序8 再起のお人好し

 情報通りに俺達は右方向へ進んで行く。

 陽が傾いてきている。間に合ってくれ、願望めいた思考でいっぱいだった。

 草の生い茂る平原を超えて、森の入り口付近に着いた。ロッソ村から三里程離れた位置にあるこの森は、俺も何度か訪れた記憶があった。



「……オレが拾われたのもこの森だったな」



 どうやらヘルにも所縁のある場所だったようだ。懐かしむ間もなく、俺達は森の中に入って行った。

 程なくして、一軒の木造家屋が木々の隙間から見えてきた。これがキューズが言っていた「空き家」なんだろうか。



「んだこりゃ。オレの記憶にゃあこんなとこに家なんかなかったぜ」

「見た感じまだ新しいな。最近造られたみたいだ」

「いつの間に……おっと」



 目前まで迫ったところでヘルが立ち止まる。入口に人影が見えたのだ。二人の男がまるで門番のように、扉の前で見張りをしていた。見つからないように、俺達は茂みに身を潜める。




「マジでここみてぇだな。はっあの女、不義理もいいところじゃねぇか」

「……あいつらは多分盗賊団の連中だ。一人、見覚えがある」



 俺がシュウの不正現場を見た時に、あいつと話していた男がいる。



「ってことは奴さん、あん中にいやがるな」

「恐らく……ヘル、もう動けそうだ。降ろしてくれていいよ」

「あん? もういいのか?」

「いつまでもこうしちゃいられないさ」



 治癒も効いてきて、体の痛みも大方引いていた。傷は残っているけど全身を動かすのに支障はないだろう。



「じゃあ……どう出るかだけど、あまり時間も掛けていられないな」

「うし、オレが片付ける」

「え? 片付けるってお前どうやって」

「まぁ見てろ」



 言うな否や、ヘルは飛び出して行った。目にも止まらない速さで片方の盗賊に接近して、顎を拳で打ち抜く。突然の出来事に反応の遅れた相方の頭に鋭い蹴りを一発お見舞いして、あっという間に制圧してしまった。



