壱2 ヒラヒラ服の騎士とお目付け役①
イストアの主要都市、フォーディアに来てから三か月が経った。
俺とヘルは、シュウとの一件でギルドと騎士団から聴取を受けることになった。とはいえ手を汚していた本人は既に捕縛され、盗賊団との繋がりも明白だった。実際は事実確認をされただけで終わった。
程なくして解放された俺達は、そのままフォーディアに留まることに決めた。エストの街に戻るよりも、大きな都市を拠点にして自分を鍛えようと思ったのだ。いくらヘルという特別な存在に巡り合えたとはいえ、俺自身の剣術の腕が上達したわけではない。何よりここでも困っている人々がいる。もっと強くなって、更に多くの人の役に立ちたい。特級の領使になるためにも努力は惜しみたくなかった。
エストと言えば、ここに来る道中に一度立ち寄った。俺の姿を見るなり、シュウの件を伝え聞いていた街の人々からは謝罪の言葉をかけられた。ギルドの人間、そして俺の元パーティの人間からも。俺は気にしないように言うだけに留めた。過ぎたことだし、シュウの外面の良さは皆知る所だ。俺も含めて、皆が騙されるのも仕方のないことだった。ヘルには悪態の一つでも吐いとけよ、って苦言を呈されたけど。
ここに来てから、俺は休む間もなく依頼をこなし続けた。ロッソ村にいた頃とは比べ物にならないくらい豊富な数の依頼に舌を巻いてしまった。食い扶持があるのは有難いことだけど、それだけ住人が困っているということだし、なんだか複雑な気持ちだった。
ともかく、これまで腐っていた分を取り戻すように身を粉にして働いた。その甲斐もあって、階級が一個上がり「四級」になった。少し上の難度の依頼も受けられるようになったが、正直五級の頃と変化は感じられなかった。今まで一人で勝てなかった魔物にも、ヘルのおかげで対処できているからだろうか。
ギルドの依頼には難度が定められている。低、中、高、超、
暫く鉱石掘りとコウモリ退治しかしてこなかったから、多種の魔物の対応に慣れるにも少し苦労した。
この三か月で、人との出会いもあった。例の噂も真犯人が判明したことで口にする人もいなかったし、住人も領使も偏見なく俺に接してくれた。嬉しかった、というのが素直な感想だ。
とはいえ中にはあらぬ因縁をつけてくる人間もいた。
以前のように陰湿なものではないが、俺には全く身に覚えがないという点では通じる部分ではあるだろう。厄介であることにも変わりはないか。
そう、思い起こされるのは、あの服の襟元に付いたヒラヒラだった。
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ビーマンティスを討伐し、俺とヘルはフォーディアのギルドに戻って来た。討伐の証となる魔物の核を提出して報酬を受け取った。二千五百ギルカ、金額として見れば並だけど、まぁ金は二の次だ。
窓口で手続きをしていると、ちらほらと視線が集まってくる。例の噂によるものではないのは分かってるから気にする必要はないんだけど、やはりまだ怖さが残ってるから簡便してほしい。
とはいえ、人の目を引いているのにも心当たりがあった。というかもう確信しているんだけど。
「お疲れ様でしたアスカルドさん」
「ありがとうございます」
「最近のご活躍、私としても嬉しく思いますよ」
「あはは……恐縮です」
受付のお姉さんに会釈をして、適当なテーブルに座るヘルの下へ向かった。彼女の片手にはジョッキが見える。中身は麦酒だ。勝手に酒盛りを始めてやがる。ただでさえ酒代で報酬が消えていくってのに。
「お、済んだか」
「飲むのはいいんだけど、生活費に手は付けてないだろうな」
「かかか」
「え、嘘だよね?」
