壱3 ヒラヒラ服の騎士とお目付け役②

 翌日、俺がギルドに顔を出すと、受付のお姉さんに声を掛けられた。俺宛てに手紙を預かっているとのことだった。送り主はロイド、大方昨日の話の続きだろう。行動に移すのが早い奴だなぁ。お礼を言って受け取り、腰を落ち着けてから中身を確認する。



『クロト・アスカルド殿。

 私と模擬戦を執り行ってもらうべく、こうして果たし状を書かせていただく。

 日取りは明日の昼時刻の二回目丁度、ギルド隣接の模擬戦場にて待つ。

 詳しい規約等は当日改めて伝えさせていただきたく存じる。

 此度は我が提案を受けていただいたことに感謝する。

 尚恐れをすのは自由だが、ゆめ、約束を反故にされないよう願いたい』



 最後の一文以外は割とまともな内容だ。普段騒がしく絡んでくるくせに、案外育ちが良いのだろうか。思い返せば初対面の時は敬語を使っていたような記憶があったような、ないような。

 というか、模擬戦か。初めてやるな。シュウのパーティにいた頃は、俺が弱すぎたせいか模擬戦に参加させてくれなかった。専ら見学専門だった。



 手紙を仕舞って、俺は掲示板を確認する。難度『中』以下の依頼はどれだろう、とまじまじ眺めていた、そんな時だ。



「おいアレ見ろよ」

「マジかよ、イストアにいたのか」



 周りの領使達が何やら騒いでいる。彼らの視線の先を辿ると、すぐに理由が分かった。

 



 ギルドの入口、紫を基調とした派手な衣装に身を包んだ細長の人物が一人、遠目からでも判別できるほどの良い笑顔で立っていた。

 俺は彼を知っている。いや、ここにいる全員が彼のことを知っている。




 ロニィ・ピアクラウ、翠風領に三人しかいない特級の階級にいる男だ。誰とも組まず、自らの実力と実績だけで特級に上り詰めた実力者だ。一人でいることに加えて神出鬼没な行動が多いことから、彼の生態は謎に包まれている、とかなんとか。

 彼のにんまり顔には白い塗料が塗られている。口と目の周りだけ、血でも付けたような赤色で分けらていた。その見た目に付いた通り名が『血化粧ちげしょう』だ。



「本物の『血化粧ちげしょう』だ」

「すげぇ、初めて見たぜ」

「本拠地はサウザントスだろ? なんでここに」



 口々に飛んでくる野次には意も介さず、何かを探すように辺りを見渡している。受付の位置を確認すると、真っ直ぐそこに歩いていく。俺は受付近くのテーブルに座っていたので、丁度通り過ぎる形になった。

 でかい、六尺くらいだろうか。ガイノンの背の高さにも驚いたが、正直比べ物にならないくらいの背丈をしていた。



 と、奥で作業をしていたと思われる受付のお姉さんが、表のざわつき具合を聞きつけてか、ぱたぱたと姿を現した。



「兄さん!?」

「あ、レジィ~、会いに来たよぉ~」



 兄さん、という単語が聞こえた。聞き間違いではないようだし、そのまま受け取るなら『血化粧』とお姉さんは兄妹関係にあるらしい。俺は唖然としてしまった。他の領使達もどうやら同じ反応をしているようだ。まさかこんな所で謎だらけの特級領使の家族関係が明らかになるとは、誰も想像できなかっただろう。



「イストアで受付の仕事始めたって聞いたからさ~、ちょっと顔を見にね~」

「いきなり来るからびっくりしたよ、もう!」



 かしこまった口調しか聞いてこなかったから、お姉さんの砕けた口調を聞くのは何だか新鮮だなぁ、なんて思ってしまった。



「……今日は帰るか」



 兄妹水入らずの会話に割って入る勇気はなく、俺はそっとギルドを後にした。





















 宿屋に戻ると、ヘルがきょとんとした表情で俺を出迎えた。



「依頼は? 取ってないのかよ?」

「いやあ邪魔すんのも悪いよなぁって思っちゃって」

「は? 何の話してんだ?」

「家族は大事だよなぁって話」

「いや意味分かんねぇわ。何しに行ったんだてめぇ」



 ヘルの呆れ返った溜め息を聞きながら、俺は勝手に穏やかな気分に浸っていた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー――――――――――――――――――――