「すげぇ……死んでないよな?」

「骨にヒビ入れるくれぇの加減でやったが、まぁ大丈夫だろ」



 二人してきゅう、と呻いていた。気は失っているようだけど。

 ともあれこれで侵入できる、と扉の取っ手を引っ張ったが開かない。鍵がかかっているようだ。



「くそっ、鍵はどこに」

「どいてろ」



 ヘルは扉の前に立って片足を上げる。そのまま思い切り扉を蹴り飛ばして、轟音と共に一撃で破壊した。呆気に取られながらも、俺はヘルに続くように屋内に足を踏み入れた。

 屋内には灯りが点いておらず、窓も見当たらない。まだ日中だというのに暗闇だっ広がっていた。これでは、誰かが潜んでいても気付くことが困難だろう。



「おい嬢ちゃん! いるなら返事しろ!」



 ヘルの声が暗がりに吸い込まれる。反応はなかった。



「おいヘル、あそこ!」



 一か所だけ光が漏れてる場所を見つけた。階段だ。地下に続く階段から、一筋の光が差し込んでいたのだ。辺りが暗いせいなのもあって、一際目立っていた。

 階段を下りると、そこには木造の建物には似つかわしくない鉄格子の扉がそびえ立っていた。光は扉の覗き窓から漏れ出ていたものだった。



「この中か?」

「だろうな」



 窓から内部を見渡す。思いの外広く、人の姿はない、と思いながら視線を巡らせていた。



「シルファ!」



 部屋の端、両手足を鎖で縛られたシルファが、壁に繋がれていた。意識はないようでぐったりとしている。一気に焦りが募る。



「ヘル頼む!」

「おう」



 二度、三度蹴りを入れて、四度目で扉を吹き飛ばした。俺はシルファに駆け寄って鎖に手をかける。



「シルファ! おい返事しろ!」



 見たところ外傷はない。眠らされてここに連れてこられたのだろうか。衣服にも目立った破損もなく、どうやら誘拐されてからそれ程時間は経っていないようだ。

 シルファの無事に安堵しつつ、彼女が繋がれている錠を確認する。やはり鍵が付いていた。部屋の中に隠されているだろうか。とにかく探すしかない。



「今の音で他の奴らにも気付かれたかもしれない。急がないと」

「つってもこの部屋、物がなさすぎるぜ? 当てずっぽうに探すことすらできねぇぞ」



 確かに内装は殺風景と言っていい。煉瓦張りの壁が続くばかりで、鍵を仕舞っておける場所も隙間もなかった。別の部屋にあるのか、それとも誰かが持っているのか。考えてる暇はない、ここにないのなら家の中をくまなく探さなければ。






「クロトぉ……生きてたのかぁ」



 ねっとりとした声が背後から聞こえた。奴だ、反射的に振り向くと、そこには眉間に皺を寄せたシュウ・モダトが部屋の入り口に現れていた。



「お前みたいなザコが、どうやってあのコウモリの群れから生き延びたんだ?」

「……鍵はどこだ?」

「無視かよ。全くどいつもこいつもさぁ、僕を舐めすぎじゃないかなぁ」



 シュウはシルファに視線を移して、にま、とした。



「その子もそうだ。僕が行くまで捕らえられなかった盗賊共のせいで、お楽しみの時間が潰れちまったしさぁ」



 どうやらシルファは捕まるまでの間、暫く抵抗していたようだ。こいつらが未だ手を出していなかったのはそういう理由だろう。だがそんなことはどうでもいい。無関係のシルファを巻き込んだことに、俺は怒りを抑えられる自信がなかった。



「いいから、鍵の在り処を言え」

「聞いてどうすんの? まさか、ここから五体満足で帰れるとでも思ってるの?」

「早く言え」

「はぁあ、出会った頃はあんなに純粋だったのに、いつからそんなに捻くれて」



 瞬間、シュウの体が吹っ飛んだ。ヘルが死角から蹴りを入れたのだ。いつの間にか扉の裏に隠れていたらしい。



「ぐっ……おま、誰だっ!」

「今のを防いだか。やるじゃねぇかてめぇ」



 ヘルの声は冷え切っていた。普段陽気な彼女からは想像もつかないような声色だった。



「なるほどお前だなぁ? コウモリを倒したのは」



 鼻血を出して尻もちを付いていたシュウは、ふてぶてしく笑っていた。



「だったらどうした。立てや、てめぇの優男ぶった顔面凹ませてやるからよ」

「くくく。どこのどいつか知らないけど……あんまり調子に乗るなよっ!」



 シュウは杖を取り出した。瞬時に火球が生成されていく。



「魔法かっ」

「遅い『火炎弾ブレイズバレット』ォ!」



 放たれた火球がヘルに直撃した。爆音が耳を劈いて、急な炎光で視界が覆われる。

 下級魔法とはいえ、ただでさえ人体に当たれば火傷どころではすまない威力だ。ヘルの安否が気がかりだったけど、俺の心配を余所にして彼女は顔の前で手を払うだけで、魔法自体はあまり効いている様子はなかった。流石人外、といったところだろうか。



「ば、バカな」

「チッ……煙てぇな」

「くそっ!」



 シュウは俺達に背を向けて走り出した。逃げるつもりだろう、後を追うように俺も部屋の外に出た。が、一振りの斧に阻まれてそれ以上は進めなかった。



「おっとぉ、この先は進ませねぇぜ」

「シュウの旦那に頼まれちまったからなぁ」



 暗闇からぞろぞろとフードの集団が沸いてきた。盗賊団の連中か。厳つい顔をした男達が俺とヘルを睨み付けていた。数は七、八人といった具合だ。まごまごしている内に、あっという間に囲まれてしまった。