背筋を凍らせつつも席に着く。おかわりーとか抜かしてるアホ武器の頭を小突いた時だった。勢いよくギルドの扉が開かれた。小柄でヒラヒラ服の男と痩身でヒラヒラ服の男が立っていた。
「クロト・アスカルドォ!!!」
続く大声、周りの目は声の主と俺とを交互に向けられる。
これが、人の目を引く理由だった。ここ一か月ほど、俺はコイツに名前を叫ばれ続けていた。
「どこだクロト・アスカルド!」
「あそこじゃなあい? ほら隣にいつもの黒い女の人が……」
「クロト・アスカルドォ!!!」
「あらあら」
ずかずかと小柄ヒラヒラが近付いてくる。痩身ヒラヒラも後に続いて来た。身振りでやれやれ、とでも言っているようだった。
「このオレ、ロイド・ミリスとの勝負! 今日こそ受けてもらうぞ!」
「ごめんなさいねぇ毎度毎度。この子ったら止めても聞かないのよ、ほんと」
「うるさいぞガイノン! オレはこの男に勝たねばならんのだ!」
「あらあら」
小柄ヒラヒラ、ロイド・ミリスが俺の眼前に指を突き付けてくる。それを窘めているのが痩身ヒラヒラ、ガイノンだ。
「おい、また来たぞ賑やかし二人組。マジしつけぇな」
「俺何かしたのかなぁ……何も思い当たんないんだけどなぁ」
流石のヘルも呆れた顔をしている。麦酒を飲む手を止めて、喧しそうに耳を塞いでいた。
「ともかく勝負だ勝負、オレと勝負しろ!」
頭が痛くなってくる。なんの因縁があって俺に絡んでくるんだコイツは。全然分からん。執着の理由はなんなんだ。
「ごめんなさいねほんと。いつもみたいにあしらってくれればいいからねぇ」
「おいガイノン! オレはいつだって本気だぞ!」
「あらあらそうよね、失言だったかしらん」
ロイドもロイドだけど、このガイノンもよく分からない。単なる仲間、というより保護者のような印象がある。不思議な関係性だと思う。不思議と言うなら、彼の口調もそうだ。女性のような喋り方をしているのはなんでだろう。
「なぁんでこのおっさん、女みてぇな喋り方してんだろうなぁ」
「さぁ……いや、それヘルが言うか?」
「え?」
なんだか意識すると妙に気になってきた。今更だけど少し興味が沸いてきた。
ああそうだ、ならお望み通り勝負とやらを受けてみるか。
「いいよ」
「なんでまた受けな……ん?」
「受けるよ、その勝負っての」
「あらあら?」
二人して目を丸くしてしまった。散々因縁を吹っ掛けていたのに、いざ了承したらこの反応だ。一体何がしたいんだろうこの人達は。まぁいいけど。
「い、いいのか?」
「うん。条件があるけど」
「……聞こう」
「何で俺に絡んでくるのか理由を言ってくれないか。ここで答えてくれてもいいけど、そうしたら勝負もしなくていいし」
面食らったように、ロイドは固まってしまった。その内に何かを思案するように、うんうんと唸り始める。やがて目をかっ開いて俺に向き直った。
「分かった、良いだろう。貴様が勝てば何でも答えてやる!」
条件を飲まれてしまった。俺としては理由を言ってくれるに越したことはなかったんだけど。でも提案したのはこちらだし、まぁ仕方ない。
「それで、勝負って何をすれば良いんだ?」
「え、ああ、えっと、そうだな」
「今ここで決めなくてもいいんじゃなあい?」
「あ、ああ、そうだな! 詳細はまた後日伝える! 首を長くして待ってろクロト・アスカルドォ!」
わーはっはっは、とロイドは上機嫌で帰って行った。嵐のような奴だ。ともあれ、これでようやく落ち着ける。
「妙なことに巻き込まれちまったなぁ」
「これっきりになるといいけど」
「ま、なんであれ
「はは、頼りにしてるよ」
何杯目かの麦酒をぐびぐび飲み始めたヘルを眺めて、俺は表情を緩ませる。
金、足りるかな。
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