壱6 廃教会のシスター?①

 模擬戦の日から一週間、俺は毎日ヘルと体術の特訓をしていた。

 主に足技主体の体捌きの方法を叩き込んでいる。剣技に組み込むという戦法にする関係で、主な攻撃手段には蹴りを、状況に応じて片手も使えるようにするのが当面の目標に定めた。



 特訓は朝の日課になっていて、場所は近場の平原地帯を使っている。街道からは少し離れた所に位置取っているから人の目をあまり気にする必要もなく、ある程度は集中して打ち込めていると思う。魔物も徘徊してるにはしてるが、適度な実戦経験にも生かせるから、さほど問題にはなっていない。

 模擬戦場を使う案もあったけど、ギルドの許可がいるのと、それに伴ってギルドの職員にもついてもらわなければならない。時間も手間もかかる上に、何度も利用するのは効率的ではないから、個人的に特訓してるというわけだ。



 この辺りの魔物は比較的弱小な個体ばかりだから、大した脅威にもならないのも幸いだった。まぁ俺の実力だけだと苦戦は必至なんだけど。その為の特訓なのだ。




 一週間、欠かさずみっちり特訓したおかげもあり、蹴り技は自然な形になってきた。まだ剣技と蹴りを合わせた動き方にぎこちなさはあるが、短期間にしては上出来だろう、これはヘルの評価だった。やはりセンスの問題なんだろうか。魔法が使えないが魔力は底無し、体術は飲み込みが早い、でも剣は下手くそ、現状の俺の戦闘面での評価がこうなんだろうな。なんだか複雑な気持ちになってしまうな。まぁ、無いものねだりをしても仕方がない、ってのは分かってるつもりだけど。




 今日も特訓を終えて、宿屋に戻る。汗を流してから朝ごはんを食べてギルドへ向かう。今日の依頼を受注しなければならない。

 ちなみに、ヘルは朝から酒を飲んでいた。ただの人間ならだらしがないだけだけど、あいつには味覚がないらしいし、何より腹も減らないと言っていた。本来なら魔力を補給する為に魔鉱石を摂取する必要があるけど、俺と魔力を共有してるおかげでそれもしなくていいとのことだ。魔力の味はゲロマズだとも聞いたっけ。何でそれだけ味が分かるのかは知らないけど、俺の体質が役に立ってるようで何よりだった。





 ギルドに到着して、掲示板を眺める。どの依頼にしようかと、難度『中』の欄にある貼り紙を見ていると一つ目を引く物があった。



「『地面の下から異音がする』? なんだこれ?」



 要項を詳しく見てみる。フォーディア郊外にある廃教会、その下から何やら地鳴りのような、はたまた呻き声のような、とにかく異音がするらしい。気味が悪いので調査してもらえないか、とのことだった。依頼人はの信者らしいが。



「ほーん面白そうだな」

「うわあ!」



 気が付いたらヘルが隣にいた。こいつ、部屋で酒盛りをしてた筈だ。普段言っても滅多に付いて来ない癖に、どういう風の吹き回しだ。



「お前……なんでいるんだよ」

「外が喧しくってよ。なんだ、こう、賢者様がどうのこうのって」

「ああ、賢神教けんじんきょう? たまに勧誘活動してる集団いるからそれかもな」

「あー多分それだ。なんだそのケンジンキョウってのは」

「宗教だよ。大昔にいた大賢者を神様だ、って言って崇めてる人達の集まり。まぁ俺もよく知らないんだけどさ」

「ふーん」



 そう言って、ヘルは俺の見ていた依頼書に目を移した。



「あ、これもケンジンキョウじゃねぇか」

「ああ確かに。場所も教会だし、丁度良い話題だったかもな」



 なんて言ってたら、ヘルが依頼書を手に取って受付に持っていこうとした。



「待て待て、まだ受けるって決めたわけじゃ」

「いいじゃねぇか、丁度良かったんだろ?」

「そういう意味で言ってないんだけど」

「てめぇ風に言やあ、これも人助けだぜ? 受けねぇ理由にはならねぇだろ?」



 それを言われると何も言えなくなる。確かに、困ってるからこそこうして依頼を出してるんだし。勿論、選り好みをするつもりもない。こいつ、俺の扱いに慣れてきてるな。



「……分かった。やろう」

「よっしゃ。んーわくわくしてきたぜ」



 ヘルは楽しそうに受付に持って行った。全く、自分が興味あるからって妙にやる気になりやがって。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー――――――――――――――――――――




 昼になってから、指定場所をギルドで確認してその地点へ向かう。街道を外れて進んでいると、俺達がいつも特訓している平原に差し掛かっていた。件の廃教会はここより更に奥へ行った場所にあるとのことだ。



