序9 無限のお人好し
驚いた。初めは言ってることが分からなかった。使う? 俺が、ヘルを? そんなことは考えたことすらなかった。
「いい、のか」
「武器に二言はねぇ」
ヘルはきっぱりとした口調だ。
認められた、と考えていいのだろうか。尋ねたいことが山程できたけど、今は問うまい。俺は
「分かった。使わせてもらう」
「かかか、そうこなくっちゃあなぁ!」
そう言って、ヘルは右手を突き出した。
「手ぇ出せ」
「何だ?」
「
もう一つは、と黒衣の武器は力強く笑った。
「これからよろしく、ってぇやつだな」
俺は目を閉じて、覚悟を決めた。
生き残って、生き返る。再起の狼煙を上げてやる、と。
「ああ……よろしく!」
力強く、差し出された手を握った。
その瞬間手が発光した。違う、燃えている。不思議と熱さはない。けれど激しく燃え盛っていた。
次第に炎は大きくなって、一気にヘルを包み込んだ。
瞬く間に小さくなっていく炎の形は、正しく「剣」だった。
「そこだな
爆音がして、目の前の木が倒れ込んでくる。俺は手に持っていた「剣」を振り下ろした。木が真っ二つに裂けて、真横に落ちていった。
柄も鍔も刀身も全てが黒かった。漆でも塗ったような艶のある色だった。
片手振りの剣は、まるで刃が研がれていない。打撃武器を彷彿とさせる形状だ。
「剣」から声がする。念話、とでも言おうか。心の中に直接流し込まれている感覚だ。幾度も聞いてきた頼り甲斐のある声だ。
『よぉしこっからだぜクロトぉ!』
「ああ……勝つ!」
「剣」――
シュウは怪訝な表情をしていた。俺と
「おいおいなんだそのガラクタはぁ? その辺にでも落ちてたのかぁ?」
魔法を発動している。見飽きた火球を膨張させている。阻止できるか、俺は走る体制を取った。
『待ちな、ここでいい。剣を構えてろ』
「え?」
『目には目を、って言うだろ?』
「
『
シュウの声と同時に、
俺が、魔法を使ったのか。いや
「ヘル、これって」
『どうやら
「俺の……魔力」
『まぁちっと予想はしてたけどな、魔力を共有して確信が持てたぜ』
顔は見えないのに、
『てめぇの魔力には底が無ぇんだ』
魔法が飛んでくる。こちらも魔法で迎撃する。現実味がないのは、俺が魔法を使っている状況に慣れていないからなのか。他人事のような感覚が今でも拭えない。
「俺の体質、本当に魔力が無い訳じゃなかったんだな」
『無限の魔力ねぇ、かかか、楽しくなってきたじゃねぇか!』
追撃されないことを確かめてから、俺は
隙だらけの奴に、俺は
「くそ、聞いてないぞ」
様子を見るようにシュウは距離を取ってくる。斬撃が空を切った。隙だらけなのに、奴は攻撃を仕掛けてこない。相当警戒されているようだった。
「お前、魔法が使えたのか」
「どうかな。実感はないよ」
「……ザコのくせに僕をおちょくりやがってさぁ」
シュウは杖を構えて、再び火球を生み出す。今度は今までの比ではない大きさの火球が、俺達の前に現れていた。
「僕の魔力を最大まで込めてやる。こいつで終わらせてやるよ」
この一帯は吹き飛ばしてしまいそうな魔法だ。
でも全く恐怖はない。今の俺と
「目には目を、だっけ」
『ついでに目にものを見せてやる、ってなぁ!』
「
シュウが叫んだ。こちらもそれに倣って、魔法を放つ。
「
火球が地面を削る。鼓膜が痺れるような爆音と、相殺された瞬間に起こる爆風で視界が覆われる。風と煙が止んで、視界が晴れていく。シュウはその場で蹲っていた。もしかしたら魔力が切れかけているのかもしれない。
俺はすかさず
「おい、なんだ今の……なんで今の魔法が使えるんだ、なんで立ってるんだ」
シュウが何か言っているが、もう気にしない。
俺はありったけの魔力を注いだ。
切っ先に火球を作る。それだけじゃない、俺の周りに無数の火球を作っていく。
「なんだそれ、止めろ、止めて」
俺はシュウを見た。忌まわしき過去の、その象徴を。
「
『
俺と
轟音が鳴り続け、地面を抉って、火柱が立った。
全て打ち尽くした跡には、気絶したシュウの姿があった。情けなく大の字になって倒れていた。奴の周りにだけ、火球を命中させたのだ。狙い通りにいって一安心だった。
『一丁上がりぃ!』
「……よしっ」
自然と握り拳を、胸の前に持って来ていた。
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シュウや盗賊達を木に縛り付けて、辺りを眺める。落ち着いて見てみると相当荒らしてしまった。穴ボコになった地面を見て、俺は冷や汗が出てきてしまった。周りの木々に燃え移らなかっただけマシと言える。運が良かった、と喜んでいいものかどうか。
「これは……やりすぎだよなぁ」
「まぁあれだけ撃ち込んだらな」
けらけらとヘルが笑う。微塵も反省はしていないようだ。
俺が剣を手放すと、ヘルは再び人の姿に変わっていた。自律して剣の姿にはなれないと話していたし、そういう仕様なんだろう。
「そういや、条件がどうのこうのって言ってたな。こういうことだったんだな」
「ん、まぁな。あん時はてめぇに使われるなんて考えてなかったからよ、別に詳しく話す必要もねぇと思ったんだ。まさかこんな事態になるたぁなぁ」
ヘルは尚も笑顔だ。十年も使い手を持たなかったくらいだし思うところがありそうだけど、意外にもあっけらかんとしている。
だから、つい聞きたくなってしまう。
「後悔してないか?」
「あん? 何に?」
「俺に使われたことだよ」
「ねぇよ」
即答か。清々しいとはこのことだろう。聞いた俺が馬鹿だったな。
「ふふ」
「何笑ってんだ?」
「いや、なんとなくな」
「情緒が乱れてんのか?」
純粋に嬉しかった。なんと言うか、相棒ができたようで心がくすぐったくなっていた。しかもそれが人に化けて意思疎通ができる武器とかいう、意味不明な成り立ちをしているのがおかしくて、それも相俟って笑いが漏れてしまったのだ。
「そうだ、単純に疑問なんだけど」
「おう」
「他の誰かがヘルを使うってのは可能なのか?」
「多分できねぇな。人間態の時でもてめぇの魔力が同期してるのを感じるし、剣になるためには使い手の魔力も必要になるからなぁ。切っても切れねぇ関係ってこったな。まぁ、原理はよく分かんねぇんだけどよ」
成る程、唯一無二の繋がりができたということか。いいじゃないか、本当に相棒らしくて良い気分だ。
このまま口にしないのは勿体ない、この気持ちをヘルとも共有したい。
「ともあれ、改めて頼りにさせてもらうよ、相棒」
拳を突き出す。
「お互いにな、相棒」
拳が合わさる。武器特有の体温の無い肌が、この時だけは熱を帯びているような気がした。
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