 更に次の日、装備を整えて俺は模擬戦場に向かった。

 少し緊張してる。初めての模擬戦だし当然か。魔物を相手にする時は勿論だけど、それ以上かもしれない。別に命のやり取りをするわけじゃないのに、変な気分だ。



「おいクロト、終わったら祝杯だぞ。元気出していこうや」

「なんでもう勝った気でいるんだよ」

「かかか、それくらい気楽でいろってこった」

「能天気だなぁ」



 へらへらしてる相棒を見て脱力した。緊張してたのを気取られたか。頼りになるってのも少し困りものだ。平常心を作りつつ、顔を叩いて気合を入れ直した。





 そうしている内に目的地に到着した。ギルドの横に併設された模擬戦場、エストにあったギルドにも同様の施設があった。地面は平地、大小様々な障害物が適当に配置されている。実戦、とは程遠いが、技や体捌きの訓練にはうってつけだろう。

 場内に入って奥へ進む。すると、人影が見えてきた。

 ロイドとガイノン、そして受付のお姉さん、確かレジィという名前だったか。この三人の姿があった。




「クロト・アスカルド! 逃げずに来たな!」




 相変わらず声が大きい。耳を塞ぎたくなるくらいの声量だ。緊張してたのが馬鹿らしくなったな。ヘルの言う通り、本当にこれくらいの気分で良さそうだ。



「約束したからね」

オレもいるぜ」

「ああ、自由にしてくれて構わんぞ」



 ヘルが武器であることはロイドには話していない。ギルドには伝えてあるが、情報は漏れていないようだ。別に秘密にしているわけじゃないが、個人の情報はしっかり守ってくれているということか。しっかりしてるなぁ、と感心してしまう。

 そういえば、ヘルが武器であることを話した時、怪しまれることなく受け入れられたっけ。他に似たような事例があるからと聞いた時は、心底驚いてしまったな。




「今回模擬戦を行うに当たって、わたしが監視役を務めさせていただきます」




 レジィさんが挨拶代わりの口上を述べた。模擬戦にはギルドの職員一名以上の監視が義務付けられている。試合形式で行われるので審判が必要だというのと、過失だろうが故意だろうが、万が一にも死亡事故が起きないように監視する意味があるのだ。



「では防護魔法を掛けます。お二方、こちらへ来てください」



 誘導されて彼女の前に立つ。すると、足元に魔法陣が浮かび上がる。次第に白い光が俺とロイドの体を包んだ。やがて光も収まり、魔法陣も消滅した。俺達は光を纏っている状態だ。



「はい、これで大丈夫です。少し試してみましょうか」



 レジィさんが徐に小型のナイフを取り出した。すると躊躇いなく俺の腹目掛けて突き出した。ナイフは俺の服の前で止まっている。傷が一つも付いていない。魔法が効いている証拠だろう。



「い、今声も出なかったぜおい」

「ははは、ヘルは防護魔法見たことないか」

「まぁ……てか最初に言っとけよ」

「悪かったよ」




 同様にロイドにもナイフを突き立てていた。問題ないようで、レジィさんはナイフを懐に仕舞った。



「防護の効果時間は十分です。試合時間は防護魔法が消えるまで、勝利条件は相手の相手の意識を奪う、又は降参の意を示した場合とします。相打ちは引き分けと判断します。一応わたしの方でも状況を追っていますので、勝者が決まり次第合図をかけます。双方よろしいですね?」

「はい」

「承知した!」



 規約の説明も終わり、いよいよ模擬戦が始まろうとしていた。



「では、配置についてください」




 俺は息を吐いて気持ちを整える。ついでにもう一度顔を叩く。これは、今の自分の実力を試すいい機会かもしれない。相手が同じ領使というのが気が乗らないところでもあるけれど、受けた以上は全力で臨むべきだ。



「行こう」

「かかか、腕が鳴るぜ」



 俺達はそれぞれ向かい合うように位置に着いた。

 ロイドが俺の隣にいるヘルを見て、怪訝そうな顔になった。



「おい、見学するなら下がってないと危ないぞ」

「かかか、見学じゃねぇよ」

「何を言ってる……まさか君は」

「あん?」



 問答の途中だったが、レジィさんの声が響いた。



「では、始め!」




 合図が出て、俺はヘルに向けて手を出した。そこに手が重なって、ヘルの体が炎に包まれる。刃の研がれていない漆黒の剣に変化して、俺の掌に収まった。

 


 一連の流れを見ていたロイドが大きく笑った。ヘルが武器に変わったことに驚いているのだろうか。いや、それにしては反応が嚙み合っていないような。



「……成る程、やはりか!」



 聞き慣れない単語だ。ブジン、ってなんだ。



「ガイノン!」

「はぁい、行くわよぉ」



 ガイノンがロイドの隣に立つ。

 そして、さっき俺達がしたように互いの手を繋いだ。

 ガイノンの体が岩のような物体に包まれて、形を変えた。槍だ。三叉の槍だった。

 ブジン……ガイノンもヘルと同じ人に擬態した武器だったのか。




「ではこちらもお見せしよう、我がブジンを!」




 ロイドは装飾の施された長槍を構え、切っ先を俺に向けた。

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