「この奥って確か」

「草で視界が覆われちまってる所だな」



 イストアは自然が豊かな統地区として知られている。街や村から遠ざかれば、森林は勿論そこら中に草木が生い茂っている場所が多い。草木とは言っても俺達よりも背が高く、視界が確保できないのが殆どだ。まるで自分達が虫になっているような気分にもなる程だ。

 そんな所に建物が建っていたとして、存在に気付かないのも無理はない。場所を知られたくなくて、わざと居住を構える場合もなくはないけど。



「このまま真っ直ぐ行けば着くらしいけど」

「絶対迷っちまうぜこんなん」



 今回は廃教会だというし、建ってた場所が整地されずに草木が育ってしまったということか。イストアでは珍しいことではない。



「依頼者の人も良く気が付いたもんだよ。こんなとこの、しかも廃墟の教会なんて」

「耳が良かったんだろうぜ」

「はは、たまたま聞こえたって言ってたっけ」



 今回、場所が場所なだけに、詳細を聞くために依頼者の下に立ち寄っていた。フォーディアに滞在している賢神教の信徒だった。聞けば、教会の司教に頼まれて例の教会の存在を知り、様子を見てくるように言われたと話していた。屋内には人や魔物がいる気配はないのに、地面から変な音、声が聞こえたのだそうな。聞き間違いとも言えず、様子を見てくるように言った司教も何も知らない、と。賢神教は非戦闘員が多く、万が一何かが居てそれに襲われる可能性があると考えるとまともに調査なんかできない。こういった経緯で、ギルドに依頼が回ってきたというわけだ。



「騎士団って何してんだ?」

「あそこは実害がでないと動かないんだよ。だからギルドが重用されてるんだけどね」

「ほーん」



 そんな騎士団だから不満の声も上がっていたりする。ギルドがあるおかげで適度に解消できてるのか、そんな話もちらほら聞く程度だけど。



 適当に話しながら、草木を分けて進む。すると急に視界が開けて、広い場所に出た。そこには本当に教会と思しき建物がそびえ立っていた。




「ここか」

「マジであったな」

「疑ってたのかよ」



 失礼な奴だ。横目でヘルを睨みながら、俺は教会の扉の前に向かう。

 今のところは何も聞こえない。やはり屋内に入らないと分からないようだな。何はともあれ中を調べないといけないか。



 扉の前に立つ。木製の取っ手を掴んで捻る。引いてみると軋んだ音が鳴った。廃墟だし当然だと思いつつ、とりあえず中を見渡してみる。椅子や燭台、奥には台が設置されている。司教や教会の人間が立つためなんだろうか。部屋も両側に一つずつあるようだ。普段立ち寄る機会も少ないから断定はできないけど、典型的な教会と言えるのではないか。

 当然ながら備品はボロボロだ。あちこち破損していて、並び方が乱雑になっている。正に廃墟と呼べる内装になっていた。



「なんか聞こえるか?」

「……いいや」

「まぁ入ってみようぜ」

「そうだな」



 中に入るが、声も音もしない。俺達の足音だけだ。人っ子一人いる気配はない。



「地面から音がするんだよな。耳当ててみろよ」

「そのつもりだったけど、自分ではやらないんだな」

「座るの面倒臭ぇ」

「おい」



 我が儘な相棒に呆れるけど、何も言わないでおいた。俺が地面に座って顔を横にした、その時だった。



「あの」

「ぶおっ!」



 びっくりして変な声を出してしまった。ばくばく心臓を鳴らしながら顔を戻すと、修道服の女性がこちらを覗き込むように立っていた。賢神教のシスターだろうか。



「あなた、一体どこから」

「あっこ」



 ヘルが指を差した先には、開け放たれた扉があった。部屋があることは分かっていたけど、まさか人がいるとは思わなかった。



「申し訳ございません、声が聞こえたのでつい出てきてしまいました」

「え、ああいえいえ、こちらこそ騒がしくてしまってすみません」

「てめぇは?」



 いつもの無遠慮さでヘルが訪ねた。シスターは微笑んで、綺麗な所作でお辞儀をした。



「わたくしは見ての通り……シスターです。どうぞよろしくお願い致します」

「あ、これはご丁寧にどうも」

「よろしくな」



 シスターは返事の代わりに頭を軽く下げる。この人、依頼者の代わりに派遣された教会員なのか。



「立ち話もなんですし、こちらへどうぞ」



 俺とヘルは顔を見合わせる。何か異音の件について知ってるかもしれないし、ここはとりあえず乗っておこうか。互いに目配せだけして、俺達は彼女の案内を受けることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る