声がするとかなんとか」
「変な声、ですか」
「はい、そのことでラキネアさんにもお尋ねしたいんですけど、何かご存知ありませんか?」
そうですねぇ、と彼女は顎に手を当てて思案を始める。ややあって、頭を横に振った。どうやら思い当たることはないらしい。
「わたくしも旅のシスターをやっておりまして、ここにも先程寄ったばかりなのです。その異音騒ぎ、ですか? そのお話も初耳でございます」
「そうでしたか。じゃあここにいる間にそういったことも」
「ええ、何もおかしなことは起きておりませんね」
「……そうですか」
ラキネアさんは綺麗な眉を八の字にして頭を下げた。
「お役に立てなくて申し訳ございません」
「いえいえ謝ることなんて」
情報は得られないか。こうも取っ掛かりがないと、調査のしようがないな。一旦外に出て周辺を見て回ってみようかな。
「ありがとうございました」
「あら、どちらへ?」
「外を見てきます。何か手掛かりがあるかもしれないし」
「そうですか。でしたらご用心くださいませ」
「用心?」
聞き返すと、ラキネアさんは目を閉じて紅茶を啜っていた。カップを置くと、彼女は神妙な面持ちになっていた。
「この辺り……魔物が多いみたいなので。領使の方なら心配ないと思いますが、念の為に、でございます」
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ヘルと二人で教会の周りを一周してみることにした。地面に目を落として何かしらの痕跡があることを祈ってみるが、そう上手く事は運ばない。歩けど歩けど草、草、草。地面からは草しか生えてない。怪しい物は何一つ見当たらない。
「なぁクロト」
「んー?」
「あのシスター、どう思う」
生返事になってしまった。諦め半分だけど、このままでは帰れないしどうにかこうにか成果を出したい。
「どうって?」
「なぁんか変じゃねぇか、あれ」
「変って何が?」
「はぁ……てめぇ、能天気なのか間抜けなのか、どっちだ」
酷い言われようだな。視線をヘルに向けると、瞼を半分だけ閉じて俺を睨んでいた。何が不満だったんだ。
「ラキネアさんだろ? 何かおかしいことあったか?」
「あったよ」
「だから何が」
「紅茶。どっから出したんだあの女は」
「そりゃ棚からだろ」
「何で場所知ってんだよ」
言われてみればそうだな。口ぶりからしても、俺達が教会に着いた時間とラキネアさんが到着した時間にはそれ程誤差はなかったような感じだった。
「でもまぁ、俺達が来るまでに見つけてたとか、元々持ってたって可能性もありそうじゃないか」
「にしては我が物顔で寛いでたみてぇだけどなぁ」
「シスターなんだし、分からなくもない気がするけど」
「それだけじゃねぇ」
そう言ってから、ヘルは教会をちらりと見た。
「あの部屋だけ妙に小綺麗だった」
「え?」
「表があんな惨状だったのに整頓されすぎだろ。いつ片したんだよ。
「うーん、壁とかは随分ボロかったけど」
「壁は、だろ。机とか椅子とかちゃんと見たか? 人一人しっかり座れて、物がしっかり置ける机のある廃墟なんてあってたまるかよ」
確かにそうだ。思い返すと不自然なことが起こっていた気がする。そういえばラキネアさんが声を掛けてきた時も、丁度地面に耳を当てようとした瞬間だった。俺は相手がシスターだったし、立ち振る舞いが堂々としていたものだから、彼女の行動に疑念を持ててなかったのかもしれない。先入観があったことは否定できないな。
「あのシスター、何か隠してるぜ」
疑念というものは、生まれてしまうと際限なく膨張していくものだ。きっとヘルの指摘は的を射ている。納得せざるを得ない説得力を孕んでいた。
「となれば、もう一度教会の中を調べたいよな」
「だな。シスターには……黙っとくか。邪魔されるかもしれねぇしな」
「じゃあ、彼女にはどうにかして移動してもらった方が良さそうだ」
「誘導か。どんな方法にすっか」
どうやらしっかり作戦を練らないといけないようだ。俺達は腰を据えて、じっくり話し合う態勢になる。今のところは異常はなさそうだし、変な音が聞こえてからなら場所も特定しやすい筈だ。時間は有効に使うべきだろう。
何事かは分からないけど、ラキネアさんは隠し事をしている可能性が高い。
それが今回の件とは関係ないのか、はたまた根幹に関わることなのか。今の俺には全く想像もできなかった。
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