壱4 ヒラヒラ服の騎士とお目付け役③
俺は目を疑っていた。まさかガイノンが槍に変化するとは、全く予想していなかった。ヘル以外にも武器に変わる人間がいるとは聞いていたけど、こんな所で出会うことになるなんて。
『おい集中しろ! 来てるぞ!』
我に返ると、ロイドがこちらに突進していた。まずい、反応が遅れた。
俺の意識の外、剣先に火球が作られる。ヘルだ。俺の代わりに迎撃の構えを取っていた。慌てて相手に切っ先を向ける。
火球、
『考え事は後にしとけ!』
「悪い、助かったよ」
ヘルを前に構え直す。火球は、と相手の様子を伺ったが、怯みはさせたものの大した効果はなかったようだ。ロイドはすぐに体勢をと整えて、再度突進してくる。突き出された槍の先を、弾くようにヘルを薙いだ。
「受けてみろ、オレの技を!」
ロイドが連続突きを繰り出す。速い。弾き返すのが手一杯だ。防戦一方な状況に持ち込まれてしまった。
「ぐうっ!」
防御も間に合わなくなってきて、何撃か食らってしまう。凄い衝撃だ。命の奪い合いではないとはいえ、これを続けていたら気絶は必至だろう。
不意に攻撃が止む。溜めを作るように、ロイドが腕を後ろに引いていた。
『跳べ! 後ろ!』
反射的に地面を蹴った。直後、俊速の槍撃が顔を掠めていく。ヘルの合図が無ければ直撃していただろう。
「今のを躱すか、少しはやるようだな」
得意げにロイドが口角を上げた。相当自信のある攻撃だったようだ。
だが構え直しの際に隙ができた。俺も距離を詰めて腕を振るう。しかし、所詮俺の剣術、簡単に捌かれている。
「どうした! その程度か!」
俺の太刀筋は単純だ、とヘルには指摘を受けていた。こうも通用しないと、やはり俺には剣術の才能がないのだと痛感してしまう。
攻撃を見切られて、逆に相手の迎撃許してしまった。止む無く引いて槍の攻撃範囲の外に出る。剣技じゃ駄目か、だったら。思考すると同時に先に撃った火球よりも大きな物をヘルの切っ先に生成していく。
「
上級魔法ならどうだ、巨大な火球が放たれロイドに当たる。手応えを感じたけど、それは別の物体に対しての感覚だった。
ロイドの体が頭から爪先まで岩で覆われていた。ただ覆われているのではない。鎧の形をしているのが見て取れた。俺の魔法は、堅牢な岩の鎧に防がれていたのだ。
『んだそりゃあ!』
「地属性の魔法はオレの得意分野でね」
「……くっ」
鎧が解かれ、ロイドは槍を両手に持って構えを作った。槍の先にみるみる内に岩の弾丸が生成されていく。
「
槍で岩を穿いた。砕かれた弾丸が散弾となって襲ってくる。迫る弾幕を間一髪で躱していく。こちらが回避に徹しているのを見逃さず、ロイドはすかさず次の散弾を放ってきた。
尚も弾幕を張り続けるロイドに対して、攻めに移れない。かといってこちらの攻撃は鎧で堅く守られる。正に鉄壁と言う他ない。
『クロト、アレやるぞ!』
「ああ!」
岩の弾を避けつつ、三度火球を生成する。より大きく溜めて、かつてシュウと戦った時のような巨大な砲弾に育てていく。
「むっ」
「
俺の放った火球は、向かってくる岩弾を破壊しながら、ロイドに迫っていく。爆音と共に着弾し、土煙が立ち昇った。流石に効いたかと思ったが、甘かった。
ロイドは立っていた。膝を突いた様子も無い。鎧だ。また鎧を身に纏って防御されてしまった。
「危なかったぞ、まさかそんな魔法まで使ってくるとは」
『マージか』
「……これでもダメか」
頑丈すぎる。魔力を最大限溜めて放つ魔法をこうもあっさり防がれてしまうとは。地属性は防御面に優れている属性だ。多少の攻撃は通らないことは覚悟していたけど、あまりにも堅い。
「もしかしてガイノンさんかな」
『だな。
「……成る程ね」
ガイノンとの相乗効果でロイドの扱う地属性が強化されてる、ってところだろうか。俺が強力な魔法を使えてるのも、俺の魔力とヘルの火属性魔法を合わせた結果だから、やはり二人は似た存在なんだろう。
にしても、あの守りをどう崩すか。そこが問題だ。
『無限にぶっ放すアレはどうだ?』
「いや範囲が広すぎる。レジィさんに当たるかもしれない」
『レジィ? ああ、受付の女か。じゃあ他に考えでもあんのか?』
「剣技は論外、魔法も防がれる、あとは何が」
俺達が作戦を練る間もなく、ロイドが鎧を外して攻めに転じてきた。またあの連続突きをされたら今度こそ勝敗が決まりかねない、距離を取りながら仕掛ける機会を伺うしかない。
『んん?』
「どうした?」
『いや』
ヘルはそう言ったきり黙ってしまった。何かに気が付いた様子だけど。
『……試してみるか』
「ヘル?」
『おい、もう一回でかいの撃つぞ』
「でもそれは」
『だから試すんだよ。他に何も思いつかねぇんだし。何の為のてめぇの魔力量だ』
何をする気だ。確かに連発は可能だけど、やった所で防がれて終わりではないのか。しかし言ってることも尤も、攻略法が未だ見えてこない。とりあえず乗るしかないってことか。
「打てる手は打つべきだな、やろう」
『じゃあ時間作ってろ。
「分かった!」