「くそ、あいつに逃げられる!」

「先に行けよクロト、道は作ってやる」

「何言ってんだっ、この数は流石にお前でも」

「どっちみち嬢ちゃんをほっぽって出てく訳にはいかねぇだろ。まとめて面倒見てやるからよ」



 ヘルの言うことはもっともだ。このままシュウを放っておけない、かといって二人で包囲を突破したらシルファを置き去りにしてしまう。それにいくら強いヘルでも、ここに一人残して奴の後を追うのは、俺には苦渋の選択だった。



 いや、これは言い訳かもしれない。

 俺には自信がない。シュウに追いついたとして、奴に勝てる自信が。


 

「うらぁ!」



 盗賊の怒声で我に返る。切っ先の向けられた短剣をヘルが手で弾き飛ばして、がら空きになった胴に蹴りをめり込ませた。



「早く行け!」

「ヘル、俺は」

「四の五の言ってねぇで行けオラァ!」



 俺は尻を蹴られて、無理矢理包囲の外に放り出された。敵がこちらを向く気配がする。悩んでる場合じゃない、立って部屋の外へ走り出した。



「逃がすかよぉ!」

「通さねぇよ雑兵モブ共」



 小さくなったヘルの声を背に、俺は焦りと不安を連れて屋外へと駆けて行った。





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 外に出ると辺りは既に薄暗く、視界も悪くなっていた。

 シュウはどこだ、と目を凝らす。木々の影が余計に視界を狭めていて、辺りの様子が一向に掴めない。逃げられてしまったんだろうか、緊張が走る。



「なぁんだ、クロトだけか」



 不快な声がした。案の定シュウだった。



「さっきの黒い女がいたら出てくつもりもなかったけど、お前ならいいや」

「……待っててくれたんなら好都合だよ。鍵を渡せ」



 焦燥感を悟られないように精一杯の虚勢を張る。俺の心境を知ってか知らずか、シュウは鼻を鳴らした。



「大きく出るじゃないかザコのくせに。お友達がいないのに、どうやって僕に勝つつもりなのかな?」



 奴は懐から小型の金属棒を取り出した。鍵だ。やはりこいつが持っていたのか。

 俺をおちょくるようにシュウは指で鍵を弄んでいる。完全に見下されていた。



「欲しいのはこれだろ? 取ってみろよ」

「……言われなくてもっ!」



 俺は剣を抜いて飛び掛かった。奴は武器を抜くどころか構えすら取らない。その様子に一瞬躊躇してしまった。



「ほらこういうところだよ」



 俺の隙を見逃す筈もなく、シュウは横に退いたかと思うと爪先だけ俺の足元に出した。それに引っかかって激しく転倒してしまう。



「人間相手だとまともに剣を振れなくなる。お前の弱点だよクぅロトぉ!」



 そのまま頭を踏み付けられる。口の中で血の味がする。もう一度足を振り上げたところで横に転がり、追撃を回避した。洞窟での疲労も相俟って今の攻撃だけでも相当こたえてしまった。

 多分、それだけではない。奴の罵倒で俺の性格を否定されて、受けた攻撃の痛み以上に効いていた。



「さぁ続けるか? いつでもかかってきなよ、ほらほら。できるものならねぇ!」

「くっそぉ!」



 やぶれかぶれに剣を右往左往に振る。そんなものが当たるわけもなく、簡単に躱されている。時折打撃も加えられて、俺は徐々に消耗させられていた。数回攻防が続いたが、次第にこちらの動きが鈍くなっていく。そのタイミングで強烈に殴り飛ばされてしまった。



