壱章 黒い炎と泣かない道化

壱1 むかしむかしあるところに

 一つの大陸があった。大きく広大な大地に、人が、動物が、植物が息づいていた。 

 やがて文明が発達し、集落が街に、街が都市に、都市が国へと発展していった。

 多様な人種、多様な生物が、秩序立って生と死を繰り返していた。



 千年前、突如として現れた魔王によって秩序が崩れた。産み落とされる魔物よって大地は踏み荒らされ、海は濁り、空には闇が広がった。

 生きとし生けるものが蹂躙され、多様だった種族も殆どは絶滅し、多様だった国も一つを残して滅亡していった。

 


 魔王の支配が続く中、人類は一人の賢者に大陸の命運を託した。



 人類の希望を背負った賢者によって、悪しき魔王は討ち滅ぼされた。

 大いなる闇でもって猛威を振るった魔物の王は、たった一人の人間に敗れ去った。

 



 大陸に平和が戻った。

 賢者は称えられ、人類の先導者となった。全能の賢者は残された人類へ武器の変わりに知恵を授け、その力を存分に尽くしていた。

 残った国を中心に据えて大陸の各地を復興し、統一国家「リューザリカ王国」として再誕、東西南北の統地区に分けて新たに文明を築いていった。



 東の統地区イストア、温暖な気候と自然が豊かな地区。

 西の統地区ウェジア、巨大な湖とその上に浮かんだ二つの島が目印の地区。

 北の統地区ノープス、罅割れた大地と深い峡谷が続く地区。

 南の統地区サウザントス、大陸一華やかで王都を構える首都がある地区。



 

 国も騎士団を配備し、各統地区の警護と民衆の要望に応えられる形態を作った。残存している魔物を討伐しつつ民からの依頼事をこなしていった。

 日に日に依頼の数は増していく一方だった。こなしてもこなしても減ることのない民からの要望、ようやく纏まってきた人類にまたも軋轢が生じかねない。国も頭を悩ませていった。



 そんな折、民衆の中から民衆の依頼をこなしていく組織が誕生した。

 組織は国の助けを借りることなく自治を行い、民衆も組織の迅速な対応に頼るようになっていった。四つの統地区でその活動が行使され、国もその功績を称えて公認の組織として自治運営と領地を持つことを認可した。

 それを機に、各所に点在していた組織が一つに纏まり、やがて大陸において唯一無二の存在として、名が知られることとなった。





 それが現在までの「翠風領」の起こりである。翠のように爽やかで、風通しの良い組織であることを願って付けられた名前だ。

 かつてまばらに起こっていた組織が集合して誕生した経緯に由来して、通称「ギルド」と呼称されるようになる。「翠風領」に属する人間もまた領が送る使い、即ち「領使」と呼ばれ、民衆に広く知れ渡っていった。



 翠風領は、現在に至るまで民衆の幸福を第一に活動を続けている。

 翠風領は、民衆による民衆の為の組織なのだ。



 王国の秩序と平和を守る一端を翠風領も担っているのである。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー――――――――――――――――――――




 扉を開けて。宿屋の部屋に入る。俺の姿を見るなり部屋の主は読んでいた本をぽむ、と閉じてしまった。



「ヘル、依頼を……って何読んでたんだ?」

「『王国とギルドの成り立ち』」

「ふーん」

「興味ねぇなら聞くんじゃねぇよ」



 備え付けの机に本を置いて部屋の主、ヘルがこちらをじろっと見た。



「いや何だか難しそうだなぁ、って」

「本ぐれぇ読めや。学がねぇって馬鹿にされんぞ」

「本なんて誰が読んでるんだ? 高名な学者とか研究者とかか?」

「てめぇ、オレがそんな輩に見えんのか?」

「いいや」

「……素直なこって」



 ヘルがそっぽを向いてしまったが、そんなことは気にしていられない。事態は一刻を争うのだ。



「ほら、依頼取ってきたぞ。ビーマンティスの討伐依頼」

「ほーんどれどれ」



 ヘルは俺の手から依頼書をひったくった。椅子にもたれながら書面に目を通している。



「難度『中』……まぁた軽い依頼受けてきやがって、もっと歯応えのある依頼取ってこいや」

「依頼に軽いも重いもないよ。それに、俺の階級じゃ難度『中』以上は受けられないだろ」

「申告しなきゃバレねぇよ」

「申告しなきゃいけないからすぐバレるんだよ」

「チッ、真面目な奴だなてめぇはよー」

「全く……」



 無茶を言う相棒に溜め息を吐いて応える。呆れながら、俺は身支度を始めた。



「ごねても依頼は変えないぞ。行商人が通る道に出没して、安心して通れなくて困ってるって話だからな」

「あぁあぁ気分が乗らねぇなぁ」

「酒を主に取り扱ってる商人の依頼だから、報酬に酒が入ってるみたいだぞ」

「オラ何してるさっさと準備しろ。クロト待ちだぞコラ」



 分かりやすい奴だな、と手を動かしながら、俺はまた溜め息を吐いた。

 支度を終えて立ち上がる。そして、胸に手を当てて目を閉じる。未だに高揚感が拭いきれないから、一旦気持ちを整えるのだ。もはや恒例と化した出発前の癖だ。



「よし、行こうか」

「酒!」



 俺は一歩部屋を出る。真っ直ぐ前を向いて歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る