ひたすらロイドの攻撃を躱し、間合いに入らないように動き回る。その内にヘルが火球の生成に専念する。準備ができたところで、すかさず放つ。
連続で撃ってくるとは考えていなかったのだろう、ロイドの反応が一瞬遅れていた。しかし着弾する直前、あの鎧が作られていくのが視認できた。ガイノンが反応したのか、不意打ちとはならず、先程と同様に防御されてしまった。
『まだまだ行くぞオラァ!』
既に溜めていた魔法を続け様に放つ。今度はロイドも鎧を解かず、防御に転じている。これが目的か。いや駄目だ、崩せていない。やはり堅牢な鎧はそのままだ。
撃つ、撃つ、撃つ、ひたすらに撃つ。
轟音が鳴る。音の大きさに対して、鎧には傷一つ付いていない。衝撃も吸収されているのか怯みもしない。
暫く撃ち続けていたが、突然ヘルが攻撃を止める。攻め手が緩んだと見るや、ロイドが再び鎧を解いて間合いを詰めて来た。
『なぁるほどねぇ』
ヘルは何かを確信したようだった。俺には見当も付いてない。
ロイドから距離を取りつつ、魔法で牽制する。当面は近付かせないようにするのが精一杯だ。
『アレの
「本当か?」
『おう。あの鎧を纏ってる時、奴ぁ動けねぇんだ。移動する時は必ず鎧を解いてから動く。三回使うとこを見たが三回ともだ』
言われてみれば、確かにロイドは攻めに転じる際には鎧を外していた。着ていた方が反撃されても大した効果はない筈だ。攻撃するからと言って、あえて外す必要はないように思える。わざわざ有利な状況を捨てているってことはヘルの言う通り、鎧を着ている間は体の自由が利かないと見ていいのだろう。
「じゃあ、ロイドが攻めに出た時に決めるしかないか」
『そうだな、生半可な攻撃だと耐えられて、対策される余地を与えちまうな』
一撃、隙を突いた強力な一撃がいる。魔法だと溜めに時間がかかって現実的ではないか。俺に剣の腕があれば、いや今できる技でやるしかない。どうするのが最善手なのか、そう考えた時、俺の脳裏に一つの案が浮かんだ。
「……ヘル、試したいことがある」
『お、いいじゃねぇか。どんな手だ』
魔法での牽制は止めない。一定の間隔で放たれる魔法に、ロイド側も攻めあぐねているようだ。このままでは勝負が着かないだろうな。
「炎を溜めて一気に噴射する、ってのは出来るか?」
『分かんねぇ。ま、やってみるけどよ』
「じゃあ頼んだ」
『それはいいとして、その後はどうすんだ?』
「……まぁ見ててよ」
飛来する岩の散弾を避けて、手近な障害物に身を隠す。
ここだ、ヘルに魔力を込めて炎の生成を図る。普段使う火球とは異なって、剣の中に炎を蓄積させていく。次第に漆黒の刃が、揺らめく赤色を帯びていった。
『できそうだぜ』
「よし。そのままいつもの魔法は作れるか?」
『ああ? そんなもんはなぁ』
炎を溜め込んだまま、火球を生成できた。
「問題なさそうだな」
『そんで?』
「でかいの一発撃ち込む、用意しといてくれ」
『りょーかい』
頭上から岩の雨が降って来た。気付くのが遅れて何発か受けてしまったが、意識はある。痛みを堪えて、なんとか立ち上がった。
「追い詰めたぞ、クロト・アスカルド!」
ロイドが勝ち誇った顔で、俺の前に立ち塞がった。
まだ四、五歩、距離はある。槍の長さを考えたら三歩ってところか。
「貴様の魔力量には正直驚きを隠し切れないが、ここまできたらもう関係あるまい。さぁ覚悟しろ!」
律義に姿を見せる辺り、やはり根が真面目なんだろうな。こんなことを考える余裕があるくらいには、俺は冷静だった。
一撃決めて勝つ、それ以外の思考はこの瞬間に捨てていた。
障害物を背にしたロイドの反対側、別の障害物目掛けて走り出す。
ロイドが追いかけてくるのが分かる。今は無防備、火球を撃てばあの鎧を作って防御をする。俺はもう何度目か分からない特大の炎を、剣の先に生成した。
「
切っ先を後ろに向けて、炎の砲弾を放った。轟音が響く。やはり、ロイドは倒れない。鎧で防いだのだ。ここまでは想定通りだ。
最後は俺が、俺達が成功させる。それだけだ。
目的地まで来て反転、俺はロイドを正面に捉えた。丁度鎧を外す瞬間だった。
俺は障害物の前で地面を蹴る。そのまま壁にヘルを刺して足を着ける。
「今だ! 放て!」
剣に溜めた炎を噴射させて、俺は跳んだ。爆発さながらの炎の威力は、大きな推進力を生んでいた。跳躍の瞬間に回転を加えて、勢いを加速させた。
跳ぶ直前、ロイドは鎧を外し切っていたのが見えた。今ならがら空きだ。
「無駄だ! 何度やっても貴様の魔法は」
俺は勢いを付けた廻し蹴りを、ロイドの脇腹に見舞った。
「ごあっ」
鈍い音と共にロイドが吹き飛んだ。
俺も勢いを殺し切れずに、対面にあった障害物に激突する。背中を思い切りぶつけてしまった。すっげぇ痛い。
「そこまで!」
レジィさんの声が聞こえた。どうやら今ので決まったらしい。俺は痛みに耐えながら、大きく息を吐いた。
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