「飽きてきたわ。そろそろ終わらせようかな」



 シュウは遂に杖を取り出して俺に向けた。痛みと憔悴ですぐには動けない。火球が作られ大きく、更に大きく育っていく。



「かつては仲間だったよしみだ。大技で決めてやるよ」



 上級魔法の『火炎砲ブレイズキャノン』、シュウお得意の決め技だ。幾度もこの魔法に助けられたが、今は俺の命を奪おうとしている。なんて皮肉な話なんだろう。



「さよなら。お人好しのクロト君」



 どうしてこうなってしまったんだろう。

 俺はただ、シュウに悪事を働いていたことを認めて、ちゃんと罪を償ってほしかった。ただそれだけの思いしかなかった。

 俺の取った行動が今の状況を招いたのなら、俺は何を間違えたんだろうか。人の善性を信じた俺が馬鹿だったのか。悪い奴が悪さを隠匿して、善意を押し付けようとした奴が痛い目をみないといけないのか。

 


 こんなところで終わるのか。

 終わっていいのか。



 そんなわけあるか。

 俺の夢は、は、まだ果たせちゃいないんだ。

 こんなところで終わってたまるか。



「うおああああああ!!」

「なんっ」



 俺は咄嗟に剣を放り投げた。大事な剣なのに、なんていう気持ちが生まれる余裕はなかった。反射的と言っていい。シュウにも予測できなかったようで、魔法が解除されていた。

 動きが止まった瞬間を見逃さず、俺はシュウに体当たりを仕掛けた。動揺していたのかシュウに対応される前に懐に入り込んだ。そのまま今度は奴を転ばせて、馬乗りの体制になった。使える武器は自分の拳だけだった。



 殴った。もう一回殴った。何度も何度も拳を振るった。これまで溜まった鬱憤とか、不甲斐なさを吐き出すように、拳を振り下ろしていた。



「調子に乗るなよクソザコ野郎がぁ!」



 シュウに蹴り飛ばされた。でも転ばない。もう転ばない。すぐに体制を立て直して、奴を視界に捉える。



「そんなに死にたいならお望み通り殺してやるよ!」



 また魔法を放つつもりだ。火球が作られていく。俺は間に合うと踏んで、地面を蹴った。



「バカが!」



 さっきとは違い作られるまでの時間が短い。判断を間違えたか。構うもんか、体の勢いは止められない。このまま一か八か突っ込んでやる。



「死ねぇ! 『火炎砲ブレイズキャノン』!」



 爆音が轟く。それは俺の真横からだった。

 魔法が眼前に迫った時、誰かに捕まった。というか、抱えられていた。

 ヘルだ。俺はまたヘルに助けられていた。反対側の肩にはシルファを担いでいる。鍵は……壊したのか。なんて奴だ。追っ手も見当たらないし、どうやら盗賊達は倒してきたらしい。流石だと言うべきか。



 シュウから少し距離を取ってから、木の陰に身を隠す。ヘルはそこで俺とシルファを降ろした。



「無茶してんじゃねぇよ。死にてぇのか」

「……その覚悟だった」

「そりゃご立派だな。だけどなぁ」



 ヘルは座り込む俺に目線を合わせる。諭すような、そんな表情をしていた。



「勇敢と無謀は同義じゃねぇ」



 俺は目を背けた。正論に返す言葉が無かった。



「あいつに勝ちてぇか」

「勝ちたい。勝って……」



 顔を上げた。心には既に火が点いていた。



「勝って、俺は生き返るんだ」



 正直俺は半分腐っていたんだと思う。仲間に裏切られて、弱い自分が情けなくて、どうしようもない現実を諦観することしかできなくて、今を変える努力をしなかった。

 


 認めたくないけど、シュウに殺されそうになって、命の危機に瀕したことで思い出せた。俺の信念と、俺の生きる目的を。




 もう目は逸らさない。俺はヘルの双眸をしっかりと見ていた。



「いいじゃねぇか、オレぁ好きだぜそういうの」

「それ、前に聞いたな気がするな」

「ん? そうだっけか」 

「そうだよ」



 俺とヘルは顔を見合わせて、笑い合った。

 そして、ヘルは一息ついてから、もう一度笑った。今度は不敵な笑みだった。

 ほんじゃあ、と自称武器は前置きをした。






「てめぇに、オレを使わせてやる」



 

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